門出

第2話

「よし!! よし!! よし!!」

「ひぃ~!!」


 ──誰か止めてくれ!!


「カッハッハ!! 良いぞ!! ぼん!! 上手になってきたじゃねーか」

「ひぇ~!!」


 ──だから、誰か止めてくれって!!


「だがな、重要なのは腰だ!! ぼん、どうした? 全然、腰に力が入ってねーじゃねーか!?」

「ぐぉ~!!」


 ──止めろ!! これ以上は無理って!!


「なってねーな、もっとだ!! もっと腰を落とせ!!」

「むぎょ~!!」


 ──無理無理無理無理無理無理無理無理ムリ~!! 裂けちゃう!! 裂けちゃうから!!


「まだまだ行けそうだな? ほら、残り二百──」

「い、いい加減にしろ!!」


 ──お前は、僕のおしりを壊す気か!!


 怒りのあまり、マイティは手にしていた物を地面に叩きつけた。



 ハァハァと、激しいスポオツの後は息が上がるのは当然だ。


「……ぼん、まだ終わってないだろ!? まさか!? っ!! マジかよ、見損なったぜ!!」

「ハァハァ……ぼんは止めてって言ってるだろ!? 少しぐらい休憩させてよ!!」


 ──何故に、おじさんは何やらかんやら、いつも僕にスパルタを敷きたがるんだよ!!


 スポーツをスポオツってするだけで、何だかエッチな雰囲気になっちゃうね! とか。

 お前のせいで、僕のツルッツルのおしりがまん中から割れるだろ! とか。

 しがない商家の跡取りに、剣の扱いなんて必要ないだろ! とか。

 次から次へと、マイティの頭の中は、常に疑問でいっぱいになる。



 スパルタおじさんことロウ・ブロードは、ルーラー商会の一従業員ではあるが、ルーラー家とは家族同然の扱いを受けていた。

 彼の特技は剣技と、言葉通り、彼は剣の扱いが非常に秀でていた者である。


 そのことに対しマイティ曰く、おじさんのことだから、頭の中も筋肉で出来ているんじゃない?

 恐らく就職先を間違えてしまったんだよ、と。


 また、剣の達人なのに、書店の店員ってアホだよね~?

 魔人なんだから、どっかの魔王軍に入っちゃえば人生勝ち組だったのにね?

 まあ、だけど、おじさんってイケメンで細マッチョじゃん?


 ん~……あ! これって、俗に言う宝の持ち腐れってやつじゃない?

 ああ、何て勿体ないだろうね~、と。



 話は戻るが、最近のロウのスパルタっプリに、日に日にマイティの恐怖心は膨れ上がっていた。


 最初は簡単で、覚えることが楽しかった訓練の思い出が、国からの留学の許可が下りた途端に狂人レベルへと変わり、今では訓練がキツくて辛い思いしかない。


 ロウの性格や頭の出来具合など、今日までの経験上から、課題をクリアしないことには、ロウの訓練がいつまでも続くことを、マイティは知っている。


 だから、マイティは言われた通り、ロウが出す課題を歯を食い縛りながら、何とかこなしてきた。


 最初は、頑張って課題をこなすマイティを、ロウは大いに喜び大いに誉めた。

 誉められれば、子どもは成長する生き物だ。

 これは、訓練が楽しかった頃のマイティの思い出。


 それがいつしか、ボロボロになりながらも課題をこなすマイティの姿に、ロウは感動のあまり涙を流すようになり、最近では鼻の穴を最大級に膨らまし恍惚状態へと陥っている。


 そのことに対しマイティ曰く、おじさんって二百才過ぎてるのに独身で浮いた話なんて聞かないでしょ?

 ねぇ、大きな声で言えないからさ、もうちょっと近くに寄ってよ……

 あのね、恐らく僕は、おじさんってモホだと思うんだ、と。


 また、だってモホってさ、イケメンでマッチョの人が多いって聞かない?

 それに、ピチピチの服大好きじゃん、モホの人って?

 ……おじさん、全てが◎じゃない?


 おじさんのことは嫌いじゃ無いんだけどね、僕には応えてあげられる勇気なんて無いからさ……


 あ~ぁ、あの頃は楽しかったのにな、と。



 ルーラー家は、血は違えど、ロウを家族だと愛している。

 勿論、マイティもその一人だ。


 だから、マイティは胸の内を両親に伝えることなく、誰も傷つかない道を、留学という道を泣く泣く選んだと、後に当の本人はそう言ってはいるが、ただ単に身の危険を感じ、ロウから離れ、操を守りたかったに過ぎない。



 いや待てよ、とマイティは考える。


 そもそも、モホさんって攻めと受けのどっちを得意とする方を言うんだ?

 もしかしたら、僕は間違った知識を吸収してしまったかもしれない! などと、また新たな疑問が増えたせいで、


「おい!! おいって!? ぼん!?」


 と、肩を掴まれ、ロウの顔がアップに映るまで、マイティは長い時間、自分の世界に入り込んでしまっていたことに気がついてなかった。


「ぎぃいいいやぁぁああ!!」


 恐怖から来る、マイティの本気の叫びは、腹の底から這い上がると、頭のてっぺんを突き破り飛び出していった。


 引きつったマイティの顔に、これまた引きつったロウの顔。


「おいおい……ぼ、ぼんお前、何て顔してんだよ……」

「お、おじさんが驚かせるからだろ!!」

「ずっと呆けてるから、ちょと揺すっただけだろうが!!」

「…………」

「なあ、お前さっき……俺の顔見て叫んだよな?」

「……ぇ?」

「マジか……俺たち家族だろーが……ぼんに嫌われてたのかよ……萎えるわ~」

「お、おじさん!!」


 ──そのままずっと萎えていて!! お願い!!


 ショックのあまり、ロウはズルズルと崩れ落ち、地面に座り込んでしまった。


「ち、違うよ!! ちょと考え事をしてたんだ!! ごめん」

「……考え事? 考え事って何だよ」

「ぇ?」


 ──言える訳ないじゃん!! 恐くて聞けないよ!! おじさんは攻めと受けどっちが得意? だなんて!!


「何だよ!! ……やっぱり俺のことが嫌いなんだろ!?」

「……ねぇ、大の大人が拗ねるとか恥ずかしくないの? 僕は見てて恥ずかしいんだけど」

「うるせー!!」

「子どもじゃないだから……じゃあ聞くけどさ」

「おう!!」

「何で、僕ってずっと剣の訓練してるの?」

「……はぁ!? おい、ぼん!? 頭、大丈夫か? 何でってお前──」

「知ってる? 僕って剣の適性が、メチャクチャ低いんだと思うんだけど」

「……はぁ!? んなこと無いだろう。だってお前──」

「マジなんだけど、ほら」

「……へ?」


 マイティは、自身の持つステータスカードを、ロウに突きつけたのだった。

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