幽霊さまの貯金箱っ!

ジェリージュンジュン

第1話


「ごめんなさい」



そう言って、あいつは俺の元から去っていった。

理由は、はっきりと分からない。

おそらく、俺に金がないのが原因だろう。


あれから、もう2年が経った。

やっぱり世の中はお金が全て。

俺の心に、深く深く植えつけられた出来事だった。



 * * *



「や、やばい……」


日付も変わろうかという午後11時半。

床に敷いたクッションに座りこみ、財布の中身を確認した俺は両手で頭を抱え込んだ。


俺の名前は、戸倉英治(とくらえいじ)


25歳で、仕事はホテルのフロント係をしている。

月給は、手取りで約18万円。

決して多い額じゃないが、契約社員の身だから文句は言えない。

一人暮らしだから、普通に暮らしていれば何の問題もない。


そう。

普通に、しっかりと計画を立ててお金を使っていれば……ね。


「あ~! 給料日まであと10日! こんな残金でどうやって暮らしていけばいいんだよ!」


俺は、おもいっきりテーブルを叩き、怒りをぶちまけた。

今の財布の中身は3200円。

給料日まで残りは10日。

ということは、1日、320円しか使えない。

だが、職場までは定期があるので、交通費はゼロ。

すなわち、食費に320円を丸ごと使えることができる。


ん?

1日で320円?


「い、いける! 可能だ!」


俺に、光明が差し込んできた。

勤務は、朝8時から夕方5時まで。

昼は食事手当てが出るので、従業員食堂で無料で食べることができる。

朝は、食パン1枚と牛乳1杯ですませるとして、夜はだいたい250円ぐらいなら使っても問題ない。


そうだ!

牛丼屋の並盛りなら250円ぴったりだ!


「か、完璧だ! 毎日、牛丼に決定だ!」


この瞬間、俺の残り10日間の生き方が決定した。



――数日後。



今日は木曜日。

仕事は休み。


「ハァ……困った……」


俺はいきなり問題に直面してしまった。


そう。

勤務がない場合、当然ながら昼食は自腹。

早くも予定外の出費が出ることになってしまった。


「こればっかりはしょうがないか……」


俺はスーパーで買ってきた激安のカップラーメンを持ち、足どり重く玄関を開けた。


――すると。



「いや~ん、お帰りなちゃ~い」


え?


「早く中に入りなさいよ~。カモ~ン!」



バタン!――



俺は慌ててドアを閉めた。


何だ!?

何だ、今のは!?

確実に、俺の部屋に誰かいたぞ!


俺はもう一度、表札を確認。

『戸倉』と書かれている。


間違いない。

やっぱり、俺の部屋だ。


「だ、誰なんだ……?」


俺はゆっくりと、もう一度ドアを開けた。

するとそこには、


「おげんこ~」


中世の貴族のような派手な服を着て、カールのかかった綺麗な金髪の男が、笑顔で手を振りながら立っていた。


「だ、誰……?」


俺は震える声で尋ねた。


「お、俺の部屋で何をしているんだ……?」

「ん? あたし?」


金髪の男は、かわいこぶりっこをしながら言った。


「まあ、ぶっちゃけて言うと、幽霊って感じかしらん。いや~ん、ちょ~恥ずかしい~」

「ゆ、幽霊……?」



…………へ?



俺の頭には、無数のクエスチョンマークが浮かんだ。

き、聞きたいことがありすぎる。

何から、何から聞けばいいんだ。


「えっと……」


とりあえず俺は、この質問から始めた。


「幽霊ってことは、死んでるってことですよね?」

「やだ~、当たり前じゃない~、ユーって、面白いこと言うわね~」

「で、ですよね。それと……」


俺はもう一つ尋ねた。


「あなた……男ですか?」

「いや~ん、そんなの聞かないで~、ほっぺた、まっかっかにほてる~!」

「ハ、ハハ……」

「恥ずい~~~~!!」

「ハ、ハハ……」



…………



……なっ!



なんだ、こいつはぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!



俺は目を見開いたまま固まってしまった。


そいつは、自分のことを幽霊だと言っている。

しかも、貴族の格好をしていて、オカマちゃんというおまけつき。



濃すぎる!

キャラが濃すぎるぞ!



「あ、あの」


俺は目を泳がせながら尋ねた。


「それで……なんで僕の部屋に?」

「実はねぇ~」


幽霊はモジモジしながら言った。


「あなた、3年前にフィンランドに来たでしょ?」

「あぁ、は、はい」


確かに、俺はフィンランドに行ったことがある。

大学の卒業旅行だ。



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