第3話


──3日後。



「あ~あ、牛丼にもあきたな~」


今日は仕事は休み。

昼に牛丼を買ってきた俺は、まず、炊飯器でご飯だけを炊き、牛丼の具を半分ずつ昼と夜で分けることにした。

全く困ったことに、最近のスローガンは『動くな、腹が減る』って感じになってしまっている。


とにかく、お金もなければ出かけるところもない。

夕方まで一眠りするか。

俺はそう思い、ベッドに向かった。

すると、その時、


「ねえねえ、えいじちゃん」


ジェリックが、そわそわしながら話しかけてきた。


「そろそろ、貯金箱使ってみたら?」

「ああ、また今度な」


俺はゴロンとベッドに横たわり、軽く受け流した。

慣れっていうのは恐ろしい。

3日前に初めて、このニューハーフ幽霊、ジェリックに出会ってから、この部屋で普通に日常を過ごしているんだから。

だって、幽霊といっても、全く恐くはないもんな。

逆に、話し相手ができて楽しいぐらいだ。


「ねえねえ」


ジェリックは俺の肩をトントンと叩いた。


「早く、貯金箱活用してよ~」

「ていうか、ほんとに効果あるのかよ?」

「当たり前でしょ!」


ぷんっ! と頬を膨らませ、声を荒げる。


「あたしはそんじょそこらの幽霊じゃないのよ! すっごい魔法を使えるって言ったでしょ!」

「う~ん」


実は、この3日間、まだこの貯金箱を使っていない。

正直言うと、入れるお金がもったいないというのが本音だ。

毎日の食事にも困っているのに、そんな余裕は生まれなかった。


「う~ん……」


でも、まあ……常にジェリックも催促してくるしな……貯金箱に入れても無くなるわけじゃないし……少しぐらいならいいか。


「じゃあ……」


俺は、貯金箱を手元にたぐりよせ言った。


「1回ぐらいは、使ってみようかな……」

「そうよ! お金を貯めることによって何かが変わるかもしれないわよ!」

「う~ん……」


確かに、ジェリックの言っていることも一理ある。

もしかしたら、これはきっかけかもしれない。

浪費癖のある俺が倹約家タイプに変わることができるかもしれない。


「とりあえず、百円入れてみるか……」

「いえ~い、そうこなくっちゃ!」


俺は財布からなけなしの百円玉を取り出した。

とにかく、スタートをきらなければ始まらない。

そんな気持ちだった。



チャリン──



百円玉が貯金箱の底にぶつかる音が小さく響いた。

なんだか、その音に俺は勇気を貰ったような気がした。

これから、もっと賢い金銭感覚が身につくんじゃないか。

そんな風に思っていた。


「いえ~い! やっほ~!」


それからしばらくの間、貯金箱へのお金の初投入を祝って、ジェリックは満面の笑みで踊っていた。




──翌日。



「よしっ、もうちょっとだ!」


仕事帰りの夕暮れ時の歩道。

俺は頬を両手で叩き、気合いを注入した。


明日は、給料日。

もう少し我慢して節約生活をすれば、まともな生活が送れるだろう。


「おっと」


もう無駄遣いはやめるんだったな。

これからは、少しずつでもあの貯金箱に貯めていくんだ。

そして、もっと余裕ができれば、銀行に預けていくのもいいかもな。


現在貯金額、100円。


今は、たった1枚の百円玉だけど、いずれは満帆にすることを目標に頑張ろう。

俺はそう思いながら、いつも通り、牛丼屋に入った。


「いらっしゃいませ」

「えっと、牛丼並を持ち帰りで」

「かしこまりました」


ふう。

もう、この牛丼屋の店員さんにも、俺は完璧に覚えられてるんだろうな。

まあ、いい。

もうすぐ、レパートリーにとんだ食事に戻れるんだから。


「お待たせいたしました。お客様、こちらのスクラッチカードをこすってみて下さい」

「え?」

「今日からキャンペーンでして、AからD賞まであります」

「そうなんですか」


俺は言われるがままにスクラッチをこすった。


「あっ、C賞がでました」

「では、50円引きにさせていただきますね」

「え?」


おっ!

これは、ラッキー!


