幕間  三園マイの告解

 REC 01 


 私は所詮、操り人形なんだと思う。

 いくつもの意識を束ねた人形。都合の良い、生き物。

 この世界の全てを知る力を与えられ、玉座に置かれてなお、そう実感してしまうのだから、私の感覚は正しいと信じてる。だってそうだ、私には自由がない。いつもあの牢獄のような場所に閉じ込められ、物言わぬ機械と共に暮らしている。時折訪れる人達は総じて、私に恐怖、または、敬意をもって接する。その態度が、本当に気持ち悪い。

 賢人会のお膝元である統合管制塔。その客間。客間とは言っても、その広さは学校施設の校庭ほどの大きさがある。

 私と凍耶は、彼らの呼びつけに従い、この客間に立っている。

「首尾良くことは進んでいるようだね、三園マイ」

 仰々しい椅子に腰掛けた一〇人の一人、高倉と呼ばれる男がそう口にする。皮肉にも聞こえる発言に、私は心の中で憤慨する。

「いえ。賢人会の方々が回収を進めていた受信不全者を、奪取されました。私の、不手際で」

「聞き及んでいるよ。それを含め、問題なく進んでいると、理解しているが?」

 何を言っているのだろう?

 私は、侵してはならないミスをした。詳細不明のファンクションコントロール。それを使い、この世界の仕組みに反乱を企てた四ノ宮雅を、為す術もなく、取り逃がした。賢人会が、その理由も分からないけれど、必要としていた二階堂アラタを、連れ去られた。九音ユイカをこちら側に保護できたのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。だが、賢人会にとって、彼女はさして気にとめる存在ではなく、本来の目的は、二階堂アラタ。あの、何の力も持っていない少年。持っていないはずの少年。

「無理もない。私たちの本懐は、二階堂アラタの回収だと君も聞いていただろうから」

「はい。ですから、私は……」

「責任を負うと?」

 高倉とは別の男、三島と呼ばれる男が、嘲るように訊く。

「お望みならば」

 もしかすると、私はそれを望んでいるのかもしれない、と思う。大衆を背負う責務から逃れられるのならば、それでもいい、とどこかで感じている。

 高倉は、そんな私の心根を見透かしたかのように、続ける。

「逃げることは、許されない。それは、この世界を始めた我々、そして、それを受け入れた君の責任だ」

 私の責任。そう、これは、私たちの責任。

 混乱を収めるための象徴であるウィザードは、いかなる時も揺れてはいけない。あの日、私はそう決めたのに――いつしか、この場所から逃げることばかりを考えるようになった。

 俯く私の横で、凍耶が進言する。

「賢人会の皆様もご存じの通り、二階堂アラタは能力の一部を発現しました。飽くまで数原の報告のみを頼りにして、ですが」

 独断で雅を追跡していた数原は、二階堂アラタと交戦し、返り討ちにあったという。

 リジェクト。賢人会が、最も恐れるこの世界の破壊因子を、彼はその身に潜めていた。顔を見合わせる賢人会の面々を伺いつつ、凍耶が続ける。

「七海のように、脳神経の一部改ざんという手段はとれません。二階堂アラタは受信不全者ですしね。RECシステムの外側にいる人間が、この世界の根幹に近づいているのです。近く、四ノ宮雅以下数名は、美澄博士に接触すると、私は考えていますが、皆様はどうでしょう?」

 エリア7を束ねる七海は既に、人間と呼べるものではなくなってしまった。私や雅、先人学級の皆の前で彼は、人ではなくなった。

 凍耶に訊ねられ、高倉は口を開く。

「飽くまで東神くんの予想、という感じかな?」

「ええ。ですが、彼女らにとれる選択肢は、そう多くはありません。十中八九、美澄博士と接触し、博士の握る機密情報の開示を求めるかと」

「そうか。……いや、我々の想定も、そのようなものだ。収監所に、ウィザードクラスのディスチャージャーを配備しよう。最悪、強制的な能力の誘発を行うことも念頭に置かんとな」

