第32話 玲弥の頼み事

 次の日の朝、三人は最後の村の家に集まり外に出た。


 村長は既に待っていた。


 そして昨日の家の前まで連れていき


「それでは開けますぞ。よろしいですかな」


 と言った。


 三人が頷くと村長はゆっくりと扉を開けた。


 扉の向こうの風景は、果てしなく広い野原の真ん中に道が一本続いていた。


 三人は顔を見合わせ、頷いて扉の中へ入った。


 そして後ろを振り向くと扉は消えていた。


 目の前の道は地平線まで続いていた。


 地平線まで飛んでみようというセンタの提案で、三人は地平線まで飛んだが風景は一向に変わってはいなかった。


 そして何度か同じことを繰り返したあと、三人は飛ぶのを止め歩き始めた。


 そして何歩か歩いた時、まわりの風景が急に変わった。


 そこはどこかの小学校のようだった。


 子供たちは校庭で遊び笑い声や歓声が響いていた。


 歩いていくに従ってそれは変わっていった。


 教室で学ぶ子供達や校庭で遊ぶ子供達が段々と成長し、中学生になり高校生になっていった。


 その間に学校以外の場所やどこかの家での出来事が混ざり合い次々と流れていった。


 その中には祭壇の横に並んで座り弔問客の挨拶を受けるシーンもあった。


 そして最後に坂道を下る景色からドン!という大きな音と共に景色は消え、目の前には扉があった。


 三人は扉を開けて中に入った。


 そこは真っ白い部屋だった。


 壁一面には今まで通り過ぎてきた村の様子が場面を変えながら全て映し出されていた。


 部屋の真ん中には少年が立っていた。


「やっと来てくれたんだね」


 少年が言った。


 歳はセンタと同じくらいだろうか。端正な顔立ちで唇が妙に赤かった。


「色々聞きたいことがあると思う。とりあえず座って」


 彼がそう言うと目の前にテーブルと椅子が現れた。


 三人は彼と向かい合って座った。


「僕から話しましょうか?それとも……」


「いくつか質問させてほしい。それから君の話を聞こう。まず、君が魔王なのかい?」


 あつしが言った。


「当然な疑問だよね。この世界には魔王はいないよ」


「ふむ。じゃあ、名前と歳を教えてもらえないかな」


「名前は千藤玲弥。歳は十五歳」


「じゃあ、センタと同じ高一だな」


「そうなるね」


「それじゃ、なぜこんな世界を作って、僕達をここに連れてきたのか。目的を聞かせてもらおうかな」


「もちろん。それを聞いてもらうために苦労してこんな世界を作ったんだ」


 彼は壁の画面を指し示し話し出した。


 僕は埼玉で生まれて別に何の苦労もなく育ってきた。


 中学生まではね。


 中学二年の時に父親が事故でなくなった。


 僕は一人っ子だったからそれからは母親と二人で暮らしてきたんだ。


 父が死んでも母は別に生活には困らなかったみたいだ。


 父の実家も母の実家も資産家だったし保険金もかなり出たらしい。詳しくは知らないがね。


 ともかく、父が亡くなってから僕は母と二人で暮らしてきた。


 そして高校一年生の夏休みに母親と些細なことで喧嘩をしたんだ。


 僕は家を飛び出して自転車で走った。


 どこへ行こうというあてもなかったが家を出て気を紛らわしたかった。


 そして坂道を下って交差点を渡ろうとした時に何かにぶつかると同時に大きな音がした。


 僕は宙を舞い地面に落ちてから気を失ったんだ。


 多分車にぶつかったんだと思う。


 そこまで聞いた時にあつしが


「なるほど。ここへ来るまでに僕達が見たのは君の思い出だったというわけか」


 と言った。


「そうだよ。これから会うのが魔王じゃないと気づいてもらわないと。部屋に入っていきなり刀を振り回されると面倒だからね」


「ふむ。続きを聞こう」


 気がついたら僕は何も無い場所に一人でいた。


 本当に何も無い場所だった。


 最初のうちは周りの色が真っ赤だったがそれが段々と消えていくと今度は暗闇になった。


