「勇者様、行っちゃうの?」

「ゆーしゃさま、ほんとに出かけちゃうの?」


 どうやら本格的に懐かれてしまったらしい。

 子供達の目はみんな、オレに「行かないで」「此処に居て」と訴えていた。


 その気持ち、分からないでもない。

 大切な人や好きな人が離れていってしまうのは、寂しい物だ。その人にどんな理由があろうと関係ない。これだけ小さな子供ともなれば尚更、“ずっと遊んでくれたお兄ちゃん”が居なくなってしまうのは寂しいだろう。


 でも、だからと言って出発を止める事は出来ない。

 いくら穏やかな地で、元気な子供を見ていれば心が安らぐと言っても、オレの胸に燃える復讐は魔王を倒すまで消える事はないんだ。

 それに此の村はまだ無事だけど、他の村はどうか分からない。

 此の村は無事だけど、魔王が何時いつ襲撃してくるかも分からない。


 そんな中、オレが1ヶ所に長い間留まるのは危険だろう。

 魔王がオレの気配を嗅ぎ付けて、村ごと滅ぼそうとしてしまう危険性は大いにある。


 ……村ごと滅ぼされる。


 その想像はオレの記憶を否が応でも思い起こさせた。

 壊れてしまった、オレの国の事。


「ごめんなー。でもオレは魔王を倒さないといけないんだ。魔王を倒さないと、みんな安心して暮らせないんだぞー?」

「おにーちゃんがいれば、まおーなんて怖くないよ?」

「うん。でもお兄ちゃんオレは、魔王がみんなの村を壊してまわるのが怖いんだ」

「……お兄ちゃん、ちゃんと元気でもどってくる?」


 おずおずと1人が言った。

 それでオレは理解してしまった。此の子たちは幸いまだ、魔王に襲われてはいない。でも魔王の恐怖は伝え聞いているんだ。だから。

 だから此の子達は、そんな“恐ろしい魔王”を倒しに行くと言っているオレを、子供なりに心配してくれている。ただ単に“遊んでくれるお兄ちゃん”とのお別れを惜しんでいるワケじゃなかったんだ。

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