今日もまた俺は彼女に思考を読まれている
城崎
本編
図書当番の日
高校生になってから、図書委員として行うことが減ったなと思う。小、中学生の頃は、本を棚へ戻す工程があったというのに、高校生になってからは役割として振られなくなった。新聞作成やカウンター当番、その他企画の実施が、今の主な活動内容だ。本を戻す工程が好きだったわけではない。どちらかと言うと、どの位置になんの本を置けばいいかを探すのは苦手だった。ラベル表記を覚えるよりも、元素記号を覚える方が有意義だとすら思っていた。だから、こうも感傷的になってしまうのは御門違いというやつである。静かに、滅多に人の来ない放課後二十分、カウンターに座って一人、吹奏楽部の演奏をBGMに本を読んでおけば、大抵の物事は終わっていくのだから。楽になったものだと、せせら笑っておけばいいだけの話だ。
「小学生の頃から図書委員をしているなんて、よほど本がお好きなんですね」
カウンターを挟んで向かい合っている彼女は、俺の思考を読んでかそう言った。毎日毎日、迷惑な話である。という思考も当然聞こえているのだ。生きづらいこと極まりない。
「本は確かに好きだが、俺が図書委員になるのは、図書館という空間が好きだからだ」
付け加えるならば、図書委員は図書館に通わなければならないからと嫌がる人間が多いゆえに、立候補が少ないということもある。委員会選びで争うなんて、幼稚なことはしたくないのだ。
「付け加えたことはともかく、図書館という空間の大半を占めているのは本です。あなたは本を文章集としてだけではなく、一種のオブジェとしても好きなのだということではないでしょうか」
「面白いな、その発想」
「あなたの思考回路の方が、よっぽど面白いですよ」
一貫して無感情な顔と声では、褒められている気がしない。大体、人の半径二メートル以内に入れば思考が読めてしまうから、不埒なことを考えるのはやめてほしいと言っているくせをして、ところ構わず俺の後についてくるのだ。むしろこちらの方が迷惑被っているのだと、言わずにはいられない。
「俺のこと好きなの?」
「あなたの側にいれば、あなた以外の人の声が聞こえませんから」
「嘘だな。俺にそんな、ライトノベルの主人公らしき才能があるはずない」
「ご名答です。しかし、おかしいですね。私が迷惑ならば、引き剥がしたり逃げ惑ったりするべきなのでは?」
逃げ惑うとは、一体どんな状況に俺を置いているつもりなのだろうか。
「俺は紳士なんだよ」
「本音は?」
「トラブルを起こしたくないっていうのと、お前に何かしてこれ以上敵を増やしたくはない」
「段々素直になってきましたね」
モルモットのような扱いである。ただでさえ視線が厳しくなってきたというのに、これ以上面倒なことになってはたまらない。
「誰のせいでしょうか?」
「お前だよ」
「すみませんね」
彼女は、何が楽しいのか分からないけれど、そこそこ楽しそうに笑った。笑っていればかわいい。そうだ、言葉も能力も不愉快、とまではいかないが納得こそいかないものの、彼女は、本当に綺麗な顔をしている。
「ありがとうございます」
関わらない方が幸せだった。
「なぜです?」
「綺麗なものを、綺麗なままで終わらせるという幸福は、いつの時代も変わらないものだ」
「そういうものですかね」
「そういうものだよ」
その顔で、何人の女から怨みがましい視線を向けられ、何人の男から欲望の矛先になってきたのだろう。
「直接的な行動を起こしてきた人たちだけを数えあげると、ざっと女子は五十六人、男子は六人ほどいました」
「女子の割合がおかしい」
「中学二年生の時、クラス全員が私の敵だったので」
「バトルロワイアルみたいな生活だな」
平凡な顔をしていて良かったという、惨めなことすら思ってしまった。
「私はあなたの顔、少しは好きですよ」
「哀れみか?」
「ええ。詳しく聞いてこないなんて、なかなかないので」
「興味がない」
どうせ、クラスの中心的な女子が好きだった奴にお前が告白されて、それを理由に逆上されたとかなんとかだろう。女子は、やたらと色恋が大好きだ。
