二日目⑦

 ボートクルーズを楽しんだサクヤたちツアー参加者は、メインイベントである料理教室会場へと移った。

 屋根はあるけど壁はない開放的な場所で、ライスペーパーの手作り体験をする。

 そのあと生春巻きやバナナの花サラダ、牛肉のフォー、焼き茄子のソースがけ、ベトナム風お好み焼きのバインセオといった、豪華なランチを作っていく。

 生春巻きは置いておけないからできたらすぐに食べろと言われ、サクヤたち参加者は立ったまま食べた。ライスペーパーに水分が多かったせいで、皿に置いたらくっついて破れてしまうから、かもしれない。

 サクヤは、焼き茄子のソースがけが美味しく、帰ったら作りたいと思ったが、用いられていたソースは中国醤油に出汁を足したような濃い味のもの。なんだろう、これは?

 サクヤは首をひねり、料理の先生に訊ねる。


「What is this seasoning?(この調味料はなに?)」

「It is soy sauce.」


 醤油ならば、大豆が使われているはず。

 ベトナムの合わせ調味料、ヌクチャムを思い浮かべる。

 ヌクチャムとは、魚醤のヌックマムに砂糖、ベトナムライムの絞り汁や酢、唐辛子、ニンニク、水などを混ぜ合わせてつくる。色は茶褐色のものが多く、決して黒くない。だけど用いられた醤油は黒く、見慣れた色をしている。

 中国の大豆醤油だろうか。それともベトナム醤油のヌクトゥーンはどうだ、濃くなく、しょっぱくなく、日本のより甘みがあるはず。

 タイの調味料ソープーカオ(シーズニングソース)の可能性はないだろうか。あれはソースと言いながら原材料が大豆メインで砂糖、塩、核酸がまざった醤油だ。

 核酸系調味料とはうま味調味料の一種で、日本で同じような核酸系調味料といえば、いの一番やハイミーなどの商品がこれに当たる。

 瓶に貼られた内容量の表示をみると、『Shiitake』の文字を見つけた。

 ほお、と感嘆の声が出る。


「椎茸って、英語でもシイタケなんだ」


 関心しつつ、サクヤは思い出す。

 椎茸にはグアニル酸と呼ばれる旨味成分が含まれている。

 その瞬間、サクヤの頭の中でよぎるものがあった。


「ソープーカオのうま味成分はグルタミン酸ナトリウムが主原料。椎茸由来のグアニル酸とはちがう」


 サクヤはバンコク旅行に行った際、味わった記憶を思い出していた。

 あのとき味わったものとくらべると何かが違い、顔をしかめる。


「むむむ、ソープーカオじゃない。だとするとベトナム醤油にシイタケがはいったものなのか、中国の大豆醤油にシイタケがはいったものなのか、それとも何か別の……」


 世界三大栽培キノコの一つであるシイタケは、日本をはじめ中国や台湾や東南アジア、ニュージランドに至る環太平洋の温帯、暖帯、亜熱帯に分布している。

 醤油に至っても、分布が類似している。ベトナム語が読めたなら判別できるのに。恐るべし、ホイアン。試そうというのか、我がトラベルスキルとやらを。

 サクヤは眉間にしわを寄せて首をかしげていると、料理の先生の声がした。


「Banana flower salad is made with blue mango.Without blue mangos, you can use blue papaya.(バナナの花サラダをつくるときはブルーマンゴーを使って下さい。もしなければ青パパイヤで代用していいです)」


 その説明を聞いた参加者が、


「Ohhhhhhhhhh!」


 大げさに声を上げだした。

 通販番組のやらせ観客か、とツッコミたい気持ちをぐっと堪える。サクヤは京娘だ。ノリとツッコミに定評のある大阪人とは違うのである。

 なかったら青パパイヤでいいといわれても、日本では青パパイヤは沖縄や鹿児島で生産はされているが、手軽に買える代物ではない。

 サクヤは小さく息を吐いて、調理を進める。

 バインセオをひっくり返すため、各自ヘラが二つ用意されていたが、オムレツや卵焼きを裏返すのと大差ない。


「めんどくせー」


 サクヤが菜箸でひっくり返していると、スタッフが慌ててヘラを持ってきた。

 受け取ってサクヤは笑顔を作る。


「Thank you.」


 ベトナムだって、日本中国韓国と合わせて四大箸文化国のはず。料理をつくるときには使わないのだろうか。日本人は料理にも箸を使うので、とサクヤは菜箸でひっくり返してみせた。

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