桜月十五日
二日目①
向かいの店前に鳥かごが吊るされている。その鳥の鳴き声にサクヤが起こされたのは朝の五時ごろ。半身を起こして隣を見ると、寝ているキョウの目が開いていた。
「おはよ。サクヤも鳥に起こされた?」
「……うん」
「鳥を飼ってる家が多いよね。犬も。鳥ほど吠えないのが救いかな」
「なんで、朝から鳥は鳴くのかな」
サクヤは再度、ベッドに横たわる。やや低い天井には細工が施されている。建てた人物にかなり財力があった証だ。
「メスドリへの求婚のためにオスドリが日々練習してるんでしょ」
「あ……そうか。カエルも恋しくて鳴くからね。だけどなんで早朝から練習するんだ。部活の朝練かよ」
「暖かくなると空気が乱れて音質も下がるから。いい声で鳴くためには、いい環境で練習する必要があって、それが早朝なわけ」
「さすが元合唱部だね」
ベッドで横になりながら、サクヤは鳥たちに思いを馳せる。
ベトナムで飼われるペット第一位が犬なら、第二位は鳥である。とくにコウラウン、スズメ目ヒヨドリ科の鳥が人気だ。東南アジアからインド方面にかけ、南アジア一帯に分布しているこの鳥は、スズメよりやや大きくヒヨドリよりやや小型。モヒカンのような冠羽と目の下の赤い点が特徴だ。きわめて高らかで鳴き声がいい。昔から籠鳥として扱われ、東南アジアの国々では今でも軒先で飼われている。サクヤがシンガポールや香港に行った際、目にした記憶があった。
「カゴの中にいたら求婚もできない。ここから出せーと叫んでるんじゃね?」
サクヤのつぶやきにキョウは小さく笑う。
「そうかもしれないし、ちがうかもしれない」
「まーな。ところで、今日はどうする?」
「ミーソン遺跡を見に行く」
キョウは即答し、すでに現地ツアー参加を申し込んであると告げた。
「世界遺産だよね、ミーソンって」
寝ぼけた頭でサクヤが受け応えると、キョウのレクチャーが始まった。
「ミーソン遺跡は、クンナム省ミーソンにある遺跡で、六世紀から一三世紀頃まで、チャム族のチャンパ王国が栄えていて、その王国の残した遺跡がフエから南側に点在してる。その中で最大規模なのが、ミーソン聖域」
聞きながらサクヤは、ガイドブックに書かれていた説明文を思い出していた。
ミーソン聖域は、ホイアンの街から内陸部に向かって、ツアーバスで一時間ほどの距離にある。
チャンパ王国成立は古く、西暦一九二年。中世以降、ベトナム人の南進により国を削られていく。一九世紀初めにはすべてベトナム人の領土となって国を追われた。チャム族は現在、ベトナムの他にカンボジアやマレーシアやタイ、アメリカ、フランス、東南アジア諸国を中心に点在している。
「サクヤも行く?」
「……パス。もう一眠りする」
サクヤはあくびをし、目を閉じた。
暑さと疲労と時差ボケと、鳥のせいで眠かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます