第18話 前日 前篇

『やっとみえたぞ!』

 そう窓の外を見ながらバッカスは叫んだ。彼の言うとおり、黒い海には白い一つの星が浮かんでいた。白と黒のコントラストがその星をひと際輝かせる。

 嬉々として窓の外を見つめるバッカスを横目に、ムセイオンは計画の見直しを行っていた。

 今までに何度行おうと拭えぬ失敗の予感。それを極限にまで薄めるにはやはり見直しのほかにはない。だからこそこの時間はムセイオンにとって一種の安らぎを感じるものだった。

 彼らを乗せた飛翔船が遂にパルテノン重力圏に突入する。


 彼らの乗る飛翔船は"マスター"からの事前情報によってパルテノン政府に感知されない場所に着陸する手筈になっていた。

 目指す場所は核実験場。それも中央街から一番離れた辺境の場所。3ヶ月前、最新の使用履歴は"マスター"から12年前と連絡があった。つまり管理され忘れている可能性があるというのだ。パルテノン特有の極寒をしのげる場所。そして忘れられた場所。それを元に着陸する核実験場を決めた。《エリア51》そこが彼らの目的地だった。

 パルテノンの殲滅部隊に観測されないように中央街裏側上空を目指す。飛翔船が大気圏に入った。窓の外が空気との摩擦熱で青白く輝いた。外の温度は優に5000度を超える。

 そんな死と隣り合わせの状況でさえバッカスは過去の戦闘を思い浮かべ、今から行う戦闘を楽しみにし、ムセイオンは計画の最終プロットを脳内で計算していた。

 程なくして大気圏を抜け、地表面が接近する。衝撃が機体を突き抜け、エリア51に飛翔船は着陸した。

 中からバッカス達が出る。外の肌寒い乾いた空気に触れた時、バッカスは咆哮し、ムセイオンはやっと目を開いた。延々と続くかのような単調な景色。それが数日後には消えてなくなる。そう思うとムセイオンは笑わずにはいられなかった。

 バッカスはキャリーバッグを引きずり中央街へと行き、ムセイオンは近くの小屋へと向かった。そこで各部隊に命令を出す手筈になっていたのだ。


 初めて真議戦が訪れる星パルテノン。そこがまさに戦場になろうとしていた。



 ――《作戦前日》――


 シーナとジョーカーは支部付近にて殲滅部隊に命令を出していた。もちろん、その全てをシーナがしているわけだが。


『敬礼! 先日、確かな情報源から真銀戦が明日、このパルテノンに侵攻を開始するとの情報を得た!』


 衝撃の事実に部隊からざわめきが起こる。それもそのはずだった。

 なんせ真銀戦との交戦はほとんどが初めての経験だ。死者が出るのは確実と言ってもいい。

 そんな状況に陥って冷静でいられるのはごく限られた人間しかいない。

 だが、シーナは声量を上げ、部隊を黙らせた。


『しかし、星間連合側はそのような不確かな情報での軍の派遣は不可能との回答を得た!

 つまり、この星を守るのは私たち、殲滅部隊だけである! 敵勢力はおよそ2万弱! 対してこちらはその1/10! その戦力差は絶望的だ! しかし諦めてはならない! 私たちが諦めてはこの星は奴らの手に堕ち、破滅する !それだけは避けなければならない! だからこそ。本日より、パルテノン防衛作戦を開始する! 』


 シーナが叫んだ。

 それに伴い、部隊からも叫び声が聞こえる。

 それらが共鳴しあい、空気が震えた。


『今から私たち殲滅部隊はスラム街外郭に陣を取る! 敵の襲来を確認次第星間連合に通達! そこから反撃を繰り返しながら中央街へと撤退し、星間連合の軍を待つ! 最寄りの星間連合軍が駐在している惑星からここパルテノンまで6時間弱!つまりその時間が生命線だ! この星を守り抜き、何人たりとも死者を出すな!!』


 シーナが話を終えるとあふれんばかりの咆哮が部隊からなり、ある者は拳を突き上げ、ある者は敬礼をする。シーナによって部隊の士気は極限まで上げられた。


『2時間後、出陣を開始する、心置き無く戦前の時間を謳歌しろ!』


 それを合図に整っていた部隊が崩れ、1人、また1人と散っていった。再び集まる2時間後までに、彼らは覚悟を決めるのだった。


 出陣宣言が終わると、ジョーカーにシーナが駆け寄った。


『ジョーカー、すみませんがインカムをもう1つ持っていないでしょうか? 実は、エリア51で着替えをした時に誤ってどこかに落としたらしくて……』


 シーナにしては珍しい行為であったためにジョーカーは耳を疑った。申し訳なさそうにシーナは目を落とす。


『お前がそんなことするなんてな、まあいい、ほらよ』


 ジョーカーがシーナに予備のインカムを手渡した。そのインカムをシーナが受け取り、今度こそ落とさぬようにポケットへとしまう。


『ありがとうございます、ジョーカーはこの後どうしますか?』


『俺はレイジと共にスラム街に潜伏する。お前らの戦闘状態を見て援護するつもりだ』


『わかりました。ではご無事で』


 ああ、と一声だけかけて、ジョーカーはその場を後にし、どこかへ行ってしまった。。


 そして2時間後、2000人からなる殲滅部隊が中央街を出発した。

 部隊はスラム街到着後、スラム街外郭を囲むように散開、全方位からの攻撃にも耐えうるように東西南北500名ずつの分隊が配置された。

 各々が中性子銃を腰に差し、銃火器、重武器を指定位置に置く。その頃になれば日はすっかり沈み、薄暗い闇がパルテノンを包み込んだ。隊員らはテントを張り、敵の襲来にいつでも反応できるよう交代で見張りをしながら休息をとる。


