第19話 前日 後編

『どうなってる?』


 ムセイオンはエリア51への小屋に到着するなりそうつぶやいた。

 なぜならその小屋には見るからに、何者かが使った痕跡があったからである。それが最初の綻びだった。そしてムセイオンが感じた初めての疑問でもあった。

 拭いきれなかった不安の種。それがここで発芽したのだ。


 "マスター"からの連絡ではここの最新の使用は12年前だったはず。

 しかし、室内の様子を見るに低く見積もっても最新の使用はここ最近。

 もしかしたらただ使用者がここにはいないだけで使用中の可能性だってある。

 もしも使用者がここにでも戻ってきたら……そう考えムセイオンは身震いした。


 ムセイオンはずば抜けて強いわけではない。平均的な体力や筋力。はたから見れば一般人そのものなのだ。ただ、幹部である以上何かしらの秀でた才能が彼にはあった。簡単にいえば"頭が切れていた"。無論幼少のころからすでにその片鱗を持っていたわけではない。幼少時はいたって普通の子供であった。しかし、真銀戦への加入とともに彼は手術により後天的、強制的にその力を得たのだ。

 量子コンピュータ。それを彼は頭に植え込まれていた。

 脳とそれとをリンクさせた結果、彼の演算力は人ならざるものへと昇華した。

 その演算力で作戦プロットを考案し、脳内でそれを絶えずシミュレーション。試行を繰り返しながら作戦の成功率をほぼ100%へと仕立て上げる。いわば真銀戦の参謀だった。


 だからこそ、綿密に考えられた作戦の初期プロットにおいて、"使用されてないはず"のエリア51を誰かが"使用していた"という事実は作戦の根底を覆し、前提を破壊する。そして彼に凄まじい不安を与えたのだ。


『最新、といっても報告は3ヶ月前、その間に使用される可能性はあったな』


 ムセイオンが怒りのあまり机を叩く。空になった空き缶が地面に落ち甲高い音を立てた。


『ここで錯乱してはダメだ。作戦を新しく、完璧に練るんだ』


 そう自身に言い聞かせるように彼はつぶやき、2度深呼吸をした。椅子を引き、座る。

 落ち着いた彼は目をつむった。

 動くものがなくなり、あたりが静まり返り、音が消える。

 そしてその無音の空間で小さなファンの音がなり始めた。

 ムセイオンの頭から発熱が始まる。

 それは量子コンピュータが起動した合図だった。


『第2プロット微細変更、伴い、全プロット再試行。……完了、問題なし、続いて作戦の成功率を試算、、、わずかに下がり85%。再試行開始。第2プロット初期化、再構築……完成。伴い全プロット再試行完了、問題なし、成功率を試算、、89% 全プロット完成。沿って行動開始』


 ムセイオンがボソボソと機械のようにつぶやきながら目を開く。椅子から立ち上がり、壁に寄せておいたスーツケースを開く。そこには映写機があった。

 映写機に電源を入れる。壁にパルテノンの地図が投影され、途端に赤い光がポツポツと浮き出てきた。そのどれもが北側に集中している。

 それを見て、ニヤリとムセイオンが笑った。

 トランシーバーをバッカスに繋ぐ。


『バッカス、聞こえるか? 私は今日はもう寝る。明日の7時決行開始だ』


 そうムセイオンが短く伝えると、おう、と素っ気ない返事が返ってきた。それに彼は満足し、睡眠を開始した。



 ――――


『なぁ玲人、本当に大丈夫なのか?』


 指令室で玲人と二人きりになった浩二はそう尋ねた。

 浩二の心は心配で一杯であった。最後の甥。兄から託されたもの。

 浩二には妻も仲間もいる。だが子供がいない。先天的な病気により、子供ができないのだ。子供を望めど、叶うことのないその希望から、浩二は望んでいた子供の像を玲人に重ね合わせていた。だからこそここで玲人を失いたくはなかった。

 父と子のような関係を玲人と築いた彼にとって、玲人との死別は避けたい未来だ。しかしもしも玲人が死んでしまうのなら今が面と向かって話せる最後の時でもあった。

 ゆえに、今まで押し殺していた気持ちが溢れだした。

 自分の感情を素直に吐露する。

 玲人を失いたくないこと。できるならば作戦に参加してほしくないこと。

 そして玲人をここまで連れてきてしまったことへの後悔。

 その全てを浩二は洗いざらい話した。

 それを玲人は黙って聞いていた。そして言い終えた後に


『そんなこと言わないでよ。僕は叔父さんがここまで連れてきたことに感謝してるんだ。満足なんだよ。だから後悔してるなんて言わないでよ。僕は父さんの仇を取らなきゃいけないんだ。決して強制されてるわけじゃない。これは僕の気持ちで、本心なんだ。だからここまできたんだ。叔父さんの気持ちはわかるよ。父さんもそんな思いでこのプラセバを僕に付けたんだよ』


