第10話 到着

襲撃から20分後、左翼が消えた旅客飛翔船は宇宙空間を漂っていた。10分間の猛攻を凌いだ旅客飛翔船はパルテノンへと向かう航路に乗ったためその状態のままパルテノンへと行くかと思われた。しかしプラセバはあくまで《緊急脱出システム》に基づき動いている。

 螺旋を描いた状態で進むこと10分、プラセバの輝きは段々と失われ、伴って操縦方法も玲人の頭から消えていった。その時点で玲人は普通の青年となり、操縦桿を握ったまま固まってしまった。

 気を失っていた機長が意識を取り戻し、隣に座る玲人の異変に気付きくとすぐに副機長を呼び戻す。


『副機長! 今すぐコクピットへ来るんだ!』


 機長に呼び出され、客席に座っていた副機長がコクピット内へと戻り、玲人と交代した。

 表情にはいまだに疲労の色が見えていた。おおよそ無理な運転によるものだろう。しかし、緊急時に何もできなかった悔しさからか、それとも単なる意地からか副機長はおおらかに笑うと玲人の肩をたたいた。


『ありがとよ! ここからは俺たちに任せてくれ!』


 嬉々とした表情で副機長は操縦桿を握り、玲人はコクピットから追い出される。

 そのあと投げ飛ばしたCAに玲人は謝ると自席へと戻った。


 《ただいま、当機は宇宙空間を進路より東に64キロずれたところを漂っております。近くのターミナルへ予備機の要請を致しましたので飛翔再開までお待ちください。》


 アナウンスが流れる。声からしてあのCAだろう。襲撃時と変わらない声の調子だった。

 自席に戻ると浩二がグッタリした表情をして座っていた。どうやら高速での螺旋運動に気分が悪くなったらしい。副機長もこんな顔をしていた。

 よくよく見渡せば、他の乗客も皆同じような表情をしていた。


『大丈夫?』


『ああ、大丈夫だ』


 まるで唸っているかのような声に少し、罪悪感を感じた。

 自席に座る。CAが席を拭いたのか隣に座っていたパル人の体液はふき取られていた。しかし奥深くまで血がしみ込んでいるのか錆びた鉄のにおいが玲人の鼻を突く。


『どう感じた?』


 浩二が尋ねた。

 その一見慰めに見えないような慰めが玲人の押し殺していた感情の蓋を開けた。


 思わず涙が流れ、像がゆがんだ。

 深く長く深呼吸をしてあふれ出るそれを止めようとするがかなわない。

 止めようとする気持ちに反して涙は押し殺した気持ちを代弁するかのように流れ続けた。


 今回の襲撃で玲人は目的の復讐もできず、プラセバに行動を委ねただけであった。自分の力の無さを実感し、初めて死の恐怖を感じた。その体験によって玲人は復讐の無謀さに気づき、心の中に迷いと不安が生じたのだ。

 それが心の中のなかの感情と混ざり合い、涙となって零れ落ちる。


 静かに浩二は手を泣いている玲人の頭に乗せた。

 正一の代わりに、叔父として父の役目を果たすべく。


『お前は弱い、だから強くなるんだ。今は弱くてもまだいい。今回の襲撃で乗客たちが生きているのはお前のおかげだ。それは誇っていい』


 やさしく、柔らかく浩二は言った。玲人の気持ちを否定することなく受け止め。その先を示し、導く。それが今浩二にできる最大の行為だった。


 客席から生き残ったことに対する一人の英雄への喝采がまばらに起こり始めた。

 あるものは感謝の言葉を述べ、あるものは勇気ある行動を褒め称えた。

 機内が賞賛と激励に溢れる中、それとは裏腹に、一人の英雄は独り静かに泣いていた。



 そして予備機の飛翔船が到着し、彼らは惑星パルテノンへと道を急ぐのだった。

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