一日目⑨

 ホイアンには、五大名物と呼ばれる料理がある。

 コムガー、ホワイトローズ、揚げワンタン、カオラウ、ミークアン。

 ベトナムに来たらこれらを是が非でも食べたい、とサクヤは心に決めていた。

 レストランで二人は、ホイアン名物のチキンライスのコムガー、揚げワンタン、ホワイトローズと青梗菜の炒め物を注文。テーブルに所狭しと料理が並べられる。

 二人は撮影をかかさなかった。

 コムガーとは、ベトナム全土でよく食べられているチキンライスで、鶏のダシが染み込んだご飯の上に、厚めにスライスされた鶏肉がのった、味わいのある料理だ。

 ルーツは中国にあると言われ、タイならカオマンガイ、マレーシアなら海南鶏飯などアジアを旅するとチキンライスによく出会う。


「ねえサクヤ、ご飯の色のオレンジって、ケチャップかな」


 キョウはスプーンですくいあげて口に運び入れる。


「これ、うまいよ」

「空腹は最上の調味料だね。たしか、ナンバンキカラスウリだったかな。アンチエイジング効果のある果実で色付けされてるはず」


 サクヤもコムガーをひと口食べ、香ばしさに目を見開いた。


「チキンがうまい。サクッとして中はジューシー。味付けもスパイシーだ」

「それじゃあ、次はこっちの花みたいなのを」


 よろこび勇んで、キョウが次の品へ箸を伸ばす。

 ホワイトローズとは、米粉を餅状にした生地の上に、海老のすり身をのせて蒸し上げてある。名前の由来どおり、白い花みたいで綺麗な料理だ。


「やわらかいワンタンみたいで、もっちりした食感ね」


 つけダレにつけてから口に入れるキョウは、ゆっくり味わっている。


「独特な香り。これがベトナムの味かな」


 サクヤも真似するように口へ運ぶとき、魚独特の匂いに気がついた。


「ナンプラーか。でもちがうような……そうか、これがヌックマムか」


 驚きのあまり、サクヤの目は極限まで見開き、しばらく硬直した。

 ナンプラーと原材料も作り方もほぼ同じだが、ヌックマムは魚に対する塩の割合が少なく、発酵期間が短いため、魚の香りがより強く塩分は弱めという知識をサクヤは知っていたが、味わうのは初めてだった。


「このエビのプリプリ感がたまらない」


 サクヤは次々に口へ入れていく。


「エビ好きだよね、サクヤって」

「まあな。このつけダレのヌックマムとの相性もいい。味が染み込んでよりおいしく食べられてしまうよ」


 揚げワンタンはその名のとおり、黄色いワンタンをカリカリになるまで揚げ、その上に豚肉と海老のすり身、インゲンやトマトなどの野菜をミンチにしてトッピングした料理だ。


「ホワイトローズとちがって、お菓子みたいにパリパリしてる」


 口を動かすサクヤは首を傾げた。

 キョウは揚げワンタンの隣にある、スープの入った小鉢を指差す。


「サクヤ。これって、一緒にきた特製スープにつけて食べるんじゃないかな」


 そう言いながらキョウは、早速試してみる。


「うん、おいしいよ、サクヤもやってみて」

「お、おう」


 サクヤは言われるまま、少し甘くて温かい黄色いスープにひたして口へ運ぶ。一気に味と食感が変わった。


「甘く、少し酸味がきいて、うまい」


 サクサクだったワンタンが水分を含むことで柔らかくなった。

 一度で二度おいしく食べられて、頬が緩んで笑顔で箸をすすみ、サクヤとキョウはお腹も心も満たされていった。

 これだけ食べて、ビールをおかわりしても二人で三千円もしなかった。日本とくらべると、やはり物価は安い。

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