第21話 転換

戦場から遠く離れた安全地にて、ムセイオンは壁に映された映像を見ていた。

映像には、一つ一つの赤いポイントが表示されており、それが集まり、巨大な虫のようになっていた。そして作戦が無事に遂行されていることを確認してムセイオンは笑う。

真銀戦の部隊と殲滅部隊が衝突したから。そして形成された膠着状態。それが彼の狙いだった。


『バッカス、聞こえるか? こちら側の部隊が北側で殲滅部隊と衝突した。今は膠着状態に陥っている。だがこの星の殲滅部隊はなかなかの力量だ。1時間のうちに必ず戦況はあちら側に傾く。そしておそらく激戦の末にこちら側の部隊は負けるだろう。それを阻止しているのはおそらく白虎だな。奴が稼げる時間はそう長くない。お前はあとどれくらいで着く?』


不機嫌な声がトランシーバーの向こう側から聞こえた。

いまだに戦闘に移れないバッカスの不満が溜まっている証拠だった。


『うるせえ。いちいち聞くなよ。そっちから見えてるだろ? 逆に俺が聞きたいくらいだ』


『そうか、こちら側から見るにあと50分ほどでスラム街外郭。そこから25分で目的地だ。

お前ならもう少し早く着けると思うがそう急ぐな。奴らに気づかれでもしたら面倒だ。それと作戦の最終確認だが、目的地の近くに赤色のリディールが置いてある。【ゼウス】を配置し終わったらそれを使ってすぐに逃げろ。スラム街外郭までが範囲内だ。お前の避難する時間を確保するために起動時間は今から2時間後にセットした。配置したらすぐに逃げるんだ。じゃないとお前が死ぬ』


ムセイオンが通信を切る。


今回バッカスの戦闘は作戦上起きることはない。だがそれを伝えると暴れ、惑星ティータス襲撃の時と同じように暴れるのは目に見えていた。

本音を言えば【ゼウス】設置の役割にはバッカス以外の採用が好ましかったがあいにく【ゼウス】を奪われずに守りきれる者はバッカス以外にはほとんどいなかった。ゆえに仕方なくムセイオンはバッカスを作戦に組み込んだ。

拭えなかった不安、それはバッカスのせいでもあった。


ムセイオンが手元の機械を操作し、壁面に時間が映された。


【02:00:00】

【01:59:59】

【01:59:58】


簡素なデジタル数字がカウントダウンを始める。

0になった時この星に訪れるのは紛れもない破滅だ。

【ゼウス】起動まで2時間。ムセイオンは静かに目を瞑るのだった。



――――


砂埃が辺りに立ち込めるスラム街中核北側。


『まずいわ、防戦一方ね』


似合わない舌打ちをしながらシーナはそうつぶやいた。

東西班が到着し、乱戦へと発展した北側。にもかかわらず戦況はいまだどちらにも傾いてはいなかった。

不利から有利に傾いたと思われたが、白虎の存在が邪魔をし、未だに殲滅部隊有利に傾かない。

加え、殲滅部隊の損失は相対的に真銀戦の6倍。南班到着までに北側前線を突破されればパルテノン防衛は不可能だろう。何としてもここで食い止める必要があった。


シーナは白虎に銃を向けた。砂埃が経ち、視界が悪くなれどその中を単独で飛び回る白虎の影を見失うはずもなかった。

奴は背を向けている。つまり目が後ろにでも付いていない限り攻撃を避けることは不可能だ。

シーナが引き金を引く。銃弾は予想通り白虎の体めがけて放たれた。

しかし、背中に目でも付いているのかやはり避けられる。

もう何度も同じ結果だった。

そのたびにシーナは理由を考えるが、そのどれもが確証にも至らず、白虎は自由に隊員を食い散らかすばかりだった。


『どうなっているのよ、一発ぐらい当たってもいいはずなのに……』


悔しさのあまり唇をかむ。けれどもそれで何かが変わるわけではない。

もう既に5人以上が奴に屠られている。それなのに奴は未だ無傷。攻防を併せ持つ、まさに無敵の生物であった。


『割に合わないわね』


そう文句を言うのも仕方がない。


シーナが腰に差していたナイフを手に取る。

白虎が銃の発射を事前にセンサーなどで感知している場合、白虎が死角からの攻撃さえ避けられるのにも納得がいく。つまり、死角が存在しないばかりか、銃弾の軌道すら察知されているのならばあたるはずがない。しかし、裏を返せばセンサーの感知から行動までには少なくとも時間がかかるはずだ。感知から行動までの反応時間を攻撃が上回れば白虎に傷を与えることができる。

