第12話 初体験

 リディール駐車場に行くとシーナは携帯I.E.Rでニュースを見ながら暇を潰していた。

 近づいて来るジョーカーに気づき、言葉をかける。


『遅かったですね。そちらは?』


『ああこいつらか? 俺の"戦友"とその親戚だ』


 ジョーカーが浩二と玲人を紹介する。


『初めまして、ハリス・シーナです。殲滅部隊の副隊長兼ジョーカーの補佐をやっています。以後お見知り置きを』


 シーナが挨拶をし、それに玲人たちも答える。


『神内浩二だ』


『神内玲人です』


 シーナは手を出し順に握手を交わした。


『俺はコウジとある場所へ行ってくる。先にレイジをエリア51まで連れて行ってくれ。すぐに追いつく』


『わかりました。』


 そう言うとジョーカーはリディールにまたがり、出発した。その後に浩二もリディールに乗り、続く。浩二が走り去ってゆくのを見て、別行動になると悟った玲人は浩二に向かって叫んだ。


『僕! 強くなるから!』


 浩二からの返事はなかった。代わりに浩二は振り返り、玲人に向かって笑いかけた。

 優しく、信じるように。


 玲人の叫びを聞いてジョーカーがまた大声で笑う。

 2人の背中はその声の響きとともに見えなくなっていった。


『じゃあそろそろ行きましょうか。リディールに乗ったことはありますか?』


『いや、ないです』


『そうですか、なら私の後ろに乗ってください。』


 シーナがリディールにのり、後部座席を開け誘うが、玲人は動かなかった。


『どうしたんですか?ほら?』


 シーナがせかす。それでも動かない。怖いのかと思ったシーナが玲人 に近づいた。

 しかし即座にシーナはその予想が違っていることに気がついた。


 玲人の顔は赤くなっていた。

 生まれてこのかた人生の大半を惑星レギオンで両親とともに生活していた。その状況下において、女性との接点は数えるほどしかなかった。そして事件から目覚めるまで6年間眠っていて、かつ目覚めてから今日まで恐ろしい速さで事が進行したため、女性との付き合い方など初めてに等しく、つまり、今玲人は緊張していたのだ。

 年ごろの青年にはあり得る範疇の状況。しかしなぜ今なのかと玲人は心から思った。


 玲人が動かない本当の理由を知り、シーナも同様に笑った。


『緊張しないでください。そして早く乗ってください。マスコミに追いつかれますよ?』


 その一言で緊張が解けるはずもなく、玲人はぎこちない動作でシーナの後ろに座り、リディールにまたがった。

 そして、甲高い音を立てて玲人達も出発した。


 ターミナルを出た瞬間に玲人を寒さが撫でる。

 背筋が震え鳥肌が立った。

 突然の出来事に思わず玲人は『寒い』、とこぼしていた。

 それを聞いたシーナが前を見ながら玲人に尋ねる。


『環境適応服でも着ますか? 私は慣れたからいりませんし』


 そう言われて玲人は反射的に『欲しい』、と言いかけた。

 だが、離陸前の浩二の言ったことを思い出し、丁寧に断る。


『変な人ですね……』


 シーナは出そうとした環境適応服をしまうとハンドルを強く握った。

 玲人を乗せたリディールはエリア51を目指して進んだ。


 ―――


 PM9:00


 玲人達はスラム街外郭を走っていた。

 ターミナルを出発してから30分、長い沈黙に耐えかねたシーナが玲人に質問をした。


『何か聞きたいことはあるかしら?』


 敬語調からの突然の口調の変化に玲人は戸惑い、危うくリディールから落ちかけた。

 なんとか体を起こし元の姿勢に戻す。

 玲人が落ちかけたことを背中に感じたシーナが小さく笑う。


『ターミナルの時といい、今といい、あなた、面白いわね』


 笑われた事が恥ずかしく、玲人は何も言い返せなかった。

 早く今のことを流そうとして質問を考える。


『シーナさんの両親ってどんな人だったの?』


 シーナが答えやすい質問をしたつもりだった。しかし、急にシーナは諦念を含んだ笑いを顔に浮かべた。


『お父さんは私が幼かった頃に死んだわ。それを教えてくれたお母さんも幼いころに』別れてからは行方知らず。ちゃんと連絡を取るべきだったわね』


 自嘲気味のその話に、玲人は後悔に囚われた。

 すぐさま重い雰囲気を変えるべく話題を変える。


『ここに来る前に携帯I.E.Rで調べたんだけど、刑務囚バベルってどんなところだったの?』


 雰囲気を変えるために考えた質問にシーナは呆れ気味に答える。

 無論、シーナもそこまで詳しくは知らないため携帯I.E.Rが出した情報をそのまま玲人に伝えた。


『あのね、私は囚人じゃなかったから知らないし、そもそも私はこの星について聞いて欲しかったのよ……まあいいわ。刑務囚惑星バベルは殺人や星環境破壊などのA級犯罪者が流される惑星よ。主に地下資源の採掘を仕事として犯罪者たちに課しているの。つまり安い労働で高い利益を星間連合側は得ることができたのね。そこで得られる鉱石【黒輝石】は重要な鉱石らしいのよ。硬く、熱を遮断する特性を持っていたから特殊な採掘方法が必要だったらしいわ。けれどもバベル襲撃事件以降立ち入りを禁止されていてそのせいで今はこの鉱石は得ることができないのよ。他には?』


