第6話 ベイツ・ジョーカー
AM8:00
ベイツ・ジョ―カ―はいつも1人だった。周りに仲間と呼べるような人間は誰もいなかった。誰かが隣にいた時期があったかもしれないが、その誰しもが彼を裏切り、捨てていった。いつしか彼は孤独であることを選び、"友人"を忌避した。そして自身だけを信じ鍛錬に日々を費やした結果、彼は殲滅部隊隊長にまで登り詰めた
―――
ここは神聖都市惑星パルテノン。気温は平均3度の極寒惑星だ。白く凍てつく大地が地平線の彼方まで続いており、地面はいつも凍っているかのような硬さだ。
ジョーカーはパルテノンに存在する唯一の星間連合軍、俗称 殲滅部隊隊長であり、星間連合パルテノン支部の一員であった。隊長である、といってもそれはほとんど肩書きだけに過ぎない。殲滅部隊副隊長であるハリス・シ―ナにジョ―カ―は隊長権限を分け与え、隊長の雑務をすべて押し付けていた。
ジョ―カ―は今日もスラム街を闊歩していた。"ゴミ掃除"のためである。"ゴミ掃除"と簡単に言えどもそれは言葉通りの意味を持たない。神聖都市パルテノンが永く在り続けるために反乱分子を秘密裏に抹消する、つまりは犯罪者の掃討。それが"ゴミ掃除"であった。それは軍大学上がりの生粋の常識人には困難な任務であったため、ほとんどをジョ―カ―がこなしている。そのため、ジョ―カ―はスラム街の頂点に君臨し、スラム街を私物化した。
ジョーカーは周りを見渡し、誰も尾いていないことを確認し壁の前に立つ。
『――――』
何かを言った。聞き取ることはできない。しかしそれは確実に口より発せられ、壁に吸収された。証拠に扉が壁から現れた。ジョーカーが扉を開ける。静寂が居座る真っ暗な部屋の中には6枚のモニタ―が青白く輝いていた。
そう、ここはジョーカー私邸であり、隠れ家でもある。
無論星間連合側には秘密であり、ここを知るものは彼しかいない。
モニタ―をみる。メ―ルが2件届いていた。
『定時報告か…』
1つはシ―ナからの定時報告だった。内容を一読しゴミ箱へと捨てる。
もう1つは……
『あいつからか……久しいな』
そう呟くと内容を一読したジョ―カ―はそれもまたゴミ箱へと捨てた。
電気を消し部屋を出る。とたんに扉は壁へと戻った
『予定時間まであと12時間……何をするか……』
1人呟く。そしてそのままジョ―カ―は中央街へと向かった。
―――
AM11:00
ジョ―カ―は中央街にある星間連合パルテノン支部の門前にいた。ジョ―カ―と対峙する人の反応は目を背け逃げ出すか、銃を構えるかのふた通りしかなかった。そして現在。ジョ―カ―は門前で守衛らに囲まれていた。
『こちら正門、不審人物を発見した。どうぞ―――』
守衛の1人がジョーカーをにらみながら司令室と連絡を取る。どうやら不審人物として通報されたらしい。若い守衛の1人がこちらに銃を向けながら言った。
『誰だ貴様は! ここは星間連合支部だぞ!』
その言葉にジョーカーは妙な怒りを覚える。頭に血が上っているらしい。
冷静に、優しくと心に念じながら口を開く。
『殲滅部隊隊長のベイツジョ―カ―だ。名簿を照会しろ、わかるはずだ。ここを通せ。』
そう言っただけで若い守衛は震え二、三歩後ろへ下がった。ジョーカーを本能的に恐怖の対象にしているらしかった。
『こんな奴が殲滅部隊隊長なわけありません。私は全隊員と顔を合わせたことがありますがこんな奴見たことありません! 発砲許可を!』
震えていた若い守衛が声さえも震わしながら言った。
『早まるな! もし民間人だったらどうする?』
的確な判断にそりゃそうだとジョ―カ―は思った。根拠もなく発砲など許されるわけがない。しかも殲滅部隊全員に顔を合わせたことがあるだと? お前みたいな奴知らないぞ。と心の中で毒づいた。
『そこの奴の言う通りだ。むやみに撃つなと言われ……』
言い終わる前に若い守衛が叫ぶ。
『うるさい! 貴様に話す許可など与えていない! しかも殲滅部隊隊長だと?隊長はシ―ナさんのはずだ! もう少しましな嘘をつけ!!』
恐怖心が吹っ切れ何も感じなくなったのか守衛の声の震えが収まっていた。
だが反対にジョーカーのこぶしが震えだす。
隊長がシ―ナ?
冗談にもほどがある。
隊員の前に姿を現さなかったジョ―カ―も悪い。だが隊長の名を間違えるばかりか隊長と副隊長を間違えられたことに流石のジョ―カ―も少し頭に血がのぼる。
『シ―ナが隊長? あいつは副隊長だぞ? それがお前の認識だと受け取って良いんだな?』
ジョーカーが威圧気味に言う。
ぶらりと下げられた右手に力が込められた。それがいけなかった。
突然の殺気にあてられ若い守衛がおののく。そして反射的に叫ぶ。
その拍子に銃の引き金を引いてしまった。放たれた銃弾がジョ―カ―に迫る。
隊長。ジョ―カ―がそう言われる根拠がここにある。銃口の向き。引き金を引くタイミング。それさえわかれば銃でさえも避けるのは容易い。右わき腹に向けて放たれた銃弾を紙一重で避ける。甲高い音。後ろの樹木に被弾した。
続けて2射目。もう若い守衛は自身の思考を信じて疑わなかった。避けられたことに対し再び引き金に指をかけた瞬間。玄関から出てきた女性が大声で叫んだ。
『発砲中止! その方は殲滅部隊隊長のベイツ・ジョ―カ―です!』
びくりと体を震わし、その場の全員が後ろを振り返る。
そこに立っていた女性。齢26。やや細身で長髪。そう彼女こそが殲滅部隊副隊長ハリス・シ―ナだ。
『こんにちはジョ―カ―。迷惑をかけました。いつもこうなるから来るときは連絡をしてください、と言っているじゃないですか』
『ああ、すまねぇ。忘れていた。けれどそいつが言っていた「隊長はシ―ナ」とはどういうことだ? 俺はどうなった?』
怒りを露わにしてジョーカーが若い守衛を睨む。睨まれた若い守衛の顔が恐怖に染まる。
『みなさんの前に顔を出さず、スラム街にこもり、隊長の雑務をしない人を誰が殲滅部隊の隊長と思うでしょうか?これに懲りたら定期的に顔を出しに来てください』
シ―ナのなじりにジョ―カ―は苦笑し、ため息まじりに愚痴をこぼす。
『無理だな』
人が嫌いな彼にとってここはまさに嫌悪の塊であった。
それゆえにジョーカーにとってスラム街は性に合っていた。
『わかりました。仕方がないですね。それより、ここへは何用で?』
『ああ、忘れてた。武器庫へ行きたいんだが』
『わかりました。武器の持ち出しはされますか?』
『するさ』
『ではそれもまとめて申請しておきます。そのままB1の武器庫へと行ってください。』
そう言うとシ―ナは職務へと戻って行った。後に続いてジョ―カ―も建物へ入る。
守衛はその背中を茫然と見ることしかできなかった、
『……な? 撃つなって言っただろ?』
苦笑しながら守衛は震えていた若い守衛にそう言った。
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