丘の向こう

伊勢 優馬

隠し事

「雄大、遅いよー。」


インターホンから聞こえてくる透き通った声が


余計に俺を焦らす。


学服のネクタイは着けずに慌てて玄関に出ると、


そこにはあかりの姿があった。


「人待たせるの好きだね。」


「仕方ねーだろ。朝よえーんだから。」


「弱かったら、こんな美少女を冬の寒い中で


待たせてもいいんだよね、雄大は。」


「別にそんなこと言ってねーし。てか自分で言うな。」


そんな他愛もない話をしながら今日も学校へ向かう。


あかりは幼稚園の頃からの仲だ。


俗にいう幼馴染って奴かな。


彼女とは家が近く、親どうしも仲が良い。


そんなこともあって、小学生の時から一緒に学校へ行くようになった。


「もう結構、寒くなってきたね。」


「そうだな。」


横を見るとあかりが体を丸めて歩いている。


そりゃ寒いわ。そんなに首出してたら。


「はい。」


そう言って自分のマフラーを彼女の首にかける。


「別にいいよ。寒いじゃん、雄大が。」


「お前が寒いよりマシだよ。」


周りからしたら、「なんだこのキザで痛い奴は。」


と思われるかもしれないけれど、


これは本心だ。


だって、好きな人だから。


こんだけ可愛いくて、お茶目なのに


ずっと側にいて、好きにならない訳がないんだ。


「なに? そんなこと言って、私にモテようとしてんの? 可愛い!」


内心、合ってる。


「そうやってはぐらかして。嬉しいくせに。」


「……。」


ここで黙り込むところもまた可愛い。


果たして彼女にとって俺はどういう存在なのだろうか?


ただ普通の幼馴染なのか、それとも……。


「ところで、この前の模試どうだった?」


急に話題が変わるな。まあいいや。


「模試?まあまあかな。そっちは。」


「いつも通りって感じかな。」


「いつも通りって?」


「うーん、教えてあげない。」


「なんだよそれ。自分から聞いてきたくせに。


まあいいや。ところで、高校は決めたの?」


「えっ…っと、まだ。雄大は?」


「光ヶ丘学園。」


「結局そこか……。まあ頭いいもんね、雄大は。」


「俺より成績良いくせに、嫌味ったらしー。」


「別にたいして変わんないじゃん。」


こんなことを言っているうちに学校についてしまった。


これで今日の会話も終わりか……。


「じゃあ、またね。」


「おう。」


あかりは今日も、満面の笑みで自分のクラスに向かった。


こうやっていつも、自分の気持ちを伝えられずに


一日一日が過ぎて行くんだよなぁ。


「はあ……。」


一人溜息をつきながら下駄箱で靴を履き替えていると、


女子2人とすれ違った。


「それにしてもあかりちゃん残念だね。


高校入っても仲良くできるって思ってたのに。」


「まあ、仕方ないよ。家の事情だって。」


「……えっ。」


思わず声が出てしまっていた。どういうことだ?


あかりが? 残念? 家の事情? なに言ってるんだ。


まさか……。まさかそんなことって……。


詳しく聞こうと振り返ったが、


その時にはもう女子達はいなかった。


その日、俺は彼女のところに聞きに行く勇気すら湧かず、


気づけば日が暮れていた。




ピンポーン。


今日もインターホンの音が響く。


「雄大ー、急いでー。」


いつも通りの彼女の声だ。


普段通り、ネクタイをつけながら外に出ると、


そこには昨日貸したマフラーをかけたあかりが立っていた。


「何だよ。俺の、使ってるじゃん。」


「えへへ、気に入っちゃた。」


「仕方ねえなー。じゃあそれあげる。」


「うそっ! いいの?」


そんな目で見つめられて誰が断れんだよ。ったっく。


「おう。俺もそっちの方が嬉しいかも。」


言ってから俺もちょっと恥ずかしくなってしまった。


「まあ、そうだよね。こんな美少女に使ってもらえたら嬉しいよね。


このマフラーも私の方がふさわしいって思ってるだろうし。」


「ああ、そうかもな。って、だから自分で


美少女言うなっつうの。」


「反論しないんだね、マフラーのことについては。」


「まあ、俺、マフラーの気持ちわかんねえから。」


そのマフラーも俺よりあかりの方が嬉しいのかなぁ?


まあ、どうでもいい。それより……。


「ねえ、もしかしてなんかあった?」


「なんかって? 別に何もねーけど。」


「でも顔色悪いよ。」


ああ、無意識のうちに出てたのか。


「……ふっ、実はさー、俺、あかりになんか隠し事されてるっぽいんだよねー。」


「………。」


彼女の顔から笑みが消える。


これが答えだった。俺は全てを悟った。


ほんとは聞き間違いかも、ガセネタかも……って、


そう願ってたのに。


「で、どうなの、実際。」


ここで、隠してたのは全然関係のないことで、


引っ越し? 何の話? って言って欲しい。


「何でそう思うの?」


「俺の質問が先だ。


頼むから、誤魔化さないでくれ。」


沈黙が流れる。


俺は彼女が話し始めるのを待った。


「いつから?」


「何が?」


「私が引っ越すことになったの、いつから気づいてたの?」


……。


「やっぱそうなんだな……。


知ったのはつい昨日のことだ。」


「そっか……。多分誰かから聞いたんだよね。


実は親の仕事の都合で地方に引っ越すことになったの。


ごめんね。一緒の高校行こうって言ってたのに行けなくなっちゃた。」


「それは、引っ越すことになったことに対しての『ごめんね』?」


「えっ?」


「俺はそんなことで謝って欲しいんじゃねえよ。


俺は…あかりが俺に隠し事をしてたことにがっかりしてんだよ!」


なにかがちぎれたように俺は言い続ける。


「大体おかしいだろ。俺はこれを、知らねえ女子が


すれ違いざまに話してるのを偶然聞いて知ったんだぜ。


ってことは、あかりは友達には話せたけど、


俺には話せなかったってことだよな。


なんで? なんで俺にはすぐ言えなかったんだよ……。


所詮、俺はその程度の人間だったのかよ、あかりにとって。」


「別にそういうことじゃ…」


「じゃあ俺はあかりにとって何なんだよ!」


何でこうなる?


もっと落ち着けよ。


もっとあかりの言い分も聞いてやれよ。


「ごめん。言い過ぎた。


でも、今はあかりの顔見れねえわ。」


「待っ…」


彼女の声を無視して俺は走った。


いや、逃げたって言った方がいいかな。


怖かったんだ、俺とあかりの、


互いに対する気持ちにズレがあったことを知らされるのが。


こんなに好きになのに……。


分かってる。逃げたって意味ないことも、


自分の気持ちはやっぱり一方通行だったんだってことも……。


でも、彼女の口から直接それを言われるのが怖い。


ほんと臆病で、情け無い人間だよ。


真実にちゃんと向き合えないなんて。




次の日から、あかりは家に来なくなった。

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