 玲人がプラセバを触った。

 それに輝きはなく、玲人を任せるのが心配に思えた。


『もしかしたら死ぬかもしれないってジョーカーも言ってた。叔父さんは僕に死んでほしくないんでしょ?だけど"あいつ"を殺せないならそれは僕にとっては死ぬことと同じなんだよ。だからこそ叔父さん、ここまで連れてきてくれてありがとう。僕1人じゃ何もできなかった気がするよ。このプラセバの妨害も。ジョーカーとの出会いも。安心して、僕は死なない。生きて返ってくる。だから、心配しないで送り出してよ』


 そう言われて浩二の目から涙が溢れでた。

 いつの間にか玲人は自分の手の届かないところで生きていたんだ。

 自立したんだ。

 それは子が巣立つように当然のことで、されど身を引き裂かれるような思いの中で親は彼らを送り出すのだろう。

 それが浩二には理解できた。

 だからこそ、涙を飲んで、玲人に完成した電気ショックパックを渡した。それはもう止めない、という意味でもあった。最後に、死ぬなよ、と短い言葉を伝えて浩二は玲人が出ていくのを見送った。


 数分後に浩二は部屋を出ると玲人と話しているジョーカーにあった。

 誰もいないと思ったため部屋に戻ろうとしたものの、玲人と眼が合ってしまった。

 戻るに戻れない状況で浩二はジョーカーにだけは笑われたくないな、と思い、袖で涙の跡を拭いて、話しかけた。


『さすがだな、ジョーカーの教え子は』


 再び会えるかわからぬ玲人に目を向けながら、ここまで育て上げたジョーカーに感謝の気持ちを込めて。




 ―――――


 その日は真銀戦侵攻予定日の前日だった。

 真銀戦が攻めこんでくる。

 もしかしたら僕は死ぬのかもしれない。そういう考えが頭に浮かぶ。けどそれは戦ってみないと分からない。そう切り捨て、死の未来を考えるのをやめた。


 父さんが残したプラセバはいつでも命を守るわけではない、とジョーカーに教えられてから、玲人はそれに頼らないことを選んだ。

 もちろん頼っていては復讐ができないから、という理由もある。

 けれどもやはり甘えたくない、という思いが第一の理由だった。


 前日ということもあって玲人は浩二の元を訪ねた。

 目覚めてから今まで何もかもが浩二のおかげなのに、再会の言葉も交わさずにここまでやってきたから。死ぬかもしれない前に何か話そうと思って。


 ―――


 司令室の扉を叩いて中に入ると、中には浩二しかいなかった。

 それが幸いしてか、素直な会話が久しぶりにできたと思う。

 まぁ、途中誰かが扉の前で入ろうか迷っていたけども、叔父さんは気づいていなさそうだったから黙っていた。


 話していると、途中から後悔、とか死ぬなよ、とか自分の身を叔父さんは色々心配してきた。

 確かに僕は大切にされてるんだな、と感じた瞬間だった。けれど、前日に行くなって言われ悲しくなった。叔父さんは協力してくれないの?って思った。

 けど違ってた。僕は最後の宝らしい。父さんが死んだ時、残ったものが僕しかいないから。

 それでも最後は納得して戦いに行くことを許してくれた。口では行くな、死ぬな、っていいつつも、やっぱ叔父さんは僕を応援してるってことがわかったから僕はこんな気持ちになったんだと思う。

 目的のためなら死んでも構わないって最初は思ってたけど、やっぱり生きて戻ってきたい。身近な人の死がどれほど辛いか僕も知ってるから。

 だから叔父さんが泣く意味も、行かないでって懇願する意味も理解できる。


 そして、僕は叔父さんにこれまでの感謝の気持ちを伝えた。


 するとまた涙をこぼしながら、でも僕を見つめて、最後に一言叔父さんは言ったんだ。


 死ぬなよって、そして僕に電気ショックパックを渡してくれた。


 僕はそれを腰に差して、部屋を出ていった。絶対に死なないよう決意して。


 そこでジョーカーにあって言葉を交わしてから武器を2つ渡された。

 もちろんγ線陽子パルサーと中性子銃。

 γ線陽子パルサーは模擬戦ではほとんど使わなかったから、その透過距離を最小の10センチにして腰に刺す。中性子銃は点検してから同様腰に差した。

 すると、


『死ぬかもしれない、本当に行くのか?』


 と言われた。ジョーカーに。彼ならそんなことは言わないと思っていたけどやっぱり叔父さんと似た者同士なのだろう。僕を死なせてしまうことに罪悪感を感じているのかもしれない

 けれどもう思いは決まってる。

 だからそのまま口に出した。


『大丈夫だよジョーカー』


 そして僕はジョーカーと共にスラム街へと向かった。


 弛む星の光に照らされながら、戦う覚悟を滾らせて。

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