 言うと、高倉の視線は私に移る。

「君はエリア3……管制塔内にいてもらう」

「? エリア3は私の管理区です。私が起こした事態の収拾は、私が……」

「君と、覚醒した二階堂アラタを会わせるわけにはいかないんだ」

 訳が分からない。回収を促したと思えば、今度は彼との接触を禁ずるなんて。

「私は……」

「話はそれだけだ」

 にべもなく、高倉は言葉を切る。

 そして、いつものように何も出来ない私は、凍耶に連れられ、管制室へと戻ることになった。


管制室に戻るやいなや、凍耶は飄々とした態度で私に声を掛ける。

「マイちゃん、ご機嫌斜め?」

「見ればわかるでしょ?」

「失礼。それにしても、老人達は相変わらずだったねぇ……彼らを見てると、まるでどこかで感情そのものを無くしてきたように見える」

 大きなため息と共に、凍耶が忌々しげに言う。

「実際、そうなのかもしれないわね。あの人達は、私たちを駒くらいにしか考えていないでしょうし」

 彼らが作った安寧は、その不完全さを補うために、私たちのような偶像を生み出した。その行為が正しかったのかどうか。それは、私に判断できることじゃない。

「マイちゃんは、七海のことを案じているんだね」

「いまさらどうすることもできないじゃない。彼が何故あんな行動を起こしたのか、その結果、どうなったのかも、いまさら……」

 振り返ろうとも、過ぎてしまったものは取り戻せない。七海の中にあった意識は、既にシステムへ献上されてしまった。

「彼のような事態にならないために、管制塔にウィザードを張り付けにしたわけだしね。賢人会は今回の雅ちゃんの行いにあの時を重ねてるのかもしれないね」

 いつも淡々と話す凍耶は、表情と感情が一致していないように見える。態とらしい仕草を見せず、あの魑魅魍魎が蔓延る賢人会に意見できるのは、素直に感服する。

「凍耶」

「なんだい?」

「どうしてあの時、ネットワークをハックしたの?」

「何の話だい?」

 不敵に笑う彼の真意は、読めない。

 神園学園に起きたシステムエラーの原因は、私が思うに凍耶が起こした。彼が賢人会に在籍する理由の一つが、RECシステムへの介入権であることは知っている。

「このエリアのシステムに介入できるのは、あなたと私だけ、だもの。RECシステム、セフィロトの実質管理をするあなたなら、あの場所で容易にエラーを起こせたはずだけど?」

 私は飽くまで、象徴だ。整備されたセフィロトの近くで、相互依存しながらでないと生活出来ないとされているけれど、その実は、その必要すらないことを私は既に知っている。セフィロトがなければ私は生きられない。だけど、その逆はない。

 凍耶は、賢人会の中でも優遇された人間だ。

 それは彼の持つ、『他者の感覚操作』という特異な能力を賢人会に利用されているとも言えるのだけど。

「そんなことをする理由がないよ」

「雅をあそこに招いたのは、あなたでしょ?」

 私の問いに、凍耶は押し黙る。都合が悪くなると黙るのが、彼の悪い癖だ。

「……マイちゃん、どうしてそう思ったの?」

「あの時、二階堂くんと九音さんにDDを渡すなんて私は訊いてなかった。二階堂くんの行動を把握したがっている賢人会が、自ら危険を作り出すようなこと指示するわけがないもの。それに、雅が本気を出していれば、あの場所の人間は誰一人生き残れなかった」

「流石にバレるよね。あの状況はどう見ても、不自然だし」

 悪びれる様子もなく、凍耶はそう答える。

 受信不全者に向けた攻撃用デバイスは、この国の秘匿されるものの一つだ。システム下で能力が発現しない人間に、ウィザードの能力を分け与えるものを、あの場所で彼らに手渡す意味が分からなかった。そして、私が感じた違和感はそれだけではない。

「私たちは、彼らを管制塔に招くだけでよかった。なのに、なんであんな嘘を私に言わせたの?」

「ああ、それも気づいてたんだね。流石マイちゃん、察しが良い」

 実を言うと、私はあの校長室に入った直後からの記憶が曖昧だった。あの時、私の首元の官制計からは、凍耶が構成したと思われる機能促進シグナルが常時送り込まれていて、つまり、私は意識に反した行動を彼に促されていたことになる。全ては、後の祭りだ。

「馬鹿にしないで。官制計のデータを遡ればわかることよ。でも、まさか、リミットまで外部からかけられるように設定してたなんて、どこまで周到なのよ、あなた」

 ウィザードの活動制限は、能力を行使した直後に訪れる。だけどあの時、私は能力を使用した覚えがない。となれば、外部から、それも、巧みな操作を私の身体に行った者がいると考えたほうが理にかなっている。

 問い詰める私に対し、凍耶は至って冷静に答える。

「勝手なことをしてごめんね……でも、彼らには、選択肢をあげたかったんだ」

「選択肢?」

「この国は……いや、賢人会は、少し無茶をしすぎてる。本来の目的から徐々に逸脱し始めているし、目的すら見失っているようでもある」

「何を言ってるの?」

「美澄博士の請け売りさ。子ども達には選択肢が必要だ、ってね。あの人の口癖だから。まあ、ほんの出来心で、賢人会の言いつけを破ってみただけさ。雅ちゃんと内通していたのは、内緒にしてもらえると、助かる」

