第13話

人間に対して興味を持ち始めたのはたしか六十年前。私の生息地域である田舎の駄菓子屋付近に小さな人間の子供がやってきたことからだ。

その地域は過疎化と極端な少子高齢化が進んでいて、私は何十年とここでゆったりと生活しているが人間の子供など見掛けたことはほとんどなく、当然、人間に私の姿を見られたことはない。というか見えないのか。

その子供は三人で駄菓子屋に来ていて、二人は完全に入口の招き猫像の上に乗っている私のことを無視して入って行ったが、残りの一人は私の方を不思議そうに見ていた。私の存在に気が付いていたのか、それとも別の所を見ていたのか、それでも一瞬目が合ったと思い、途端にその子供に興味を持った。

駄菓子屋の中に入って行った、シンと呼ばれる中学生くらいの男の子の後をついて行き、駄菓子を選ぶシンの小さな背中に試しに話しかけてみる。

「シン、シン」

今更私が付いてきていることに気付いたシンはハッとした様子で振り返り、迷惑そうな顔で私のことを無視した。それに反抗意識を燃やした私は販売されている飴玉を手に取り、サッとシンのポケットへ突っ込んだ。シンに構ってほしくて、ちょっとした意地悪をした。

案の定、驚いた顔をしたシンはすぐにポケットから飴玉を取り出し、目を瞑り精一杯嫌な顔をして店外へ出て、すぐ右にある木製のベンチに腰掛けてから頭を抱える。少し心配をして顔を覗くと、シンは深く溜息をついて私のことを見た。

「ついてくるの、やめてもらえませんか」

「いやだね」

言われた瞬間に断った。

だって嫌だもん。

それに、初めて私の存在に気付いてくれた人間を見逃すわけにはいかない。

「じゃ、逃げるだけだっ」

そう言って唐突に走り出したシンに妖怪である私が追いつけないわけがないので、数十メートル進ませてやってから通せんぼして道を塞いだ。舌を出しながら、「ばーか、ばーか」と挑発していると、みるみるうちに仏頂面になったシンは隙を見て再び走り出した。人間の追いかけっこをするのもいいか、と割り切り、全力疾走をするシンの背中を見ながら駄菓子に食いつく。

一時間程、町中を走り回り明らかに疲労したであろう、膝に手を付き肩で息をしているシンに木の切り株に腰掛けた私は駄菓子をプレゼントする。シンはすぐに軽蔑をするような目になり、直後諦めたようにその場に仰向けで寝転がった。私も隣に寝転がり、空を仰ぐ。暮れかけた夕日が真っ赤に染まり、光の速さで沈んでいく。

ふと隣のシンを盗み見ると、彼は突然乾いた笑い声を上げて腹を抱えて笑い出した。

眉根を寄せて訝しんでいるとシンはこちらを見て、「ありがとう」と言ってきた。

「色々なことでストレスが溜まっていたので、走って凄くスッキリしました」

「おぉ、おぉ、それは良かったな。お前が一方的に走ってただけだがな」

そう言うとシンがまた声を上げて笑ったので、私も自然と笑っていた。

人間と会話をすることがこんなに楽しいとは思いもしなかったな。

この時間ときがいつまでも続けばいいのに。

十年、百年、二百年もずっと。

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