 長い間暗闇にいるうちに僕は色んな事を想像するようになった。


 その中で特に面白かったのが魔物のいる世界だったんだ。


 僕は魔物に性格や強さを与えて魔物同士を戦わせて遊んでいた。


 そのうち僕が意識しないでも魔物達は勝手に動くようになっていた。


 僕はそれから夢中でこの遊びに没頭したよ。


 村を作って色々な村人も作り出した。


 村人には性格を与えておいたから彼らも勝手に生活を始めた。


 それから勇者というキャラクターを作って彼らが魔物を退治するのを見ていた。


 そしてある時おかしなことに気がついた。


 僕が作ったはずのない人物が魔物を退治しているのを見たんだ。


 僕はその人物をずっと追いかけて観察した。


 そしたら彼はしばらくして消えていなくなった。


 そしてまた次の日に現れて魔物を退治していた。


 でも、数日して彼は現れなくなった。


 それからはたまにそういう者が現れるようになった。


 でも、ずっといるわけじゃない。


 僕は不思議に思ったよ。彼らは誰なんだろうかって。


 そして考えた末に出た結論が、現実の世界で生活している人が何かの拍子で僕の世界に入って来たのかもしれないという事だった。


 それを確かめるために僕は、同年代くらいの者が来た時にピカチュウを出してみたんだ。


 そしたら彼はその付近にポケストップがないか探し始めた。


 僕が彼のそばにポケストップを出してやったら彼はその真ん中をスワイプした。


 しかし僕が何も出さないでいると彼は首をひねりながら何度もスワイプしていたが最後には諦めて消えていった。


 それで僕は確信したんだ。


 この世界に現実の人が来るんだとね。


 そして真っ先に思ったのがお母さんに会えないだろうかということだった。


 この世界に来る条件が合えばお母さんも来ることが出来るかもしれない。


 しかしその条件が何なのかがさっぱり分からないしお母さんと連絡を取らなくちゃいけない。


 僕はともかくお母さんと連絡を取ろうと思った。


 そして現実からこの世界に来た人に話しかけてお願いしたんだ。


 僕の母親と会って僕の事を伝えて欲しいとね。


 しかし誰も本気にはしなかった。


 そりゃ無理もないだろうと思ったよ。


 夢のような世界で頼まれ事をされたって誰も本気にはしないってさ。


 だから僕はこの世界をゲームに作り替えたんだ。


 ここが現実の世界ではないと分かっても、最後までゲームを続ける人なら僕の話を信じて頼まれてくれるかもしれないと思ってね。


 ずっと待ってたんだよ。もう諦めかけていた。でも君たちが来てくれた。


 彼はそこで話を止めた。


「なるほど。僕がこの世界は誰かが何かの目的のために作ったと思ったのは当たっていたわけだ。それで君は僕達にお母さんと会って欲しいと言うんだね」


「うん。勝手なお願いだということは分かっている。でも頼るのは君たちしかいないんだ」


 あつしは腕組みをしてじっと考えていた。


 その時凪沙が言った。


「ねぇ、やってあげよ?お母さんに会わせてあげようよ。ね、センタくん」


「うん。俺もそう思う」


「俺はやらないとは言ってないよ。まずは彼のお母さんに会ってみなくちゃいけない。彼がどうなっているのか。ひょっとしたら死んでるのかもしれないし」


「死んでいたら僕はここにはいないと思う。はっきりとは分からないけどね」


「うん。それはあくまで可能性として話だがね。君は住んでいた住所は覚えているんだろうね」


「うん。覚えてるよ」


「それじゃ、お母さんに会うのは簡単だ。難しいのはこの話をどうやってお母さんに信じてもらうかだ。そしてお母さんをどうやってここへ連れてくるかだ」


 それから長い間、玲弥を交えてセンタたちは、四人でその方法をずっと話し合っていた。

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