二日目⑫

 ランタンが灯りだすと、賑やかだった木々の緑もシルエットに変わっていく。

 ホイアンの町はすっかり夕闇に包まれていた。完全に陽が沈むと、暖色系のランタンと屋台の蛍光灯が色めいていく。

 ランタンを売るおばさんたちと、思い出を求めて物色する旅行者たち。川面に映るランタンの明かりが、現実から離れた情緒を醸し出している。

 クルーズからホテルへ戻ったサクヤは、キョウと二人、レストランへ入る。いつもならきっちり食べるサクヤだが、軽食を食べたあとなので空腹ではないし、食べすぎて太りたくもない。キョウもあまり空いてなかったので、ホワイトローズとビールだけを注文した。

 運ばれてきたベトナムビール缶には数字の3が三つ並ぶ、ビア333。3つの3で、バー・ショー・バーと読む。だけれど、ベトナム人はナンバーに相当するショーを省略し、バー・バーと呼んでいる。ホワイトローズには、フライドオニオンがまぶしてあった。昨日の美味しさを思い出す二人は、少し甘口のニンニクの効いたソースに付けて食べようと箸を伸ばした、その時。

 バシッ。

 音と共に突如、暗転。何も見えなくなった。

 サクヤたちも周囲の人と一緒に「おおっ」と声をあげてしまう。


「サクヤ、これって」

「停電だ」


 すぐに復帰するかと思いきや、なかなか明かりがつかない。

 そういえば旅行前に調べたサイトに書かれていた、とサクヤは思い出す。

 ベトナムは電力が足りていないため計画的に停電することもある。

 いつ行うかは事前に教えてくれない。ホイアンの停電も同様で、変電所トラブルではなく保守管理が理由だ。

 運ばれてきたアンティークランプの灯りの下で、食事となった。

 互いの顔が料理とともに照らされている。


「ランプは和むね」


 キョウの言うとおり、とサクヤは笑みで返す。


「ホイアンはランタンの街だから、こういう食事は雰囲気が出ていい」

「粋な演出。悪くない」

「京灯ディナー・ホイアンバージョンって感じ」


 サクヤは京娘である。

 京都市では毎月十六日『DO YOU KYOTO?デー』に店内のライトダウンを行い、ロウソクやランプ等の明かりでディナーを楽しみつつ地球環境を考え、温暖化防止へのきっかけとする京灯ディナーを開催している。

 停電になったからといって、動じたりしないのである。

 食べ終わっても停電のままだった。サクヤは、お金を手のひらに出し、キョウにスマホで手元を照らしてもらう。支払いにもたついていると、店の人に手の中からお札を抜き取られた。暗いし桁数も多すぎてわからない。

 ぼったくられた?

 その場では何も言えず、サクヤはホテルに戻ってから確かめた。

 ベトナムの通過はドン。お金は全て紙幣で100~500000まで十二種類。

 色分けされているが、どの紙幣の表にもホー・チ・ミン初代国家主席の肖像が使われ、デザインが似ている。おまけに0が多く、一万ドンと二十万ドル札、二万ドンと五十万ドン札は紙幣の色が似ているため、暗がりでは見間違う可能性が高い。

 計算した結果、間違いはなかった。

 お店の人、疑ってごめんなさい、心のなかで謝るサクヤだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る