第14話 鍛錬 後編 ジョーカーの過去
1週間後、骨の髄まで叩き込まれた戦闘の基本は玲人の反射行動を塗り替え、無意識化においてもあらゆることに対応できるようになっていた。
『もう基礎は十分みてえだな』
ジョーカーが玲人を見ながらつぶやく。
『……うん』
『そしたら次は武器の使い方だ。お前、脳内のシミュレーションじゃどんな武器を使っていた?』
そう言われ玲人はシミュレーションを思い出す。銃や長剣果ては素手まで使っていた。しかしその中で一番なじんだもの。そう、"あいつ"の首筋を切り裂いた武器を玲人は答えた。
『短剣、ナイフだよ』
『そうかナイフか。ほらよ』
ジョーカーが玲人に木製のナイフを投げ渡した。それを玲人は片手で取り、まじまじと見つめる。なじみ深かったナイフとは一回り大きくけれども木製だからか軽い。わずかに艶がかった柄が年代物であることをにおわせる。
『それなら次は俺に一発ぐらいは決められるだろ?』
ジョーカーが笑う。おおよそ玲人の変化に期待しているのだろう。
それを感じ取った玲人もまた笑いながらナイフを握りしめた。。
―――
結果は惨敗だった。前回よりも惜しいとこまで行くのだがやはり経験や年季の差は埋まらない。すんでのところで避けられた攻撃がいくつかあった。
『まあまあってところだな。その調子なら一ヶ月後には俺より数段劣る程度まで仕上げられる。次は遠距離武器だな』
ジョーカーが2つの小さな銃を玲人に渡した。
『これは?』
『γ線陽子パルサーと中性子銃だ。聞くよりも見た方が早い』
ジョーカーがγ線陽子パルサーを構えた。小屋の方へ銃口を向ける。そして引き金を引く。
なにも起こらなかった。だが、数秒後小屋の後ろで小さな爆発が起き、はじけるような音が耳に届く。
けれどもすぐにそれが爆発ではないことに玲人は気がついた。もしそれが爆発だったなら、今頃は水素爆発で死んでいるはずだから。
それは空気の破裂だった、
大規模なものではない。
小規模なもの。
殺傷力は殆どない。
しかし、その爆発は小屋の後ろ側で起こった。
『わかったか?この銃弾は透過性を持つ。もちろん分厚い壁は越せない、しかもあらかじめ透過距離を設定しなきゃいけない。つまりは対人戦用には向いてない。要するに暗殺用だ。使い勝手が難しいが慣れれば便利だ。次にこれは中性子銃だ。もっとも一般的に使われてる銃だな。機密用や政府用は殺傷力が強過ぎてお前には不向きだ。この銃を極めた方がよっぽど使えるぜ』
そう言ってジョーカーは中性子を地面に向けて撃った。銃弾が地面に当たる。丁度当たったところが少しだけえぐれた。
『人に向けて撃つと結構な威力を発揮するんだぜ。そうとわかったらこのγ線陽子パルサーで小屋の向こう側を撃ってみろ』
玲人がγ線陽子パルサーを小屋に向けた。小屋までの距離はおおよそ200メートル。正確な値ではなく目視による値だ。自身を信じ玲人は透過距離のつまみを200メートルに設定して引き金を引いた。
小屋の手前かもしくは奥で爆発すると思われていた銃弾は予想を裏切って小屋の中で爆発した。爆風により、いくつかの窓に亀裂が入る。発射位置から小屋までの距離が丁度200メートルだったのだ。予想外の結果に手汗がにじむ。
隣を見るとジョーカーは呆れ顔をしていた。
『撃てと言ったのは小屋の向こう側だぜ?誰が小屋を撃てと……まぁ、使い勝手は悪いが極めればそこらの武器より使える。次は中性子銃だな。』
気を取り直してジョーカーは小高い丘を指差した。
頂上には的と言わんばかりの岩が立っていた。
『あの岩を狙え』
ジョーカーに言われた通り銃口を岩に向ける。距離は先ほどと同じく200メートル弱。
的を絞り、引き金を引く。勢いよく重工から発射された銃弾は岩の右側を削り取った。
『良しって感じだ。センスはあるぞ。今日からは体を作りながら武器の使用方法を教える』
ジョーカーの宣言通りその1日は射撃と体づくりで終わった。
―――
20日が経った頃、ジョーカーと玲人はすでに意気投合し、師弟関係を築いていた。この頃になるとジョーカーが出す無理難題にもついていけるようになり、もはや玲人は17歳の青年の平均的能力を優に超えパルテノンに来る前の面影を無くしかけていた。
夕飯中、もちろんシーナが置いていった保存食を食べているだけなのだが、玲人は前々から気になっていた叔父の浩二と父の正一、そしてジョーカー三人の関係を聞きたいと言った。ジョーカーが戦友と認める浩二が何をしたのか、研究員だった正一とはどんな関係だったのか。知りたい事実はいくらでもあった。
それを聞いたジョーカーは小さく笑うと、食べるのをやめ、昔を思い出すように椅子にもたれかかり、静かにその過去を話し始めた。
『俺とコウジは同学年でアース国際大学で軍事学を共に専攻していた。ショウイチは1つ上でよく悩み事を相談していたよ。18年前、卒業旅行で惑星ティータスに行ったんだ。その時、不運にもそこを真銀戦の連中が襲ってきた。携帯していた武器はただの銃だけ。生き延びることしか考えられなかったよ。俺は浩二とは別行動だった。一緒にいたのは3人の"友人"だけさ。襲撃が起きたその直後に、話し合ってターミナルへ向かうことを決めた。あそこには駐在している常駐軍がいるからな。助かるかもしれないって思ってな。
慎重に進んださ。相手がテロ組織である以上突然撃たれて死ぬかもしれないからよ。で、ようやくターミナルに着いたんだ。だけどダメだった。ターミナルはすでに陥落していた。俺たちは目指す場所を間違えたんだ。そうとも知らずに友人の1人が飛び出した。もちろん殺された。投げられた石が頭部に当たってね。非現実的だったよ。なんせその石は"友人"の頭を潰したあとこちらに向かってきたんだ。まるでロボットのようにな。それを見た俺たちは一斉に走り出した。逃げるために。生き残るために。だが真銀戦が逃すと思うか?
逃がすわけがない。俺たちを殺すために銃を撃ってきた。銃弾がほおをかすめたときは死ぬかもしれないと思ったね。その時、俺の足を銃弾が貫いたんだ。貫いた銃弾は地面に当たった。撃たれた激痛で俺はその場に倒れた。痛くて息ができなくなったのは初めてだったよ。友人たちは俺を見向きもせず逃げた。俺を見捨てて逃げたんだ。普通誰だってそうするだろ?だから俺はあいつらを恨まなかった。
だけどな、違かったんだ。
あの中で一番足が早かったのは俺だった。だからあいつら2人の前にいたんだ。
ほおをかすめた銃弾は真っ直ぐ水平にほおを裂いたんだ。だが足を貫いた銃弾はどうだ?あんな低い位置を貫いて地面に着弾?考えてみればおかしかったんだ。
あいつらは自分の銃で俺の足を撃ったんだ!俺を囮にするために!自分達が生きるために!その時、"友人"は糞だと心に刻み込んだんだ。真銀戦の奴らが追いつき俺は死を覚悟した。そして神にあいつらに復讐したいと願った!その時、一発の銃弾が追手の頭を貫いた。そのおかげで俺は今でも生きてる。銃を撃った奴は倒れた俺に近づきそして言ったんだ。大丈夫か?ってな。そいつがコウジだった。そしてコウジは友人から戦友になった。星間連合軍が到着し、事態が落ち着いた後、俺は瓦礫と化した街を歩いた。復讐することもなかった。友人たちは死んでいたんだ。ざまあみろって思ったね』
話し終えたのかジョーカーがため息をつく。長く重いため息を。
そして聞き入っていた玲人を見た。
『これで俺の話はおしまいだ。早く寝ろ。明日は早いぞ』
ジョーカーが席を立ち、自室へ戻る。
彼の生い立ちを知り、玲人は黙っていることしかできなかった。
夜空には星が1つ孤独に輝いていた。
―――そして最終日
ジョーカーと玲人は互いに木製のナイフを持っていた。
『今日で最後だレイジ。覚えているか? 最初の日を』
『もちろん、だから最後にこれをやるんでしょ?』
『ああ、さぁ最後だ。俺から一本取ってみろ!』
ジョーカーの声が開始の合図であった。
2人の最後の実戦が始まる。
先手を取ったのは玲人。まずは教わった歩法で一気に距離を詰めた。
逃さずナイフを突き出すジョーカー。スピードを殺さず攻撃を避けてジョーカーの首元にナイフを近づける。瞬間、手首に手刀を落とされ、ナイフが落ちる。隙を見せないために玲人はすかさず足を蹴り上げジョーカーの顔を狙う。それを防ぎ、ジョーカーが玲人の空いた胴に蹴りを入れる。玲人も同様に蹴りを防ぎ、落ちているナイフを拾い上げる。そしてジョーカーの足に突き立てる。ジョーカーは突き立てられそうになった足を下げ、もう片方の足で玲人の腕を弾く。鈍い音がしたものの玲人はひるまなかった。つかんだナイフを離さずそしてそのままジョーカーの顔に投げた。投げられたナイフをジョーカーが払う。その間に玲人はナイフによって隠された視界に移動していた。ジョーカーが防御行動をとるがもう遅い。勢いに乗った右拳がジョーカーの横腹に入った。
直撃を受けてよろめくジョーカーに玲人は言う。
『一発入れた。僕の勝ちでしょ?』
絵にかいたような喜びを玲人は見せた。勝ち誇った表情が顔には浮かんでいる。
はぁ、と大きなため息を吐いてジョーカーが答えた
『お前な、ナイフを渡したんだからナイフで一発入れろよ』
ジョーカーは痛くも痒くもない、といった表情をしながら言った。
『でもその体さばき、呼吸、歩法、全て合格だ。真銀戦との戦いで死ぬなよ』
『ありがとうジョーカー』
『こちらこそ、お前は俺の戦友だ』
ジョーカーと玲人が握手を交わす。しっかりと握られた手がその間に新しくできた絆を表していた。
『そろそろコウジ達が来るはずだが…』
そう言ってジョーカーは遠くに目を凝らした。玲人も真似をして目を凝らす。
レーダー外側。8キロ先にこちらに近づく点が見えた。
『きたぞ、コウジ達だ』
その言葉を裏付けるように10分後、玲人たちの前には浩二とシーナがいた。なぜか浩二は疲労の色を顔に浮かべて。
『大丈夫?叔父さん?』
玲人がそう問いかけるが返事は無く、代わりに浩二は地面に倒れた
『叔父さん!!!』
『コウジ!!!』
2人の声が重なる。
心配する2人をよそに、シーナは静かに小屋へと移動するのだった。
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