第7話 ハリス・シーナ
支部内はやはり支部とだけあって様々な種類の人間が絶えることなく動きまわっていた。しかし、掃除が隅々までいきわたっているのか汚れた場所はなく、白い床が廊下の奥まで続いていた。
とくに声をかけられることもなくジョ―カ―は武器庫へと向かう。
ここに来るのは初めてではなかったため迷うことなく進んでゆく。
地下へ降りると案の定武器庫前に2人の守衛が扉の前に立っており、行く手を塞いでいた。
「「身分証の提示をお願いします」」
守衛がそう言い、ジョ―カ―は手持ちの身分証を提示する。
それを受け取り、守衛が上司と連絡を取った。
もし身分証を忘れていたらどうなっていただろうと考え、ジョーカーは小さく苦笑した。
「「……確認取れました。中へどうぞ」」
守衛が退き、固く閉ざされた扉へとジョ―カ―は手をかけた。
重厚な音がして厚い鉄製の武器庫の扉が開く。
中は比較的新しく、白色の壁が不機嫌にジョ―カ―を見下ろしていた。
壁と似た色をした棚に並ぶ古今東西の武器。使用は年に数回あるかないかにも関わらずほこりをかぶっておらず丁寧に手入れされていた。
ジョ―カ―はそれらを物色しγ線陽子パルサ―と中性子銃を二丁ずつ手に取り、そのまま武器庫を出る。
しかし、武器庫を出た時、それを見つけた守衛らがジョ―カ―を止めた。
どうやらシーナの許可証発行がまだ行われていないらしい。
「「すいませんジョ―カ―様。武器の持ち出しは許可証の発行をお願いします……」」
ジョーカーが中にいる間に何か噂を聞かされたのか恐る恐る申し出るような言い草だった。
『現在進行形でしてある。もう1、2分すればシ―ナから発行されるだろう』
そう言ってジョーカーは強引に2人を押しのけ、武器庫を後にした。
―――
支部を出ると寒さがジョーカーを覆った。ここパルテノンの平均気温は3度。水が少ないため吹雪いてはおらず、生きやすい寒さがこの星を包む。慣れれば大したことはないが、やはり慣れていない者は常に体を震わしていた。
『災難でしたねジョ―カ―』
不意にジョーカーは声をかけられた。反応して後ろを振り向く。耳に届いたことを確認したシーナはジョーカーに歩み寄った。
彼女、ハリス・シ―ナはこの星の先住民、パル人だ。【先住民】と言っても彼女らは昔から住んでいたわけではない。つい最近、3000年前ほどにパルテノンを開拓した民族を
『ああ、隊長の顔すら覚えられていないとはな……』
ジョーカーが失望の眼差しを小屋で休んでいた若い守衛へ向ける。若い守衛はぶるりと体を震わした。
『からかうのはそれほどにしてください。悪いのはジョ―カ―の方なんですから。そう言うのなら来たらどうですか?』
シ―ナの正論にジョ―カ―は反論できず言葉を濁す。
『そう言われてもなぁ…』
『それよりも、伝え忘れてたんだが核実験場は空いてるか?そこを一カ月ほど借りたい。出来るだけ郊外がいい』
『それでしたら掛け合ってみましょう。返事は後日で大丈夫でしょうか?』
『ああ、構わない』
『そういえばさっきから気になっていたのですが……その武器は例の友人のでしょうか?』
シ―ナが軽尋ねる。しかし、ジョ―カ―の顔がとたんに険しくなった。。
『友人じゃない、戦友のだ。』
ジョ―カ―の感じががらりと変わる。しかし、それでもシ―ナはどうじない。
『俺は戦友を大切にしているんだ。あいつは裏切らないし、共同作戦では満足した結果を得られた。それに加え死に瀕した時、助けてくれたのはあいつだ。だからここまで縁が続いているんだ。』
満足気に語るジョ―カ―。
その横に近づき、
『それを友人って言うのよ』
囁くシ―ナ。
敬語調からのいきなりの口調の変化にジョ―カ―は戸惑いの声をあげた。
先ほどまでの凜とした声は麗しく美しさを漂わせる声へと変貌しており、まるで別人のようであった。