 あっけらかんと、彼は言い切る。あまりに明け透けな態度に、何故か不安を煽られる。

「……この問題が明るみに出れば、あなたもシェルター行きになるのよ?」

 システムへの反乱、もしくは、逸脱行為を罰するシェルター施設。長い眠りを強制され、世界の仕組みから除外される場所。そこに、多くの知り合いが眠っていることを、私は知っている。

「分かってるよ。ただ、美澄博士の試みは、少なからず効果を出し始めている」

「ファンクションコントロールと、二階堂くんのリジェクト発現ね」

 言うと、凍耶は目を丸くして、私に返す。

「驚いた。そこまで気づいていたんだね」

「送受信データを削除するなら、もっと上手くやりなさいよ。あんな雑な処理、あなたらしくもない」

 数週間前、私のもとに届いた便りは、規制により閲覧不可能な状態にあった。恐らくは、別エリアからの通信と睨んだ私は、ありとあらゆる手段を使い、その便りに目を通すことになる。

「まあ、君はあれを見ても興味を示さないだろうという確信があったしね」

「随分信頼されてるのね……いえ、侮られてるって言ったほうが正しいのかしら?」

 彼や美澄博士は、私ではなく雅に期待したのだろう。兼ねてから、このシステムに嫌悪感を抱いていた雅なら、今回の行為を迷わず行えると踏んで。

 凍耶が削除したはずの便りには、エリア4、つまり雅からの伝達が記載されていた。

 ――この世界を終わらせる。

 それだけを読めば、なんて暴力的な言葉だ、と思ったが、私が着目したのはそれとは別。

「雅は、この世界の秘密を教える、って書いてたわ。それは、美澄博士の件と関係があるんでしょ?」

 美澄博士。先人学級出身者にとっての親代わり的存在であるあの人は、ある日突然賢人会から離脱し、行方を眩ませた。後に賢人会に拘束され、収監施設に収容されることになったが、その他の囚人とは違い、施設内での自由行動が許可されている、と聞く。まるで特権を与えられた人間のようだ。美澄博士は収監施設内で、DDの開発、そして、今現在RECシステムの最大の障害であるファンクションコントロールを生み出した。

「君は、それを見てどう思ったんだい?」

 私の感情を探るように、凍耶は訊ねる。

「どうもこうもないわ。現状のRECシステムで不幸になっている人間と、そうでない人間の数を考えれば分かる」

「と言うと?」

「圧倒的に幸せになっている人間が多いシステムを、作為的に崩壊せしめるなんて、テロ行為だわ。……またあの時のような混乱に陥らないとも限らない」

 人が、人を思わない空気。現在でもその雰囲気が完全になくなった、というわけじゃないけれど、あの偶発テロの混乱を思えば、さして問題じゃない。

「じゃあ、君は何故、そんな顔をしてる」

 凍耶の表情が、柔和なものから、固く、厳しいものに変わる。答えない私に、彼は続ける。

「迷いが表情に出てるよ、マイちゃん。強固な意志で、迷うことなく君臨するウィザードとは、とても思えないくらいに」

 少しくだけた言い口で、しかし彼の言葉は棘を以て私に突き刺さる。

「……迷っちゃいけない?」

「いや、それは至って健全な行為だよ。自分の考えを貫くことと、周囲を疎外することは、似ているようで違うからね」

「なら……」

 私は、凍耶の双眸を見据え、考えを口にする。

「私を、ここから出して」

「それは、ウィザードを放棄するってことかい?」

「違うわ。ほんの一時でいい。私は、美澄博士に会わなきゃいけない気がする」

 私の見えないところで、何かが起こっているのは間違いない。賢人会の奇妙な物言いもそうだが、何より、数年間このエリアを傍観してきた私の感覚が、そう告げている。

 この世界は本当に正しいのだろうか。

 凍耶は、少しばかり俯いた後、静かに告げた。

「これもまた、選択だね……わかった。そのように計らおう」

 まるで、私の願いを〝知っていた〟かのように、彼は簡単に言い切った。

 窓の外を眺めると、エリア3市街の無機質な明かりが見える。一度、世界の終わりを見た人々。だけど、今は平穏な日々を送る人々が暮らす街。

 このエリア3に暮らす人々に背信する思いで、私は凍耶に「お願い」と礼を告げる。

 凍耶は、

「会えるとは限らないけどね」

 と、やけに冷たい口調で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る