第2話

「それが何か?」

「んとね、ピレネディーニュ城って小さなお城があったでしょ?」

「ええ」


俺はコクリと頷いた。


「ツアーのオプションにそこの観光が入ってましたから」

「そこで、あなたが、あたしにプレゼントをくれたの」

「へ?」

「実はあたしは……」


幽霊は言った。


「西暦1750年頃、あのお城の王子だったのよん」

「お、王子!?」

「うん、そう」


でも、と幽霊は悲しそうな顔を浮かべた。


「戦争であたしたちは全滅……あたしはこの世に未練が残って……あのお城に幽霊として残ってしまったの」

「なるほど……大事な人がみんな殺されたんですもんね……お気持ち分かります」

「まあ、それもあるんだけど……ちょっと違うんだよね」


幽霊は手に力を入れて、怒りをあらわにし始めた。


「あ~! もう嫌! 今思い出しても腹が立つわ~!」

「へ?」


あ、あの、と俺は尋ねた。


「何があったんですか?」

「だ~~か~~ら~~!」


幽霊は声を荒げた。


「あたしのへそくりが全部取られたのよ~~! こっそりと地下に隠しておいたあたしの財宝が全て敵国に持ってかれたのよ~!」

「え!?」

「悲しすぎるでしょ! ねぇ、そう思うでしょ!?」

「は、はぁ……」



…………



えぇぇぇぇ~~~~!?

そっちぃぃぃぃ~~~~!?

未練ってそこかよぉぉぉぉぉ~~~~~~!?



「あぁ、悲しい……悲しいわ……」


幽霊は、再び寂しい口調になった。


「あたしはお金が大好きなのよ。だから、あの時、あなたがプレゼントしてくれたのがすごく嬉しかったの」

「え……?」


俺が……プレゼント……?


「あの……」


俺は首を傾げながら尋ねた。


「僕……あなたに何かあげましたっけ?」

「もう~、照れちゃって~、あたしが壁にもたれて立っていた時、あたしの足元に百円玉を置いてくれたじゃないの~」

「百円玉……?」



ひゃくえん……だま……



「あっ!」


な、何だか少し思い出したぞ。


あの城は確か、お金にまつわる歴史がある場所だとガイドさんが言っていた。


だから、俺たちツアー客は、あの城の好きな場所に小銭を置いていくと幸せになれると聞いていた。

確かみんなは、城の一番の観光スポット・・・中央の部屋にある銅像の台座に置いていたんだよな。

でも俺は、壁にかかった絵画などを夢中で見ていてすっかり忘れていた。

だから、帰る間際になって、慌てて出口近くの階段そばに、そっと両替をしていない日本円の百円玉を置いたんだ。


そうか。

そこにたまたま、こいつがいたんだ。


「あ、あの……」


俺は申し訳なさそうに言った。


「その出来事は偶然です……別にプレゼントしたわけじゃ……」

「いや~~~~ん!」


幽霊は満面の笑みになった。


「照れちゃってかわいいぃぃぃ~~! ますます好きになっちゃうぅぅぅぅ~~~~! そうよ、あの時なのよね! あなたがお金を置いた時、あたしの胸がキュンとしたのよ! そこで気づいたのよ! あたしは本当は女になりたかったんだって……男に守られたかったんだって…………って! 死んでからそんなことに気づくなんて超うけるぅぅぅぅ~~~~! キャハハ~~~~~~!!」

「は、はは……」



よ、よく喋る幽霊だなぁぁぁぁ~~~~!!



しかも、今の話の内容だと、こいつがニューハーフになるきっかけを作ったのって、がっつり俺じゃんかよ~~~~!


「でね!」


幽霊は続けて言った。


「そこで、あたしは祈ったわ。もう一度あなたに会わせてほしいと。そしてちゃんとお礼がしたいと。すると、地縛霊のあたしが、なんとどこにでも行ける幽霊になったのよ~! 1年半かけてここまでやっと辿り着いたのよ。途中、ブラジルに行っちゃって陽気なカーニバルが楽しくてこのままここに住んじゃおうかなって思っちゃったわよ。やだ~、目的変わってるし~! あなたに、お礼しなくちゃいけないのにね~! おかしくない~? でも、がんばって日本にやってきたのよ。途中、東京の歌舞伎町と大阪の心斎橋に寄ってゲイバーで働くニューハーフのおねえたま達を見て、美とは何かを勉強してきたわよ! いやだ~、あたしったらがんばりやさん~! キャハハ~!!」

「は、はは……」



ほ、本当によく喋るなぁぁぁぁ~~~~!!



