第5話 出発
退院したその日のうちに、玲人は浩二の自宅へと招き入れられた。
玄関の扉をくぐりリビングへと向かう。2つあるソファのうち浩二が片方に腰を下ろし、対面に玲人が座る。浩二はそのまま自室から取ってきたと思われる多大な量の書類をテーブルの上に広げた。そのすべてが6年前のジュラポリス・ディザスターに関するものであった。
『ひとまず退院することができてよかった。そうじゃなきゃ何も始まらないだろうからな。で、これからだが……』
浩二が一つの書類を玲人に渡した。
『私が研究所の発足から今までに関してブラックホールとジュラポリス・ディザスターについて分かったことをまとめた報告書だ。まずはそこから知ったほうがいい。なにも知らないだろうからな』
玲人は手渡された書類に目を通した。それはわかりやすく簡潔に箇条書きでまとめられていた。
・ブラックホールの初生成は研究所の発足から丁度1年後
・上記よりジュラポリス・ディザスター[以下。災害]時のブラックホールは生成から11年であり完璧な沈黙期であった
・初めての暴走期はもう一つのブラックホールにより相殺させ、止めたとのこと
・暴走期と沈黙期の境は生成時と同じく2月26日
・沈黙期のブラックホールが災害を引き起こした確率は極めて低い
・検証結果よりブラックホールの半径は経過年数に比例する
・玲人のプラセバ内に外殻で覆われたブラックホール種子を確認
適当に読み流していた目が最後の行で止まる。聞きなれない言葉がそこにはあったからだ。
『叔父さん……種子ってなに?』
当時の絶望が自身の胸の中に眠っていることを知って玲人は軽い吐き気に襲われた。
『そんな怖がらなくてもいいさ。正一の研究内容によればよほどのエネルギ―を与えない限り種子状態のブラックホールは成長せず外殻の破損とともに蒸発するらしい。』
『なんのためにそんなもの……』
言葉に詰まる。大丈夫と言われてもやはり心の中のトラウマは敏感に反応した。
『それはわからないが、研究を引き継いで欲しかったんじゃないか?なんせ研究所で扱っていたブラックホ―ルは2つだけだったらしいからなそれより、お前はこれから何がしたい?』
浩二は答えを知っているにもかかわらず玲人にそう聞いた。
『”あいつ”を殺すことだよ』
覚悟を見せるように玲人が自身の目的を断言する。しかし、それに対する浩二の返答は気の抜けたものであった。
『そうか、で、どうやってするんだ?』
唐突にそう問われ、玲人は戸惑った。
『殺す、と抽象的にいうのは簡単だ。けれどな、作戦は抽象的なら抽象的すぎるほどその成功率を犠牲にする。今のお前の"あいつ"を殺す、という作戦の成功率は高く見積もっても2パーセントほどだ。しかも、それはお前が【健康体】であり、"あいつ"が単独犯であるということを前提にしている。』
『【健康体】だって? 僕は院内の検査には何も引っかからなかった! 』
浩二の的確な分析に玲人が激昂する。しかし、それを受け流し、浩二はさらに核心を突いた。
『健康体か…それは《日常生活》においての健康体だろう? 今からお前がすることはなんだ? 復讐じゃないのか? 6年間眠っていたお前に何ができる? そんな体では、せいぜい戦いを眺めることしかできない。しかもお前のいう"あいつ"はテロ組織真銀戦の構成員だ。研究所急襲に1人で来たとなると少なく見積もっても幹部クラスの猛者だ。そいつに目覚めたばかりの銃の撃ち方さえ知らないお前が勝てると思っているのか?玲治、お前は脳内のシミュレ―ションで満足してしまったんじゃないのか?』
浩二の激しい追及に玲人は言葉を詰まらせた。
浩二の言葉が覇気を帯び、心を刺してゆく。つい先ほどまで自分を優しく介抱していた人物とはまるで別人のようだった。
『僕じゃ、勝てないの?』
現状を思い知らされた玲人が弱々しく尋ねる。
『無理だな。今のままじゃ』
『今のまま?』
『そうだ、お前のいう"あいつ"だって元を辿れば同じ《生物》だ、戦闘に特化して生まれた生物なんて、聴いたことがない』
『じゃあ……』
『そうだ、お前を鍛える、お前のいう"あいつ"を殺せるほどにな、期間は一ヶ月、明日の朝にはここを発つ、準備しておくんだ』
