第7話

 私には幸と不幸が訪れることとなる。

 ホームレスといえば、家のない初老のおじさんを想像する人が大半かと思う。大体、若い女の子がホームレスなどで道端に座っていたら、むふむふ言ってる鼻息の荒い中年男性にお持ち帰りされちゃうわけであって、女の子がホームレスなどというのは非現実的なのだ。でも、もし中学生の女の子がホームレスとして生活していたら。

 最初に言っておくけれど、私は決してホームレスなどではない。私はただ家に飽き飽きして家出してきた家出少女なのだ。家から遠く離れた公園に、他のホームレスのおじいさんの坂口さんに借りたブルーシートで家を作り、生活をしている。当然、おおやけそので暮らしているわけだから、遊びに着た小学生達に家をぶっ壊されたり、警察官に任意同行や事情聴取を受けさせられそうになったこともある。その度にその場から猛ダッシュで逃げ、坂口さんと協力して逃げ回っている。ブルーシートの家に戻れそうになかったら今度は路地裏の新聞紙に包まって、坂口さんと一緒に寝泊まりする。坂口さんは六十代の無職ホームレスで、定年退職してから鬼妻に家から追い出されたらしい。美人だけが取り柄の女だった、と坂口さんは毎晩同じことを話している。少々惚けてきているようだ。坂口さんの孫はまだ二歳で、あまり坂口さんのことが好きではなかったらしく、自分に慕ってくる私がかわいいのだという。

 私が家出した当初の頃、この辺りを彷徨っていたときに、坂口さんが声を掛けてきたのがすべてのはじまりだった。

「あんた、家出してきたのかい」

 夕暮れの公園、薄汚れてちぎれた服に伸びきった後ろ髪と髭。深く落ち窪んだ目に光はない。全体的、というか一目見てホームレスだと気付いた。

 警戒して後ずさりをしながら背負っていたリュックを前で抱き締めた。ホームレスのおじいさんはきっとお金目当てか人身売買狙いだ、と思ったのだ。そんな私の心中を察したのか、おじさんは困ったように両手を上げた。

「金目当てじゃないよ。人身売買目的でもない。……あんた、家出してきたなら早く家へ帰りな。ここは子供には危ない」

 その言葉にムッときて、得体の知れない人間に間髪入れずに言い返してしまった。

「別におじいさんには関係ないでしょう」

「関係ないとはなんだ。……もういい。勝手に暴漢にでも襲われろ」

 ホームレスのおじいさんはそう言って、わかりやすくぷいっと背を向けた。

「暴漢にでも襲われろ」という言葉が頭の中を何度も反芻して、身体がガクガクと震える。そのとき初めて家出をしてきたことを後悔した。

 身体を前屈みにリュックを抱いたまま近付いて、背を向けて立っている小さな背中に反抗したい気持ちになりながら声を掛ける。少し声が震えた。

「……お母さんとお父さんが離婚のことでいつも喧嘩していて、もう家には帰りたくないんです。だから、ここにいさせてください」

 初めて会った赤の他人だからそんなことを話せたのだろうか。

 振り返ったおじいさんの顔は優しく笑っていて、

「素直ないい子だ。落ち着くまでここにいればいい。あんたは俺が守ってやろう」

 と言ってくれた。

 私は満面の笑顔で「ありがとう」とお礼をいい、二十日間、おじいさんと共にとても充実した日々を過ごすことが出来た。

 二十日後、母親が出した捜索届けによって警察に発見された私は、無事離婚が成立した母親に壊れそうなほどに抱き締められ、二十日ぶりの家へと帰宅した。お世話になったおじいさんには別れる直前にハグをして目に涙を浮かべながら、背を向けた。

 それが最後になったようだ。

 私が帰宅した二日後、おじいさんは交通事故に遭い病院で息を引き取った。


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