「興味がないわりに、的確な指摘ですね。そうです、あの時は地獄でした」
結局話したいんじゃないか。
「ええ、まあ、私に出来る最大限の笑い話ですから。……続けていいですか?」
「……どうぞ」
「彼女が彼のことを好きだというのは知っていたので、やんわりとお断りしたにも関わらず、鞄の中にゴミが入っているなんて」
「彼に好かれていたという事実から、気に食わなかったんだろうな」
「私なんて、外見しか取り柄がありません。彼女には、それ以外のものが、あったはずなのですが」
言っている内容は強気であるものの彼女は、割と切なそうにそのまま目を伏せた。
「切ないですよ。それは、とても」
「どうして。自分を虐げた人間じゃないのかよ」
「彼女に助けられた方も多くいたと思いますから」
……分からない。
大きく横道に逸れてしまったが、人は綺麗なものが好きだ。そして、図書館は大抵、来客数が少ないことが問題となっている。原因は読書人口の減少、調べ物の簡易化など色々あるが、この学校に限って言えば、どの教室からも等しく遠いという事実が大半を占めていると、先日のアンケート調査で分かった。もちろん図書委員会では、日々来客数を増やすための企画を行っている。しかし、成果は芳しくない。彼女は俺にとってはただの迷惑に過ぎなくなってしまったが、見るだけならば瞳に優しいことは間違いないだろう。
「つまり、何が言いたいのです?」
彼女を図書館に置いていたら、彼女目当ての来客が増えるのではないだろうか。ついでに本を借りてくれれば、万々歳と言ったところだろう。
「それは、私の側にいるあなたが危険なのではないですか?」
その通りかもしれない。俺は彼女との関係を疑われ、夢の青春ライフを目指している若者たちの目の敵にされてしまうだろう。
「いや」
いやいや、それはおかしい。
「お前が俺の側にいなければいい話じゃないか」
「そうはいきません。言ったでしょう。あなたの側にいれば、他の人の声が聞こえないと」
「それは嘘なんだろ」
「今の私は、そういう体でここにいます。譲ることは出来ません」
なんでだよ。
「なんでもです」
普段の大人びた態度からは、想像出来ないくらいの子供っぽさ。ある一定の層にはギャップ萌えを狙えただろうが、あいにく俺に幼女愛好の癖はない。あれば、この奇妙な関係を楽しめたかもしれないと思うと、なんとも言えない悲しさが胸に広がる。
「あなたの思考の面白さが分かったような気がします」
「は?」
「普通の人は、何かを思いながら何かを思っただなんて、自分で描写しません」
なるほど。
「普通の人は、そうなのか」
「私が今まで聞いてきた限りではそうですね」
別に、普通だろうが普通じゃなかろうがどうでもいい。そうだ、関係はない。
「それと、私のこの能力から出る虚言は、既に同級生だけでなく上級生や下級生にまで伝わっています。集客効果は見込めないでしょう。現に、見てください」
彼女の視線は、俺の後ろの方を差していた。振り返ると、司書の先生がこちらを心配そうに見つめている。
「思考を読むまでもなく、司書の先生が怯えています」
可哀想なほどに怯えていた。会話の内容が内容だったからなぁと、反省せざるを得ない。
「私は先に行きますね。早く追いかけて来てください。失礼しました」
そのまま小さく礼をして、彼女は退室していった。
「北斗くん。もう当番、終わらせていいよ」
「分かりました。それでは、失礼します」
同様に、俺も図書室を出る。彼女は、扉の前にいた。
「素直に来てくれるとは思いませんでした」
「お前に関係なく、もう帰ろうと思って」
「そうですか。帰り道、一緒でしたよね? 帰りませんか」
「はいはい」
どうせ着いてくるんだろう。俺の側にいれば、何も聞こえないことを口実にして。
「はい!」
「なんで楽しそうなんだよ」
「なんでもです」
☆
『隣のキミであたまがいっぱい。』と改題し、書籍化されています。以下情報のページになります。
5月25日には2巻も発売される予定です。よろしくお願いいたします。
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