第3話 あの日

カザ歴449年2/26日23時46分

銀河系に付属するジュラポリス区域にて、それは起こった。

場所は中央都市真核惑星レギオン7-8地区。

12年前からレギオンが抱える重要研究施設の第6棟が突如、爆発した。


―――


『早く逃げろ!』

怒号を浴びせられた神内玲人は体を硬直させた。


燃え盛る研究所の中。そこには3人の人間と1人の横たわった死骸があった。

玲人の父【神内正一】が妻である【神内彩】の隣に膝をついていた。しかし既に彼女に息はない。

正一に中性子銃を向ける"あいつ"。黒いローブで隠された顔には嗤いが広がっていた。

玲人は狼狽えた。いつも厳然な父が決して見せることのないような切迫した表情に。

齢11の青年には現状況の理解が難しかった。故に正一の『逃げろ!』という言葉にも現実味が湧かなかった

加え、母の死という現実は玲人を現実逃避へと誘った。


玲人の心身喪失を感じた正一の判断は早かった、目の前の"あいつ"を視界にいれつつも、ポケットから【高度医療端末】プラセバを出し、その中にマイクロブラックホールの種を入れた。しかしそれを見逃す"あいつ"ではない。動きを見せた正一に対し中性子銃を撃つ。正一は左手を犠牲にその軌道を逸らす。左手を破壊し、それでも余るエネルギーを内包した銃弾は壁にあたり穴を空けた。

命は助かったものの左手はもう使えない。最後の力を振り絞り正一は右手でプラセバを玲人へと投擲する。それは胸に当たった瞬間、底面から針を出し、玲人の胸へと刺さった。

玲人の体が二、三度痙攣したかと思うと虚ろな目に光が宿る。


〈緊急脱出システム起動、行動を開始します〉


無機質な声が響く、同時に『行け!』と叫んだ正一の頭は再び放たれた銃弾によって数瞬後消滅した。



ーーー


平和な日々の幻想を一瞬にして何かに掻き乱された玲人は強制的に現実へと引き戻された。


〈ーーー開始します〉

無機質な声と父の『行け!』という声が耳に入る

『父さんは?』

その言葉を口に出そうとした瞬間、父の頭が消滅した。"あいつ"の中性子銃から放たれた銃弾によって。

『父さん!』

玲人はそう叫ぶ。

母の死に続く父の死は心を貫き、いともたやすく精神を揺さぶった。

またもや心身喪失に陥ろうとした玲人をプラセバが許すわけがなかった。

父に駆け寄りたい玲人の思いとは裏腹に足は動き始める、逃げるように。それに気がついた"あいつ"が銃をこちらに向けて引き金を引いた。

しかし、プラセバによって体を支配、最適化された玲人には当たらない。

瞬間的に地面を蹴り、逃げ出した。

そして近くに止めてあった超小型飛翔船に乗り込むとアクセルを限界まで踏み込んだ。

しかし超小型飛翔船は動かない。 背後に"あいつ"が迫る。瞬間、がちゃんと何かがハマる音がし、超小型飛翔船が動き出す。研究所の崩壊とともに超小型飛翔船は発進し、惑星レギオンの重力圏を脱出する。そして、すぐさま亜光速飛翔に移った。

眼下に広がる惑星レギオン。しかし、もう既にその惑星は無くなっていた。消滅したのだ。

光すら飲み込むマイクロブラックホールによって。

突然の出来事に玲人は動揺を隠せなかった。

『ああ!なんで!置いてかないで!母さん!父さん!なんでなんだ!』


玲人の嗚咽が船の中でもれる。

しかし、それはすぐに狂気にすら近い憎悪に飲み込まれた。


『殺してやる、"あいつ"を!』


とめどなくあふれ続ける恨みと憎しみが心を満たした。

流れ落ちる涙を拭き、窓を睨む。もう涙は流れない。その復讐が終わるまで。

"あいつ"を殺すその日まで。


星の消滅とともに、玲人は永い眠りへと落ちて行った。


ーーーーー


眠っていた玲人は浩二の努力によって目覚めた。

起きたばかりの玲人の目に入ったのは5.6人の医者と多少記憶より老けた叔父の浩二だ。

玲人は声を出そうと口を開く。

しかし、長らく声を出していないせいか喉は乾燥していてかすれ声しか出ない。


だが、それすらも浩二にとっては嬉しいようで彼は大粒の涙を流しながら答える。


『玲人!やっとめざめたか!覚えているか?私だ、叔父の浩二だ』


再開に対する浩二の高ぶる感情とは裏腹に、玲人は至って冷静であった。

いま目に映る現実は先ほどまでの夢の続きであり、眠っていた6年など知らなかったのだから。


『水、水をくたさい』

かすれ声でなんとか話す。

想像していたよりもずっと酷い声だった。


『水か!待っていろすぐ持ってくる!』


慌てて浩二が病室を出、数分後、水を持ってくる。


その水を玲人は飲み干す。

久しぶりに飲んだ水は砂漠に雨が降るように喉を潤し、体へと染み込んだ。

けれども量が少ないのか

少しばかり乾きが治っただけであった。


『叔父さん…久しぶり…』

そう言っただけであったのに再び浩二の頬を涙が流れた。


普通ならばこの後再開の言葉を交わし、2、3回の問答の末自身が置かれている現状に困惑するのが常であろう。

しかし、再開の言葉も無ければ玲人は困惑することもなく


『僕、やらなきゃいけないことがあるんだ』


とただ決意を感じさせる一言を発しただけであった。

そして玲人は足に力を入れベッドから降り、立ち上がった。しかし筋肉の衰弱は激しく的に力が入らずバランスを崩し、床に倒れた。

身体中に付いていたコードが抜はずれ、警告音が鳴り響いた。

『待て玲人!まだ全快じゃないだろ!目覚めたばかりなのだから』

浩二に抱えられながら玲人はベッドに横たわる。

『待ってよ僕…』

『全快するまでの辛抱だ。これから体の諸器官を検査するから…』

玲人の声をかき消すように浩二は言い、病室を医者とともに出て行った。


ーーー


『記憶混濁、臓器不全、心身離脱、精神喪失、どれも無し、異常ありません、至って健康体です。』


玲人の担当医が検査結果を見ながら呟く。

6年の昏睡から目覚めたばかりにしてはありえないほどの状態らしく浩二がため息を吐いた。

浩二は安堵していた。兄、正一が育てていた子が無事だったことに。だからこそ不思議だった。なぜ、玲人だけがここまで逃げ延びて来たのか…


ーーー

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