『では寒くなって来たので私はこれで戻らせていただきます。』
敬語調へと戻り、そそくさと建物へ戻るシ―ナ。その背中を見送りながら
『聡明な部下だと思っていたんだがな…』
とジョ―カ―は心の中で思っていた。
―――
PM2:00
シ―ナは支部内でパルテノン政府に連絡を取っていた。
『ええ、お願い、期間は一カ月ほどで、ええ、わかったわ』
電話口相手に見えもしない相槌を打ちながら話し、電話を切る。不意にため息が出た。
シ―ナはこれから報告のためにジョ―カ―に電話をしなければならなかった。
けれど、もう今日は話したくないと思っていた。嫌悪のためではない。恥によるものだ。
そう思いながらも掛けなくてはいけなかった。なにせ命令だから。落ち込む気持ちを上げながら番号を押し、ジョ―カ―が出るのを待った。
―――
必ず人には欠点があると言われている。容姿端麗、才色兼備。完璧な彼女にもやはり欠点が存在した。父は幼いころに夜の街に消え、母が娼婦だったのである。そして彼女は貧しかった。
路地を歩いている時、ふと人事募集の広告に目が止まった。依頼者は殲滅部隊隊長のジョ―カ―。《聡明な部下》を募集しているとのことだった。無論、普通ならば一瞥しただけで通り過ぎてしまうのだが、羅列されていた好待遇に目を奪われ、幼いシーナはそれに応募することを決意した。
その日から中央街に点在する図書館へと通いつめ、様々な知識を吸収していった。
学識量でのみ比較すればシーナのそれはすでに平均を大きく上回っていた。
けれど、服装も性格も、その全てが母の影響を受けていた。
それでいては受かる見込みなど到底ない、とシーナは判断した
シ―ナはそれを直すために、母に別れを告げ、自立し、自身を徹底的に直していった。そしてやっとの思いで現職に就いたのである。けれど治らなかったのが1つ。意識していないと言葉遣いが昔の頃に戻ってしまうのだ。なんども頑張ったがやはり脳の深部に植え付けられたものは到底消せるはずもなく、無理だった。結局、シ―ナはジョ―カ―と話す時のみ、その言葉遣いを標準語にした。そしてその口調の変化は支部員たちには有名なことだった。
―――
けど、今朝、緊張のあまり出てしまった昔の言葉遣い。しかも至近距離で。確実に聞かれてしまったはずだ。
思い出すだけで恥ずかしくなり顔が自然と赤くなる。
『やりたくないわね。』
ため息をこぼしながらシーナはジョ―カ―が出るのを待った。
―――
ジョーカーの右ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。
時間からして案の定シ―ナからだった。
通話ボタンを押し、携帯電話を耳元へと近づける。
『シ―ナか?』
返事はすぐに返ってきた。
『はい。核実験場の件、終わりました。スラム街南方面、41地区エリア51が空いているそうです。付いて行った方がよろしいでしょうか?』
『わかった。だが来なくても大丈夫だ。それと二人分の生活用具と食糧を一カ月分送っておいてくれ。後、半径6キロを立ち入り禁止にするんだ』
『半径6キロですか? せずとも誰も立ち入らないと思うのですが……』
『まぁ念のためだ』
『わかりました。手配しときます』
シ―ナが切りボタンを押したのか電話が勝手に切れる。
『俺もそろそろ行くか』
そう言ってジョーカーはエリア51へと向かった。
―――
『わかりました』
そう言ってシーナは電話を切る。
ジョ―カ―の声から察するに彼は今朝の出来事を気にしていなかった。もしかしたら忘れている可能性さえある。
窓の外に広がる中央街を見ながらシ―ナは安堵のため息をついた。
「早速手配しないとね」
そう呟いて、上機嫌になった彼女は又しても電話を掛けるのだった。
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