『パルテノンをさ、調べた時にキサナギ、ていうのが出てきたんだ。あれって何?』


『だから普通にI.E.Rで調べればいいのに!……』


 呆れ気味にまた言われ、玲人は恥ずかしくなった。けれども何か聞きたいことはある?って聞いたのはそっちなのに……と心で静かに反論する。


『仕方ないわね。今は文献しか残っていないけど、遥か6億年前にこの惑星を支配していた動物よ。そうね、ジュピターでいう白い芋虫のような動物よ。奴らは生まれると周りの物質を食い散らかしながら成長して行くの。その大量発生のせいで前文明は滅んだと言われているわ。そのせいで気候が変動し、この星は極寒の星になった。けれども奴らは気温30度以上じゃないと生息できないの。だから今は冬眠しているわ。たまに研究者が面白半分で目覚めさせてど大事故につながったケースもあるわね。まっ、3度って気温のせいで約10分ほどで冬眠に戻るけど。他にはもうない?』


 疑問をひねり出す。


『なんでこの星は吹雪がないの? こんな寒いのに。』


 三度目の質問がようやくシーナの御眼鏡にかなったのか呆れた声をシーナは出さなかった。


『いい質問ね。この惑星の大気構成はわかる?酸素18%に水素20%つまりは吹雪の元である雪や水は分解された状態で空気中を漂っているの』


『じゃあそれで水は作れないの?』


『化合したら作れるわ。だけれどその過程で必要になるのが燃焼、つまりは火なの。水素があるこの惑星で火なんてつけたらたちまちのうちに水素に点火して水素爆発が発生するわ。5年前に水生成塔が大爆発を起こしてからこの星で水の生成は禁止。火の使用も禁止になったのよ。』


『え? じゃあこのリディールは? 飛翔船は? どちらも火を使ってるでしょ?』


 堪らず玲人が自身の疑念を連発するがそれをシーナはざっくりと切り捨てた。


『はずれ。この惑星の地殻は大量の金属を含有しているの。だからリディールは大体が電磁式で火は出ないのよ。でも飛翔船は火が必要よ。こことターミナルの違い、わかるかしら?』


 突然投げかけられた質問に、戸惑いながらも玲人は必死に考える


『……ターミナルはここより暖かかった!』


『あたりよ。あそこは特別に空気調節装置が完備されているの。そのおかげであそこは星間連合の掲げる標準大気構成と標準気温を実現しているのよ。今から行くエリア51も同じ。だけど空気調節装置は高価だからそこのは自動で大気構成だけを調節するわ。だって兵器を使うもの』


『ふーん』


 後半部分にあまり興味が湧かなかったので玲人は頷く代わりに適当に返事をした。それがいけなかった。


『その返事、興味が無さそうね』


 シーナが静かに怒った。

 連動してリディールの速度が上昇する。その速さ時速100キロ。

 突然の急加速に玲人は驚き再び落ちかけた。


『落ちると死ぬわよ!』


 そう言われて歯を食いしばる。

 そりゃそうだ。時速100キロで落ちでもしたらよくて重症、悪くて死亡だ。


『うわぁぁぁぁぁ!』


 けたたましい玲人の悲鳴を置き去りにし、リディールはそのままの速度を維持してエリア51へ向けて地獄の行進をするのだった。


 幸いにもスラム街外郭での加速であったため、人は1人もおらず、誰にもぶつかることはなかった。


 ―――


 1時間後


 エリア51に着いたシーナは清々しい顔をしていたが、反対に玲人は憔悴していた。おぼつかない足取りで歩くと何かにぶつかった。先に到着していたジョーカーであった。

 彼の形相に玲人は再び悲鳴をあげると、その場に倒れた。


『おいおい、シーナ。なにがあったんだ?』


 ジョーカーが倒れた玲人を見つめながら苦笑する。


『いえ、普通に走っていただけです』


 シーナは粛然と答えたが、到着までの速さからジョーカーは大体のことを察した。


『そういうことか……』


 地に伏せている玲人を見てジョーカーは少し申し訳なさそうな顔をした。


『ところで、頼んでおいたものは?』


『それでしたら既に小屋へ運び入れています』


『そうか、じゃあもう大丈夫だ』



 それを聞き届けるとシーナはジョーカーに向けて礼をしてからそそくさと踵を返してリディールに乗り込み、支部へ向けて出発した。


(いったいどれくらいの速さで来たら私たちを抜けたのだろう…)


 シーナは心の中でそう思った。少なくともジョーカーは時速100キロ以上で走ったはずだ。


 思わず、笑みがこぼれた。

 シーナの中でジョーカーに対する評価が上がった瞬間であった。


 ―――


 シーナが去ってからしばらく、ジョーカーは伸びている玲人を見ていた。

 遠くに目を向けると彼方に小屋が見える。


『大体1キロほどか…』


 ならばとジョーカーはリディールにまたがり、小屋へと向かった。


 もちろん、玲人を置き去りにして。

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