どうやら、その幽霊は話し出したら止まらないらしい。

俺はひたすら話を聞くばかりだった。


「でね」


幽霊は、さらに言った。


「ということで、あなたにお礼してあげる」

「お礼?」

「こう見えても、あたしはこの世に300年近くもいるベテラン幽霊よ。お金にまつわる魔法ならお手の物よ」

「え!?」


俺は目を見開いた。


「ま、魔法??」

「うん、そうよ。お金がらみの未練があるからか、お金に囲まれて過ごしたいって思ったからか、魔法が使えるようになっちゃった。えへっ」

「は、はあ……」



ぬ、ぬおぉぉぉ~~~~!!

ま、また、キャラが濃くなったぞぉぉぉぉ~~~~!!



元王子の幽霊でニューハーフってだけでもびっくりなのに、さらに魔法使いときたもんだ。

俺の頭は、もはやキャパシティーオーバー寸前だった。

すると、


「それでさぁ~」


幽霊は再び俺に尋ねてきた。


「あなた、名前は?」

「え? 戸倉英治です」

「そう。じゃあ、呼び名は、えいじちゃんね」


ところで、と幽霊は言った。


「えいじちゃんは、お金持ってるの?」

「い、いや、全く……」

「だめよ! お金はいっぱい持ってなくちゃ! 振り回されちゃだめだけど、頭を使えば、どんどん幸せになれるんだから」

「は、はあ……」



お金……か。



思い返せば、俺は今まで貯金なんてしたことがない。

入ってきたお金は、後先考えずに、すぐに使ってしまう。

欲しい物をすぐに買ってしまう。

もちろん、使わなくてもいい無駄金も多かった。

そういうお金をコツコツと貯めていれば、俺も賢い日常が送れたに違いない。


「里沙……」


俺はふと、前の彼女のことが浮かんだ。


理沙と最後に会ったのは、もう2年前。

場所は、近くの喫茶店だった。

そこで30分ほどくつろいでいると、理沙は突然、涙を流しながら、


『ごめんなさい。英治とはもう付き合えないの。さようなら』


とだけ言い残し、喫茶店から走り去っていった。

俺は、呆然と冷えていくホットコーヒーだけを眺めて、しばらく椅子から立ち上がれなかった。


何度も振られる理由を考えた。

だが、やはり1つしか浮かばない。

それは、俺の稼ぎが悪いから。

いつまでも正社員になれない俺に、理沙は見切りをつけたんだと、自然にそういう結論に達した。


今でも本当の理由は分からないが、過去は変えられない。

だから、俺は前を向いて歩いていくしかなかった。

そして、幽霊は『ふう』と呆れるようなため息を吐き出したあと、


「お金は貯めなきゃダメじゃないのよ~。う~ん、じゃあね……」


本棚を指さしながら言った。


「あそこに置いている瓶、持ってきて」

「は、はい」


それは、インスタントコーヒーが入っていた大きめの瓶。

何かに使えるかなと思って、置いていた空き瓶だった。

すると、幽霊はその空き瓶に向かって、


「え~い!」


手をかざし、奇声を発した。



「ピリポピ・パヌッチョ!」



それはまさしく、呪文のような言葉だった。


「さあ、できたわよ~ん! ここにお金を入れてみてね! いずれは自分に返ってくるわよ。幸せ2倍、全てが2倍。幸せを掴むため、今日から貯金ライフを始めましょうね!」

「は、はぁ……」


陽気なオカマ王子は、これでもかというぐらい、自信満々だった。


まあ……確かに、貯金は貯めれば貯めた分だけ自分に返ってくるよな。

う~ん……


「貯金、やってみるか……」

「そうこなくっちゃ!」


パチッと大きな丸い目を、乙女のようにウインク。


「とりあえず、しばらくここにいさせてね。ちなみに、あたしに百円玉を置いてくれた人がもう1人いるのよ」


こ・れ・が! と興奮がさらに高まり鼻息が荒くなる。


「かなりのイケメンマッチョなのよ! 何日かしたら、その人にもお礼をしに旅立つわね。そのあと日本を堪能したら、またフィンランドに帰ってお城でのんびり過ごすわ。あっ、もしくはブラジルに行って毎日カーニバル三昧ってのもいいかもね。オホホホ~~~~!!」

「は、はぁ……」


あいかわらず上機嫌で喋りつつ、高貴な高笑いだけが部屋中に響き渡っていた。


あっ、そうだ……とりあえず、俺には最初に聞かなきゃいけないことがあるな。


「あの」


俺は尋ねた。


「あなた……その、名前は?」

「あたし?」


幽霊はニコッと笑った。


「あたしはジェリック。キュートなジェリちゃんって呼んでいいわよ」

「は、はい、どうも……」


幽霊の名前はジェリック。

そいつは、ニューハーフの王子様、おまけに魔法も使える陽気な幽霊。





こうして、俺とジェリックとの不思議な同居が始まった。






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