 北班にて指示を出していたシーナは思い出したようにインカムに電源を入れる。

 故障していないかどうかを確かめるためだった。幸いにもかすかな音が流れたのでそれが故障していないことが確認できた。しかし声を紡ぎはしない。

 ザーザーと音がするばかりである。

 まだ誰も電源を入れていないのだろうか。

 まあ、電源が入ったら何か聞こえるだろうと思い、彼女は部隊に指示を出すのだった。



 ―――――


 シーナと別れてから、ジョーカーはまず支部へと向かった。玲人と浩二に会うためだ。

 支部に着く。案の定司令室から浩二と玲人の話声が聞こえた。。

 ジョーカーは扉を開けようとノブに手を伸ばしたところで躊躇した。何やら重要な話をしているらしかったから。

 聞くのをはばかって、近くの職員に玲人と浩二が出てきたら連絡させるようにいって外に出た。



 することがないので武器の最終点検をしていると、程なくして先ほどの職員が玲人のみが退室したと告げてきた。

 ジョーカーとしては2人に用があったのだがまあいいかと思い、司令室へ向かう。その途中で玲人に合流した。武器庫から出した真新しい中性子銃とγ線陽子パルサー、ナイフを手渡す。そしてジョーカーは玲人に用件を伝えた。

 真銀戦との交戦はいわば命のやり取りだ。接敵したら最後死ぬか殺すかの二択しか存在しえない。つまりもしかしたら玲人は今回の戦闘で死ぬかもしれない、そうなれば浩二と話すのも最後になるかもしれなかった。それを伝えるのと伝えないのとでは天地の差がある、とジョーカーは思い、浩二たちに話をしようとここに来たのだ。


『レイジ、もしかしたらお前は死ぬかもしれない、それでも本当に参戦するのか?』


 予想通り、当然だ、と言わんばかり玲人は頷いた。そして玲人はジョーカーの顔を見た。

 その表情が幼い頃の正一の面影と重なり、ジョーカーは感慨深い感情に襲われた。

 しかし、玲人の眼は正一のように優しい眼光など宿していない。

 その眼光が孕むのは真銀戦への殺意と憎しみのだ。それがなぜだか悲しくなった。


『敵がまだいない今ではその殺意は大丈夫だが、敵がいる時にはその殺意はプラセバ起動の鍵になる。だから殺意は消しておけ』


 ジョーカーは玲人にそうアドバイスをした。一刻も早くその眼光を柔和なものにしたかったからだ。鋭すぎるその眼光を。


 しかし殺意を消せと言われてもそれは簡単に消えるものではない。親を殺されたのならなおさらだ。しかし、玲人は言われた瞬間に殺意を消した。眼光がただの青年に戻る。

 それにジョーカーは動揺を隠せなかった。玲人は"殺すために"殺意"を消したのだ。つまり自分の感情さえも復讐へと費やした。この1ヶ月の成果だろう。ただそれが良いのかどうかは今のジョーカーにはわからなかった。


『さすがだな、ジョーカーの教え子は』


 気がつけば後ろに浩二がいた。

 ジョーカーは堪らず話そうとしていたことに今湧き出た感情を混ぜながら話した。


『コウジ……もしかしたらお前の甥を死なせてしまうかもしれねぇ。それでも本当にいいのか?』


 なんだ、と言わんばかりに浩二が笑い、玲人を見た。


『大丈夫さジョーカー。玲人は強くなった。見間違えるほどにな。それに玲人の生きる目的が真銀戦への復讐ならここで玲人を下がらせるのは私のすることじゃない。

 だからこそ、死ぬなよ玲人、ジョーカー』


 浩二がジョーカーと握手をし、玲人と抱き合う。

 まるで最後のあいさつのようだった。


『叔父さん、僕は絶対死なないから。だから、ちゃんと司令室から指示してよ!』


 無邪気に玲人が浩二をたたく。

 やはり根はただの青年だ。


『もちろんさ、インカムの調子はどうだ?ちゃんと点検しておけよ、いざ本番で司令が出せないとこちらが困るからな』


 そう言いながら浩二は司令室へと戻って行った。

 その背中に哀愁を漂わせて。

 おおおそ浩二も覚悟は決めているのだろう


『さてとレイジ。夜も近い、俺たちもそろそろ行くか』


『わかった』


 2人してリディールに乗り込む。

 目指す場所はスラム街近辺。

 戦地へとなる場所へ赴く2人の背中を星々が照らしていた。

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