四日目⑥
三人が座って待っていると、注文していないのにおばちゃんが食べ物を持ってきた。
マンゴーの輪切り、ピーナッツや焼きライスペーパーなどが皿に盛られている。
「No thank you.」
トモは薄っすら微笑んで、おばちゃんに下げてもらう。
カコは不思議そうな顔をしている。
「いまのはなんです?」
「突き出しみたいなものかな。注文した料理を待っている間に食べる料理なんだけど、この店とは別の運営で、あとで別精算になる」
カコの隣でサクヤは得意げにうなずいた。
「よくある話だよ。テーブルチャージ料と思えばいい。でも、今日はエビの値段が……」
サクヤは顔を伏せて小さく息を吐く。
どの魚介類も今日は高かった。天気さえ、天気さえ良ければと、悔やみながら頭を抱えそうになる。
はっ、としてサクヤは顔を上げる。もうすぐ海老が食べられると思うと、悔やんでいられない。
「そういえば、バックパック一つによく荷物入ったね」
気を取り直そうと、サクヤはカコに投げかけた。
まばたきして、カコはサクヤに笑顔で答える。
「百均で買った衣類収納圧縮袋を使ったら小さいカバンに詰めることができるって、キョウちゃんに教えてもらったので」
彼女の言葉でサクヤは、もやもやしていたものがスッキリした。
「なるほどね。だからキョウもキャリーケースで来たのか。だけど、お土産はどこに入れるつもり? さすがに入らないのでは」
「かさばるものは買えないです。キョウちゃんの勧めで、一応ナイロン製のバッグを用意してます。二人は用意してないんです?」
サクヤとトモは視線を交わす。
「出発前は、スーツケースの半分はお土産用にあけてる」
当たり前だといわんばかりの顔でサクヤは答える。
「車輪がある下の方に重い荷物を入れておけば、バランス崩して倒れることもないから」
補足説明するトモ。偉ぶる様子もなく涼しげな顔をしている。
カコは目を大きくあけて、何度もうなずく。
「二人はどれくらい海外旅行してるんです?」
「わたしは二十回くらい」
「そんなに」
「サクヤなんて、わたしの倍は旅行してるよ」
にこやかな顔をしているトモをみて、サクヤは小さくうなずく。
まばたきを繰り返すカコは息を呑んだ。
「毎年、最低一回は海外に旅行してる計算になるんですけど」
「実際は年に数回、出かけてる」
嫌味や自慢に聞こえないよう、サクヤはさらりと告げた。
「すごいですね。そんな二人だったら英語、話せるよね……」
声のトーンを下げてカコは息を吐いた。スパ予約での一件を気にしているのだろう。
「中学英語レベルだよ」
サクヤの言葉にカコは目を大きくする。
「え、そうなの?」
「シンプルな内容で十分通じるよ」
「そうなの!」
和訳したら内容は幼児レベルだろうけど、とは口に出さなかった。
「ボビー・ジョンズというゴルファーが言った」
トモが突然口を開ける。
「『勝った試合からは何も学んだことはないが、負けた試合からは実に多くの教訓を得た』カコは今回の旅行で何か教訓を得たと思う。次の旅行では、できるようにすればいいんじゃないかな」
「そうですね」
素直にうなずくカコを横目に、サクヤはトモを静かに見る。
ボビーって誰だよ、オロゴンしかしらない。なぜにゴルフ? ゴルフ好きだったか?
トモにツッコミを入れようとするサクヤの口を遮るように、注文の二皿が運ばれてきた。どちらも炒められた海老の上にパクチーがちらされていた。
「エビだーっ」
視界に入った瞬間、我先にとサクヤは手を伸ばす。
痩せた自分を維持しようと、今日まで食べ過ぎには気を配り続けていたが、異国の開放感とフュージョンマイアでの施術により身も心も解きほぐされたことで、これまで押さえてきた食に対する欲求が開放されていく。
ダイエット? なにそれ、おいしいの? 樊噲も忠言したではないか、大行は細謹を顧みず、と。
「これだよ、これ。旅の醍醐味といったら、うまいものを際限なく食べ尽くすに限る」
ビール片手に頬張るエビの旨さに、サクヤは笑みがこぼれていった。
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