二日目⑩
系列のビンフン・ リバーサイドリゾートホテルでベトナム料理の軽食が食べられる、とキョウから聞いたサクヤは、小腹満たしに二人で出かけることにした。
十種類くらいの料理が用意され、そのうちの一つに目を引いた。
ホイアン名物の一つ、カオラウである。
米粉で作った麺の上に、豚肉と煎餅がのせられ、タレにからめて野菜と一緒に食べる料理だ。
かつて朱印船貿易が栄えた時代、ホイアンで日本人町が形成された際、角屋七郎兵衛栄吉が伝えた、『伊勢うどん』がルーツ、といわれている。
角屋七郎兵衛栄吉の先祖は伊勢国に暮らし、船乗りを目指した松本七郎次郎秀持のときに廻船業で成功、北条氏政から徳川家康への密使を運び、また本能寺の変で伊賀越をしてきた徳川家康を海路で岡崎へ送り届けている。この功績から朱印船の許可を得、その後の戦にも貢献してきた。
角屋は屋号であって性は松本である。三代目角屋七郎次郎忠祐の弟、角屋七郎兵衛栄吉は二十二歳の時、安南国(ベトナム)に渡り、ホイアンに日本人町を造営して長となり、国王の重臣阮氏の娘を妻とした。
鎖国令によって帰国できなくなると、彼は現地に骨を埋める覚悟で、松本寺を建立。それらの記録は文化四年(西暦一八〇七年)、松本駝堂により安南記に纏められている。
サクヤはワールドワイドなトリッパーである。国内外問わず、食通でもあった。
「伊勢うどんの特徴は、麺は太くて柔らかくもちもちしている。具も少なく、たまり醤油に出汁を加えた濃厚なタレを絡めて食べられている。一般のうどんにある汁はないんだ」
目の前に置かれたカオラウを見つめるサクヤとキョウは、箸で麺をつまみ上げる。
「見た目は確かに似てるが……太くないな」
伊勢うどんの麺の太さは、店によって若干異なるが、讃岐うどんの二倍、稲庭うどんの十倍ほどある。
「太さは普通だね。汁に泳ぐ感じでもない。サクヤ、おいしいかな」
「食べてみればわかるんじゃね」
先にサクヤが一口食べてみる。
「柔らかいっていうより、コシがある」
伊勢うどんとカオラウが似ている点は、見た目と出汁。柔らかさだけは決定的にちがった。柔らかい麺が主流であるベトナムで、この麺はコシがしっかりしていた。コシのあるカオラウは、ホイアンでしか食べられないのだ。
あとで調べてわかったのだが、カオラウの麺は二種類の水を使って製麺するところに理由がある。一つはホイアンの井戸水。ミョウバンと同じ成分が含まれているらしく、麺にしなやかさを与えているとか。
もう一つはかん水を使用していること。かつては近くのチャム島で作った木灰の上澄み液を使っていた。いずれの水もアルカリ性が強く、麺にコシを与える。さらにカオラウの麺は一日干す。これらの点が、麺の硬さの理由だ。
「このあと無料のサンセットクルージングに参加するけど、キョウはどうする?」
「わたしは部屋にいる。遺跡の帰りがクルーズだったからパス」
考える間もなく即答だった。遺跡巡りで疲れたのかもしれない。
「おーけー。それじゃあ、一人で行ってくるから」
食べ終えたあと、サクヤはキョウと別れて川岸へと向かった。
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