第20話 衝突
全てのものから熱を奪う寒風が辺りを凪ぎる。
それにこたえるようにパルテノンは朝を迎えた。
果てしなく続く荒野の真ん中で眠っていたバッカスは眠りから覚めた。そしてあたりを見渡す。目に見える範囲に存在していた建造物は唯一、廃れた水生成塔だけであった。無論、周りにはそれ以外何もなければ誰もいない。風の吹く音だけが始終どこからか聞こえるだけだ。
彼の傍らにはキャリーバックがあり、それこそが【ゼウス】であった。
これほどにも寒い場所に【ゼウス】を放置しておくことにバッカスはいささかの不安を抱えてはいたが、それに備え付けられたモニターには通常通り現在時刻が示されていたため、むせおなでおろした。
バッカスは野宿をしていた。間を理に何もないためである。普通、3度という温度下で野宿をしたならば誰でさえ凍死は避けられない。それはすべての生物における常識だ。しかしバッカスは無事に目覚めた。まるで寒さなど感じなかったかのように。
理由は簡単だ。
バッカスが羽織っていたマントが風によって翻る。一瞬垣間見えた肉体は赤々とした筋肉によって隆々と埋め尽くされ、驚くほどの熱を筋肉が発していた。つまり、彼は改造者であった。
幼い頃からの薬剤摂取により、体の筋肉の密度は優に常人を超えていた。しかし、度を超える体の発達は負の側面も併せ持つ。定期的に起こる筋肉繊維の膨張のための筋肉断裂。それが起こるたび彼は痛みに悶え、転がった。けれどもそれが終わり、回復するとき、筋肉は一回り大きくなった。痛みに耐え続けそれを繰り替えした結果、彼は2メートルごえの怪物となった。
だが、日々大きくなる身長と体格にも限界はある。やがて筋肉は肥大から圧縮へと転換した。より強く、より小さく。彼の体は内側へと成長していった。
それ故に見た目以上の力を彼は孕んでいた。
『はやくいかねぇとな』
野宿地点近くに廃棄されていた水生成塔をバッカスが殴る。
瞬く間にヒビが入り、塔は崩壊した。瓦礫によって砂煙が立ち、空中で舞う中彼は笑う。
怪物が中央街へと急ぐ――。
時を同じくして、シーナ率いる殲滅部隊北班。
彼らは狼狽えていた。
地平線に見える真銀戦の部隊。それが夜明けとともに出現したためだ。
情報収集衛星による上空写真から敵勢力数は1万程度と判明していた。
しかし、シーナたちは全方位からの攻撃を予想し、その戦力を分散させていた。
対し真銀戦側は一点突破にかけ、その全勢力をここ北側に集結させた。
今はまだ膠着状態。互いの手が知れないためうかつに動けないのだろう。
しかし、一度敵が侵攻を開始すれば500名弱のこちら側はひとたまりもない。
すぐにシーナは全部隊に北側に集まるよう、通達したが東西はともかく、南班の到着まではで50分ほどかかる予定だった。
『これは完全に失敗したわね、間に合うといいけど……』
彼女は敵に目を向けた。目を凝らし、動きを探る。そして、気がついた。
わずかだがうごめくようにじりじりと真銀戦はこちら側に接近していた。
その速度は遅い、だがそれは双方の力量が未知数のため。互いが互いの虚像に警戒しているのだ。
しかしこちら側の力量が割れれば瞬時に勝負はつく。
それほどに敵は高い戦力を有していた。
敵の侵攻開始の瞬間が予測できない以上、彼女の緊張はピークに達し、それによって頭痛がし始めていた。
『中央に構えるべきだったわね、全軍! 反撃をしながら少しずつ後退! 全班が集まるまで時間を稼げ!』
頭を押さえながらシーナが叫ぶ。
彼女の号令により、北班の後退が始まる。
相手側にそれが力量差によるものだと悟られぬよう。
幸いにも、戦略的な後退だと真銀戦側は予想したのかすぐに攻めてこようとはしなかった。
スラム街外郭に構えていた殲滅部隊の陣形が縮小し、各隊員がじりじりとスラム街へと入って行く。
出来るだけ時間を稼ぐ。
そのために。
その様子を見ていた時、シーナのインカムに浩二から着信があった。
『そちらの戦況はどうだ? 私の方の確認によると敵は1万弱、予想より少なめ、しかし北側に集中している。他の班への通達は済ましているか?』
『ええ、もちろんよ』
敵から目を離さずにシーナはそう答えた。
『なら良かった。もし時間をできる限り稼ぎたいのなら後退しながら牽制のためにパルス砲を撃つ方がいい。敵に力量の一部でも見せないと虚勢を張っているだけと勘違いされるだろうから。では』
通信が切れる。浩二のアドバイスはこの状況を打破できるものではなかった。あくまで長引かせるためのものであった。
しかし、先ほどまでの頭痛が緩和した気がした。
シーナが浩二のアドバイスを元に作戦を実行する。
『前線! パルス砲照射準備。敵方に放て!』
後方に控えていた重火器のパルス砲が数名の隊員によって操作され、スラム街の家と家の隙間を縫って3本の筋が真銀戦に直撃する。
白煙がたった。