そういうと浩二はさっさと自室へと篭ってしまった。
その後、しばらくの間玲人は椅子から立てなかった。浩二が広げてくれた可能性。その先の未来に思いをはせていたからだ。それを終えると玲人は出発準備に取り掛かり、まだ見ぬ明日の朝を思いながら床についた。
―――
早朝、ジュピタ―宇宙タ―ミナルには2人の人間が朝早くから旅客飛翔船を待っていた。もちろん、その人間は玲人と浩二である。
周りには数人の人間しかおらずターミナルは閑散としていた。
『それで叔父さん、どこに行くの?ジュピタ―で訓練はできないの?』
疑問の中ににじむかすかな甘えを浩二は感じ取った。
『楽をしようなんて考えないほうがいい。ジュピタ―の環境じゃ鍛えるのには不向きだなんせここより環境がひどい星のほうが普通だからな。そしてなにより時間がない。今から行くのは神聖都市惑星パルテノン。そこで古くからの友人にお前を鍛えてもらう』
『古くからの友人? 誰?』
『お前の知らない人だ、聞く暇があるならこれでも見ておいた方がいい。』
そういって浩二は玲人に携帯I.E.Rを渡した。
『これで何を見るの?』
ため息の後、浩二が言う。
『お前はこれから行く未知の惑星の環境や実態、復讐するためのテロ組織すら調べずに訓練をすると意気込んでいるのか?』
そう言われ玲人は慌てて検索欄に【パルテノン】と入力した
瞬く間に小さな画面に情報が表示される。
【パルテノン、正式名称神聖都市惑星パルテノン。地層構造地球型。地表面における平均気温3度。極寒の星。6億年前に全文明が滅んだ跡があり、今ではパル人主体の文明が出来上がっている。大気構成は窒素62%水素20%酸素18%。キサナギと呼ばれる生物が大昔に生息していたが現環境では冬眠に入っている】
『平均気温3度?叔父さん、環境適応服は持ってかなくていいの?』
『持っていってもいいが体を覆う都合上あれは感覚を大きく妨げる。着たいのなら着ればいいが私はおすすめしないな』
そう言うと浩二は開き始めた窓口へと向かう。
追いかけようと思ったものの玲人は調べることを優先した。
続いて【真銀戦】と入力する。
【真銀戦、正式名称真蓋銀河統一戦線、刑務囚惑星バベルへと運び込まれた2億人もの囚人で構成された宇宙テロ組織。600年前に成立。バベル職員を皆殺しに宇宙へ散開。200年ほどもの間息を潜めていたが420年前に突如頭角を現し星間連合側に宣戦布告。その頃には構成員は1000億を超えているものと思われる。
―――情報ロック―――
―――情報ロック―――
―――情報ロック―――
―――情報ロック―――
主犯格はまだわかっておらず、幹部クラスさえも不明。逐一星間連合側に捕らえられているのは末端のメンバ―であり重要な情報の漏洩を警戒しているものと思われる。主な襲撃事件に惑星ティ―タス
それを見て玲人は愕然とした。不明。何もかもが。アジトも、メンバ―も。"あいつ"の名前も。その時玲人は初めて自分の目的の達成難易度を知った。そしえあんなに意気込んでいた復讐がどれほど無謀なものかと。
しかし、落胆している玲人にいつの間にか戻ってきた浩二は言った。
『今の所真銀戦は全てが謎のまま宇宙の裏側で暗躍している。だからこそ幹部クラスのメンバ―に遭遇して生き残ったお前は貴重な存在だ。私はお前の鍛錬中に何とかして真銀戦の情報を集めておく、だからこそお前は自分の強さを身につけておくんだ』
そう言われて迷いが吹き飛んだ。
自分の目的は復讐。だからこそ強くなる。"あいつ"を殺すために。
《惑星パルテノン行き旅客飛翔船間も無く到着します。お乗りの方は第4ホ―ムまでお越しください。繰り返します……》
頃合いを図ったようにアナウンスが流れ、閑散としたターミナルに響いた。
『飛翔船が来るようだ。行こうか玲人』
浩二が搭乗口へ向かい玲人は後をついていった。
間も無く第4ホ―ムに旅客飛翔船が到着地し、タ―ミナル搭乗口と連結した。
そして開いた搭乗口へと行き、玲人は飛翔船に乗り入った。
行く先はパルテノン。
まだ見ぬ極寒の星。
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