シーナはそう考え、白虎を殺すべく動いた。


『私を援護しなさい!』


近くにいた5人の隊員に声をかける。

それを聞いた隊員らがシーナに照準を合わせた。

シーナが走って白虎に近づきその身に刃を走らせる。おおよそ接近までは想定していなかったのか白虎の反応は少し遅れた。しかし攻撃を難なく避けて反撃に出る白虎。

その前脚がシーナの顔に迫る。それを彼女はしゃがんで避けた。間髪入れずに隊員による援護射撃。5つの銃弾が白虎を捉える。毛が焦げる音が聞こえた。

一発の銃弾が白虎の毛に当たったのだ。


『ここまで接近しても被弾は一発だけ……』


このままでは殺されると感じたシーナは一度距離をとった。

今のは、ほぼ捨て身に近い。

特別強くもない彼女の捨て身の特攻で毛皮に傷が1つ。

おおよそ白虎は接近戦と中距離援護の同時処理が間に合わずに被弾したのだろう。

しかし、被弾と言っても毛を少し消滅させただけ。何回繰り返せばその刃は、弾丸は、奴を死に至らしめるのだろうか。考えたくもなかった。

でもやるしか他にない。なぜならそれが唯一白虎に当たる攻撃だから。


『私が次はもっと接近して奴の体を抑えるわ。出来たらだけど。そうしたら奴の頭を撃ち抜いて』


シーナが再び走り出す。

白虎を早急に殺さないと防衛戦線は突破される。部下が傷を負わせられない以上、傷をつけることができた方法をシーナ自身が繰り返すしかないのだ。


近づき、白虎の攻撃をナイフでいなす。その背に回り込もうして、シーナの足に白虎の爪が刺さった。身を走る痛みに一瞬気を取られ、シーナの横腹に白虎が噛み付く。

間一髪シーナは左手を牙と自身の間にねじ込み、致命傷を避けた。だが白虎が口を開くことはなくシーナは自由を奪われた。


『うぐっ……!』


白虎がシーナを殺そうと頭を振る。それにより牙が肉をほじくり、シーナは痛みに声を上げる。

事態を察した隊員が援護射撃を開始した。噛み付かれたまま白虎が動き、弾を避ける。

反動で腕にさらに牙が食い込んだ。


声にならない悲鳴が上がる。隊員の援護はシーナの苦痛を一層ひどくしただけに終わった。

彼女はその状態をどう切り抜けるかを思案した。だが次第に頭が痛みに染まってゆく。

何も考えられない。痛みに耐えるので精いっぱいだった。

グルルルと低い唸り声がすぐそこで聞こえた。

震える右手でナイフを持ち、覆いかぶさるようにして白虎に振り下ろした。

この近さならば避けきれまい。

シーナの最後の抵抗であった。

しかし振り下ろされたナイフは白虎の皮膚に到達しなかった。ガキンと音を立てて皮膚上の何かに当たったのだ。

白虎の体がびくりと震えた。


『―――』


何かが聞こえた。

それは電子音声のようだった。


だがなんなのかはわからない。

何を言っているのかさえ。


攻撃されたことに気がついた白虎がシーナを危険だと判断し、すぐさま牙を抜き、放り出す。白虎がシーナと距離をとった。そして不快感に身を震わす。

するとシーナのナイフによって破壊された何かの破片が飛んできた。見覚えのある部品ににシーナは白虎の謎にようやく気がついた。

それはプラセボ【医療端末】であった。

壊せたかは不明だがおそらくそれによる反応が白虎の異常なまでの回避行動に繋がっていたのだろう。


『だから攻撃が当たらなかったのね……壊せた……のかしら……誰かに伝えなきゃ……』


知り得た事実を隊員に伝えるべく起き上がろうとした。

だが、出血がひどく、立つこともできずその場に倒れる。

体温が血とともに流れ出るのがわかった。

もう長くない。シーナはそう悟った。

虫の息となったシーナを白虎は見逃さない。

自身の秘密に気づいた彼女を殺すべく、勢いよく白虎は地面を蹴った。

隊員が彼女を助けようと駆け寄る。

しかし隊員とシーナの距離は絶望なまでに遠かった。

