八日目⑭

 男人街の入口近く、香辣蟹(シャンラーシエ)と看板を掲げた店がある。通りに面した目立つ看板があり、店先にはプラスチック製のたらいの中で海産物が陳列され、店先の道路にはみ出しているテーブルとプラスチック椅子、騒がしい客たちは観光客ばかりのローカル路上飲食店だ。

 メニューを見せてくる客引きのお姉さんにつられて、以前サクヤは食べた経験がある。価格は割安にみえてそうではなかった、と記憶していた。あまり衛生的にみえないのは今も変わらない。食事を優雅に楽しむより、夜の男人街に漂う熱気と猥雑さを味わう場所だ。

 金山海鮮酒家に行きたかったサクヤだが、手持ちの残金では食べに行けない。別の店を探そうにも、バスの時間を考えるとこの店で手を打つ他に思いつかなかった。

 燕京の純生ビールとシャコの唐揚げを注文する。

 燕京とは北京の古い呼称で、燕の国の首都、と意味をもつビール会社。一九八〇年に北京で創業、北京でのトップシェアを誇る地ビールでアルコール度数が低くて飲みやすい。油を使って調理するシャコの唐揚げにはもってこいである。

 運ばれてきた皿には、揚げられた大きなシャコが盛られている。衣のように全体にまぶされているのはガーリックチップスだ。油で手がベトベトになりながら、シャコの殻をむいてしゃぶりつく。味つけはシンプルにガーリックと塩、黒胡椒だけ。


「香ばしく、野趣に富んだ味だ」


 シャコを食べつつ、水の如くビールが飲めてしまう。


「それにしても」


 一昨日、通りがかったときもサクヤは気になっていた。前回の香港旅行で見かけたときより、路上にせり出たテーブル数が少ない。店先の道路は私有地ではないだろうから、香港の営業法に違反して注意を受けたのかもしれない。


「シャコのうまさに叶うものなし」


 食べ終えて満足感を得たサクヤは、男人街を立ち去った。

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