第5話
卵の焼ける音とベーコンの香ばしい香りが目の前にあるフライパンからする。私が作っているのはお分かりのようにベーコンエッグで、私の朝御飯はいつもこれだ。
ベーコンエッグをフライ返しでお皿に移し、今日はスペシャルなウィンナー付きだ。それを木製の食卓テーブルの上に持っていき、優雅にフォークで頂く。事前に淹れておいた珈琲を少しだけ啜り、ほっと息をついた。食卓テーブルの左側にある窓からは生い茂った木しか見えず、海でも見えたらいいのにと心の中で苦笑する。でもここは山奥なので海が見えることはまずない。
両親は元々都会人だったらしいのだけれど、あのとき思い立って山奥に住むことにしたのだという。ここで私が生まれた。十五年間ここで生きてきて、不自由な思いは一度もしたことはない。食べ物や生活用品は車で街へ出て買い溜めしているのだけれど、魚は私の気まぐれで近くの川で釣ったりして、この山すべてを買い取った両親のおかげで、キノコなども採取したりして自然の中、充実した生活を送っている。一人っ子なので小川で遊んだりする時やバードウォッチングをする時には少し寂しいけれども、これはこれで慣れた。平日、出勤している両親を横目に、学校などには通っていない私は一人、作った小さな粗い橋に乗っかって小川を見下ろしていた。
「なに、しているんですか」
どこかから掛かった声に顔を上げると、小川の上流付近に同い年くらいの薄いジャンバーを着た男の子が立っていて、訝しげにこちらを見ていた。同世代の男の子は見たことはあるものの話したことなどはなかった為、咄嗟に後ずさりをした。
「学校、行ってないんですか」
「……」
「この近くに家、あるんですか」
「……」
「なんで無視、するんですか」
私は警戒しながらも白いワンピースの裾を掴んで、背を向けて一気に走り出した。目的地は自宅。すぐそこにある山小屋のような自宅に飛び込み、鍵を閉めた。軽く切れた息を整え、扉に背をあてたままその場に崩れ落ちる。
あの意思の強そうな、でも影があるあの目が怖かった。でも話してみたいという好奇心もあったのも事実で、何故か頬が熱くて鼓動が早い。頭の中ではさっきの男の子の声が何度も
翌日も私は川を見下ろしていた。心の中ではいまかいまかと男の子を待っている。
「あっ、」その声が聞こえた瞬間に、私は顔を上げた。その時、私の顔は幸せに満ちていたことだろうと思う。
そこにいたのは昨日の男の子で、今度は橋の手前の所に立っていたため、少し距離が近く顔がみるみるうちに赤く染まっていくのが自分でもわかった。
「その橋、二人乗っても大丈夫ですか」
高くも低くもない聞き心地の良い、でも淡白な冷たい声で男の子は訊く。私は戸惑って目を逸らしてから慌ただしく首を横に振った。橋はギリギリ二人乗れるくらいの厚さで作っているものの、面積が1メートルもない橋に二人きりだなんて心臓が持たない。今すぐにでも逃げ出したいと脚がガクガクと震えて訴えてくるが、明日もこの男の子に会えるか分からないため、必死に抑えて俯いた。川の表面に映る私の顔は泣きそうな顔をしていて、同じように川を覗いている男の子の横顔を盗み見ると、普通の顔立ちのはずなのに胸が高鳴った。
「良ければ、友達になりませんか」
私は驚きのあまり顔をあげ目を見開くと、男の子はそこで初めて桜色の薄い唇を緩め、年相応の笑顔を浮かべた。
「あなたに興味があるし」
好きな人に振り返ってもらった時のように、息が苦しくなる。心臓が不規則に脈打ち、私は深く戸惑った末に、掠れた声で小さく言った。
「私は、あなたのことが好きみたいです」
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