すぐに隊員らは間に合わないことに気づく。

しかし止まるわけにはいかなかった。

何かやれることはないかと必死に考えを巡らす。

けれどもどうしようもなかった。


『シーナ副隊長!!!』


隊員の叫び声が辺りに響いた。

だが関係ない。もう死がシーナの命に手をかけた。。

白虎の爪がシーナの頭に向かって振り下ろされる。


『さよなら……ジョーカー……』


シーナは最後の言葉を小さく呟いた。おそらくもう二度会うことない人に向けて。

誰の耳にも届かないほど小さな声で……




『待てよ』


途切れかけたシーナの意識がその言葉をかろうじて拾った。

安心感を聞くものに与える優しい声。

けれども今この時、その声はあふれんばかりの怒りを孕んでいた。


続けて視界に鮮血が飛ぶ。

シーナのではない。白虎のだ。白虎がすぐさま距離を置こうとして、その場に崩れた。何が起きたのかわからず暴れる。理由はすぐにわかった。白虎の前脚が無くなったのだ。消滅していたかのように。振り下ろされた直後に。


『お前、俺の部下に何してんだ』


シーナの目の前に立つ男。

そう、ジョーカーであった。

その隊長の名にふさわしい背中は迫る脅威を退かせ、シーナに安堵を与えた。


『ああ、ジョーカー……』


シーナがか細い声を出す。届いたかわからない。しかし、彼はシーナの言葉を遮るように言った。


『休んでおけシーナ。待たせたな』


安堵の中、シーナは気を失った。

ジョーカーが手負いのシーナを隊員に預ける。おずおずと隊員がシーナを抱え救護班の元へと向かった。


『こいよ、殺してやる』


湧き上がる怒りを全て乗せてつぶやく。守る者がいなくなったジョーカーは感情を表に出し、白虎をにらんだ。怒りにあてられて白虎が一瞬怯える。が、既に臨戦態勢に入っていた。

消えた前脚を補うべく前かがみになって。

後ろ脚で地面を蹴り、勢いよくジョーカーへ飛ぶ。


ジョーカーは遠目から白虎の戦法を見ていた。攻撃が当たらない理由。それは知る由もない。だがシーナのように、近かったなら。避けれる速さではなかったなら。攻撃が当たることはシーナが証明していた。

空を切る音。

ジョーカーの右手に握られたナイフ。

それが光を浴びて輝く。

飛んできた白虎の両目をそのナイフで切り裂いた。が、身をよじって避けたのか左目は無事。

白虎が驚き、残った後脚でジョーカーの首に爪を立てる。

が、ジョーカーは左手に持った中性子銃でその脚を撃ちぬく。一本だけ残して白虎の全ての脚が消えた。もうバランスは保てない。ここで距離を取れば死ぬのは確実だと悟った白虎はそのままジョーカーに突進した。横腹を喰いちぎるべく頭を伸ばす。


横腹を食いちぎられそうになろうとも臆せずジョーカーは両手を合わせて、噛み付こうと伸ばしてきた白虎の頭を両肘と右膝で挟む。


『じゃあな』


それが白虎の聞いた最後の声だった。

ジョーカーの肘と膝が白虎の頭蓋を捉えた。

力を込めて振り下げる。

白虎の牙が横腹に刺さる寸前、白虎の頭蓋をジョーカーの肘が叩き割った。

脳髄が飛散し、今まで生きていた白虎は死体へとなった。


『お前ら! 残りは雑魚だけだ! 絶対守り切れ!』


ジョーカーの圧倒的強さ、そして白虎の死亡は味方を鼓舞し、相手を萎縮させた。それに加えやっとの南班到着。戦況をひっくり返すには完璧だった。


隊員らが流れに乗り、次々と敵を屠ってく。


『ありがとよシーナ。お前のおかげだ』


ジョーカーは傷だらけのシーナに目を向けた。

そして無事を願った。

その時、インカムに着信があった。



『ジョーカー! 南だ! 南に来て!』


向こう側から聞こえる玲人の必死な声。

それは予期せぬ緊急事態が起きたこと示唆していた。

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