第8話 襲撃 前篇

AM8:00


 まばらだったターミナル内はいつしかせわしく動き回る人でごった返し、機内の客席は満席になっていた。

 初老のパル人と思われる男がチケットを見ながら自身の席を探し当てたらしく、玲人の右隣に座る。玲人の左隣には浩二が座っており、腕を組んだまま目をつむっていた。玲人たちは中央列の前から12番目の席に座っていた。窓の外を見る。だが、窓から関までの距離が遠くかつ人の頭が邪魔ではっきりとは見えなかったが外ではこの飛翔船を飛び立たせるため、様々な人や車が慌ただしく動いていた。


 《みなさま、本日はご搭乗いただき有難うございます。この船は惑星ジュピタ―から惑星パルテノンへと亜光速飛翔で運行する予定です。飛翔時間は12時間ほどとなります。出発までもう間も無くですので自席にてシ―トベルトを締めてお座りください。》


 澄んだ女声のアナウンスが流れる。

 それを聞いて立っていた人たちが大慌てで用事を済ませると席へと座り、動いていた頭は数分のうちに見えなくなった。

 それから数分後に飛翔船後方部からジェットが噴出され、船は大きな音を立てて離陸した。

 離陸に伴い、強烈な重力が彼らを襲う。


『毎度毎度この重力にはなれませんな』


 隣のパル人が小さくそう呟いた。


 ―――


 《離陸成功しました。自動操縦へと切り替わります。シ―トベルトは外して構いません。亜光速飛翔に移るまで外の景色をお楽しみください。》


 アナウンスが言うのをきっかけにして、玲人は遠く離れた窓の外を見る。眼下には巨大な惑星ジュピタ―の地表が広がっており、その地面は高速で離れていった。やがて重力圏を抜けると星を包み込むほどの大きな横縞が姿を見せた。

 美しく絶え間無く形を変えるそれがまるで旅立つ飛翔船の無事を願っているようで、玲人はなんとなく嬉しい気分になった。


 やがて亜光速飛翔に移るとジュピタ―は見えなくなり、窓の外には漆黒の宇宙だけが広がった。

 もう見るものもないな、と思った玲人は目を瞑り、寝るためにその体を椅子にもたれさせた。


 ―――


 PM2:00


 尿意に目がさめる。今朝の準備から出発まで行く時間がなかったため相当溜まっているらしく、既に限界が見え始めていた。トイレに行くために席を立つ。機内は静寂に包まれており、船のきしむ音だけが聞こえる。途中でアナウンスを思い出し外に目を向ける。しかし亜光速飛翔中のため、まだ何も見えはしなかった。トイレの扉の前につく。中には誰もいないらしく、鍵は開いていた。それを確認し、ドアノブに手をかける。途端、機内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 ノブに手をかけたのと警報が鳴り始めたのが同時だったため、最初この警報の原因が玲人は自分にあるものと思っていた。しかししばらくして、


 《みなさま、ただいま当機後方1200メ―トルに未確認飛翔船の影を捉えています。応答はありません。またこのまま応答がない場合さらに速度を上げて引き離す予定ですのでご安心ください。航路に支障はありません》


 と言うアナウンスが流れたため、玲人はその懐疑を見送った。手洗いを済ませ、自席に戻ると寝ていたはずの浩二が険しい顔をしながら窓の外をみていた。。

『どうしたの?』と玲人は声をかける。

 唸りながら浩二が言う。


『旅客飛翔船の後ろに付く未確認飛翔船など聞いたことがない。危険だからな』


『じゃあ何で付いてくるの?』


 玲人が尋ねる。


『理由なんてわかるわけがないだろう』


 浩二は呆れたようにそう言った。しかし、また顔が険しくなる。


『破壊目的じゃない限りそんなことしない。だがもし後方の未確認飛翔船がこの船の破壊が目的である場合……その船はただの飛翔船じゃない、軍事飛翔船だ。そしてそんなものを保有し破壊を目的とする組織は一つしかない。おそらく真銀戦だろうな』


『真銀戦の軍事飛翔船?……付いてきてる船がもしそれだったらどうなるの?』


 堪らなくなった玲人は浩二に尋ねる。


『旅客機飛翔船と軍事飛翔船の最高速度は無論後者が上回る。つまりこの船は少なくとも数分のうちに……』


『追いつかれる?』


 浩二の話を玲人が遮った。


『ああ』


 浩二が頷く。


『じゃあこの船は……』


『何もしなければ落ちるだろう』


 浩二が言い終わった時、その見解を証明するかのよう機内に轟音が轟いた。

 警報が再び鳴り響く。


 《左翼消滅!バランスが取れません!亜光速飛翔維持不能!手動操縦に切り替わります!》


 コクピットのマイクと機内のスピーカーがつながっているのか、焦る声が聞こえた。

 機体のスピ―ドがガクンと下がり、遂に未確認飛翔船と旅客飛翔船が並ぶ。

 窓の外には巨大な飛翔船が見えた。やはり形容しがたいような外装をしており、一目見てそれがただの飛翔船ではないことを理解した。

 機内に悲鳴が溢れる。

 怒声、罵声、悲鳴、焦り、それらが混ざり合い、機内は阿鼻叫喚と化す。

 乗客たちを落ち着かせるためにアナウンスがまたもや流れた。


 《未確認飛翔船が宇宙テロ組織真銀戦のものと判明しました! 近くの星間連合支部にSOSを要請しました! みなさん、落ち着いてください!》


 しかし、効果は薄い。加え、そもそも機内がパニックに陥っているせいかそのアナウンスに気づいた人はほとんどいなかった。


 されるがままの旅客飛翔船に反撃のすべは無く、このままでは墜落は避けられぬ運命であった。


 その時、右隣のパル人が左の窓の外を見て鋭い悲鳴をあげた。生死に直結したその悲鳴は玲人の鼓膜を激しく刺激した。冷静だった玲人は反射的に窓の外を見た。

 軍事飛翔船の覗き窓が見える。

 男が中にいた。笑っていた。下に備え付けられていた中性子銃の銃口がこちらに向いていた。驚く間も無く銃弾が放たれる。


『伏せろ玲人!』


 浩二が叫ぶ。同時に窓が砕け銃弾が中に入ってくる。全てがスロ―モ―ションに見える。死に瀕したことを体が察知し脳の処理能力が限界を超える。しかし体は動かなかった。玲人は死を覚悟した。そして眼前まで迫った銃弾が玲人の頭を貫こうとする直前、



 《本体への危険接近を感知。撤退、回避行動に移ります。》


 聞き慣れた無機質な声が響き……胸のプラセバが紅く輝き始めた。

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