何人減らせただろうか。
シーナが双眼鏡を覗く。
しかし、瞬間、双眼鏡を覗いたことを後悔した。
白煙が立ち込める中、そこには一匹の白虎のようなものが立っていた。戦場に人のものではない咆哮が轟く。まるで飢えた獣のような。
どよめきが広がり、何人かが前方に目を凝らした。瞬間、パルス砲の応酬があった。その数15本。遮蔽物があるこちら側にアドバンテージはあるが、やはり戦況はあちら側に傾いている。パルス砲の直撃を受けて隊員の何人かが消滅した。
突然の死に叫び声が上がった。しかしここでの戦況の沈黙は殲滅部隊にとって死に直結する。シーナはすぐに対応策をとった。
『敵方に未知なる生物を確認! 遮蔽物に隠れつつ迎撃せよ!』
シーナがそう叫ぶが後方の班員らに全貌は伝わらない。
聴覚と視覚では情報の差が大きすぎる。
間も無く、白煙の中を先ほど咆哮した白虎がこちら側に走って来た。
シーナはすぐに隊員らに迎撃態勢を取らせる。
白虎をたやすくスラム街に入れてしまえば真銀戦の侵攻が始まると思ったからだ。
『敵襲来! 武器構え!』
シーナの号令により、隊員が一斉に中性子銃を放つ。
いくつもの銃弾が白虎を殺すべく放たれた。
しかし、身を翻して白虎それら全てをたやすく避ける。
白虎は警戒心を露わにして、低く唸りながら殲滅部隊と距離をとった。
中性子銃の射程はおよそ500メートル。おそらく今の一撃で白虎はそれを感じ取った。そして本能でその外側にいる。射程圏外にいる限りこちらの攻撃は当たらず白虎による被害も拡大しない。まさににらみ合い。願ったリ叶ったりの状況が完成した。
しかしこれも長くは続かない。さて、どうしたものか、とシーナは頭を動かした。
『前線、パルス砲準備! 白虎に向けて放射!』
再び3つの筋が戦場を駆け抜ける。しかしそのどれもが掠めるだけで白虎の命には至らない。
シーナはそれを見届けると小さく舌打ちをした。
真銀戦は今の所、遠距離からの攻撃もしくは牽制しかしてこない。その状態ならば時間はいくらでも稼げるが白虎によって前線が瓦解し接近戦にもつれ込めばあっという間に陣形は崩れ、真銀戦の侵攻が始まるだろう。
つまり今の所の問題はいかにして白虎をここで倒すかだった。
『白虎に向けてパルス砲を放ちつつ前線撤退! 白虎を接近させないように!』
しかし戦況はいつも不安定だ。望む結果が来るなど奇跡に等しい。
シーナが言い終わると同時に真銀戦側が再びパルス砲を放ってきた。
遮蔽物から出ていた隊員の何人かが死んだ。
白煙が立ち、風によって煙が戦場に横たわる。
戦場が煙に包まれ、視界が急速に悪くなった
それを見逃すほど白虎は優しくない。
白虎は煙の中を攻め込んで来た。苦し紛れに放たれる中性子銃を交わし、逃げまどう隊員を襲ってゆく。煙の中で隊員の悲鳴が上がった。
戦況の混乱にシーナは困惑した。
そして考えた。
この時、ジョーカーならどうするだろうと。
『スラム街の家屋にひとまず複数人で入れ! ゲリラ作戦開始!』
白虎といえど家屋の中に入れば奇襲はできない。
部屋の中に入られれば出入り口が限定され、奇襲に備えられるからだ。
そうなればそこに銃を構えるだけで容易く白虎は撃退できる。
運が良ければ、殺すことも。
シーナは白煙の中を飛び回る影に目を凝らした。
部屋の中に入ろうとしては中から放たれる中性子を身を躍らせて避けている。
白虎はそれを繰り返していた。
『家屋の中にいる時間を伸ばしつつ撤退! 敵はすぐそこに迫っているわ!』
真銀戦の部隊が気がつけばすぐそこまで迫っていた。どうやら白虎単体に手間取っているの確認し、殲滅部隊の力量を察したのか前進を始めていた。
『家屋の中に留まるな! 白虎に注意しつつ撤退!』
反撃むなしく、遂にスラム街外郭に真銀戦が侵入する。
だが、殲滅部隊はスラム街中核部分で白虎に苦戦していた。
早く白虎を殺さねば陣形の立て直しがきかなくなる。
シーナは焦燥に駆られた。
スラム街に侵入されたことですでに遠距離用の重火器パルス砲は使えない。
だがそれは相手も同じこと。
白煙が立たなくなった今、白虎の姿は誰にでも視認できた。
奴を倒そうと幾つもの中性子銃がどこかから放たれる。だが当たらない。殲滅部隊は白虎一匹のせいで防戦を強いられた。このままではジリ貧だ。そうシーナが思った時、戦況を傾ける光が射した。
開戦から20分、東西班がようやく到着したのだ。
『全軍突撃! ここで食い止めるわ!』
シーナが声を張り上げる。
その頃には攻撃側とあって真銀戦側の摩耗は激しく残兵は9000弱。
対して防戦一方であったシーナ側の被害は少なく、残兵は1400弱であった。
パルテノンを護るべく、シーナ達殲滅部隊と真銀戦の部隊がスラム街中核で衝突した。
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