今の俺にとっちゃ、50円でもありがたい。

俺は少し顔をほころばせながら店をあとにした。



──10分後。



「ただいま~」

「あら、お帰りなさ~い」


家に帰ると、ジェリックは、寝転がってテレビを見ていた。

どうやら、少し集中すれば、物や人に触れることは可能らしい。


「日本のテレビって面白いわね~」

「そうか? まあ、ゆっくり見ててよ」


俺は、かばんを置き、本棚の隅に置いている貯金箱に向かった。


「さてと、せっかくだから……」


そして、浮いた分の50円を貯金箱に入れた。

だって、元々、スクラッチなんかあてにしてなかったしな。

ふってわいた50円なんだから、ここは貯金に回すのが賢い選択だろう。



チャリン──



50円が貯金箱に吸い込まれる音が心地好く響いた。


「あら? また貯金したの? えら~い」

「ちょっとした臨時収入があったんだ。なるべく貯めなきゃね」

「そうよ~、お金は裏切らないわよ~。まっ、あたしはお金に逃げられて、おまけに死んじゃったけどね~、いや~~~~ん、うけるぅぅぅぅ~~~~」

「は、はは……」


こ、この幽霊……たまに、自虐ネタを言うよな。


ま、まあ、いい。

とりあえず、夕飯にするか。



──数時間後。



牛丼も食べ終わり、部屋でくつろいで夜も11時を回った頃、俺はゴミを出しに行った。

働いていると、24時間いつでもゴミを出せるマンションに住んでいて本当に良かったと思う。

そして、ゴミ出しを終えたあと、マンションの側にある自販機に目が止まった。


「おっ、今だけ80円か」


これは、お買い得だな。

俺は、ジーパンのポケットに手を入れ、小銭を確認。

すると百円玉があった。


「買おうかな……貯金に回したとはいえ、牛丼屋で50円得したし、別にいいよな」


俺は、鼻歌混じりで百円玉を投入。


「いや、待てよ……」


しかし、ボタンを押そうとする手が、すぐにピタッと止まった。


ダメだ。

ダメだ、ダメだ。


こういうことをしているから、金が貯まらないんだ。

俺はすぐに返却レバーを押した。


「あれ?」


すると、返却口に百円玉があるのはもちろんだが、さらに小銭が入っていた。


「あっ……誰かが取り忘れたのかな……」


それは、10円玉2枚と5円玉1枚の25円だった。


「ハハッ、こりゃついてるな」


俺は、ゴミを捨てにいったついでに、25円を手に入れることになった。




──2時間後。



「いや~ん、テレビってほんと超楽しい~」


ジェリックは、相変わらずバラエティー番組に夢中。

長年住んでいる我が家のように、ゆったりとくつろいでいた。


もう時計の針は、午前1時を回っていた。


明日も仕事があるから、布団に入り早めに寝ようと思っていたが、いまだに寝つけない。

別に、ジェリックのテレビの音が原因じゃない。

実は、ゴミを捨てに行ってから、俺はずっと考え事をしていた。


「何かが引っかかるな……」


手元には、自販機の返却口にあった25円。

これを俺はずっと眺めていた。

ジュースの自販機で、返却口に10円玉があるのは理解できるが、5円玉まであるのは、なかなか珍しい。


何だろう。

何かすごく気になるな。


「あっ、もしかして……」


すると、やがて一つの考えが浮かんだ。

確か、ジェリックは貯金箱に魔法をかけた時、こんなことを言っていた。



《いずれは自分に返ってくるわよ。幸せ2倍、全てが2倍。幸せを掴むため、今日から貯金ライフを始めましょうね!》



自分に……返ってくる……



「あっ」


俺はピンとひらめいた。

もし、これが本当なら合点がいく。


「えっと……」


最初に、貯金箱に百円を入れた。

すると、牛丼屋のスクラッチで、50円の割引きになった。

そして、次に貯金箱に50円を入れた時は、自販機の返却口に25円入っていた。

そう。


『半分』


2つとも、貯金箱に入れた金額のちょうど半分が返ってきている。

ということは、あの貯金箱に入れた額の半分が返ってくるんじゃないだろうか。


「なあ、ジェリック」


俺は急いでベッドから立ち上がり尋ねた。


「この貯金箱って、入れた分の半分が返ってくるんじゃないの?」

「ピンポ~ン!」


ジェリックはニコッと笑った。


「よく分かったわね! まあ、全て現金で返ってくるってわけじゃないけどね」


さらに、拍手をし始める。


「じゃあ、どんどん貯金をしてみましょ~! お金を支配して幸せを手に入れるのよ~~~~!」


また、ジェリック恒例の踊りが始まった。

どうもテンションがあがると、自然と踊り出すらしい。


そうか。

やっぱり、半分返ってくるのか。

そういうことなら、まず損はしないな。


「じゃあ……」


俺は、手元にあった小銭、合計288円を入れてみた。



チャリン──



硬貨のぶつかる音が小さく響いた。


「よし、寝るか……」


そして、ベッドに潜りこんだ。




明日、288円の半分、144円が手元にくる小さな小さなドキドキ感を胸に秘めて。





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