桜月十八日

五日目①

 早朝、ファイブダイニングレストランへ入る。はじめて四人揃っての食事だ。


「はじめてですね」


 うれしげなカコの声に、そうねとキョウが答える後ろで、サクヤはあくびする。

 天蓋が垂れ下がるベッドでもう少し微睡んでいたかったけれど、みんなで食事したい、と要望するトモの頼みをおろそかにできなかった。

 入口で各自、それぞれアラカルトを選ぶ。メニューには目もくれず、サクヤは迷わず告げる。


「今日も肉っ」


 トモがニンマリ笑う。


「あらあら、気に入ったのね」

「昨日食べたら、この肉うまかったからね」

「たしかに、おいしかった」


 隣で聞いていたキョウも同意しつつ、口に手を当てあくびする。


「朝から贅沢ですよね」


 うなずきながら興味ありげに、カコはメニューをみている。

 三人から同意してもらえたものの、ステーキを頼んだのはサクヤだけだったが、目覚めの一杯として四人そろってベトナムアイスコーヒーを注文した。


「こうして四人揃ったから、乾杯しようか」


 トモの申し出に、グラスを掲げるサクヤたち。アルコールでも頼めばいいとサクヤは言いかけたが、食後の予定を考慮すると、コーヒーで充分だと落ち着いた


「この甘さ、これだよこれ」


 一口飲んで、思わず笑みがこぼれてしまう。


「でも甘いですよ、これ」


 サクヤの向かいに座るカコも注文して飲んでいた。想像と違ったのか、飲んですぐ口に手を当てている。


「雪印コーヒーと思えば飲めるよ」


 カコの隣でキョウは、気にせずベトナムコーヒーを飲んでいく。

 味わって飲んでいるトモは、思い出した顔でサクヤに目を向けた。


「ベトナム南部には、バクシウと呼ばれる、コーヒー少なめで練乳多めの広東系の飲み物もあるみたいだよ」


 サクヤは以前飲んだ、濃いめに入れた紅茶にエバミルクを加えた香港式ミルクティーを思い出す。今でこそ、嗜好の変化から無糖のエバミルクが主流となっているが、かつては加糖練乳を加えたミルクティーが出されていた。

 練乳好きとして、いずれバクシウも飲んでみたいと気持ちが募り、ついついサクヤはグラズを傾けるスピードが早くなる。


「これ以上甘くてうまいのか……、ん?」


 気づけば飲み干していた。やはり一杯では物足らない。昨日はおかわりを要求したのに聞き届けられなかった。そこまで飲みたかったわけではなかったものの、つぎこそ本気出すと心のなかで誓っていたのだ。ゆえに今日こそは、とサクヤはスタッフをみつけて声をかける。


「Could I have seconds, please?(二杯目をもらえますか)」


 しばらくして、ベトナムアイスコーヒーが運ばれてきた。

 よっしゃーっ、おかわりキタコレ! 握った拳を掲げたい衝動にかられつつ、落ち着けわたし、とサクヤは自身に言い聞かせる。SNSの発達した社会において、旅の恥はかき捨て、と故事に習うような異国でのリゾート地で不相応な振る舞いは慎むべきだ。

 自省を込めつつ慎み、念願の二杯目をそっと口へ運ぶ。


「うまっ、これなら二リットルは飲めるぞ」


 さすがに呆れたのか、トモは乾いた笑いをしていた。


「サクヤ、そんなに飲んだら胸焼けするよ」

「このうまさで胸焼けするなら、わたしはおかわりを選びたい」


 トモの心配をよそに、サクヤはおかわりしようと試みるも、胸焼け以前にお腹が膨れて、三杯目は飲めなかった。

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