32. お父さんの秘密

「な……なんなのよ」


 私は唇を震わせた。


「みんなして、お父さんの味方なのね」


 こんなところにはいられない。

 私はリビングから出て行こうとした。だけど、お父さんに肩を引かれ、止められた。


「茜、待ちなさい。今日は茜のお祝いだ。邪魔なのは私だろう」

「え」

「私が出て行くよ」


 お父さんは寂しそうに笑って、私の代わりにリビングを出ていこうとする。私は思わず追いかけていた。


「ま、待って……」


 お父さんの腕を掴む。だが、お父さんは歩みを止めず、手が解けてしまった。


「あ……」


 それ以上動くことができなかった。お父さんが靴を履き替え、家から出ていくのをただ黙って見ていた。

 扉が閉まっても、私はそこに突っ立っていた。

 どうしたらいいのか、わからなかった。

 お父さんを傷つけた。あんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

 あんなこと言うべきじゃなかった。私は何歳になっても子供で、バカなんだ。全然成長できてない。

 涙がこぼれた。

 頬を伝って、それでも止まることなく次から次へとあふれていく。


 私はその場にうずくまった。

 目が熱い。頬も熱い。

 崇さんがせっかく私を止めようとしてくれていたのに、私はそんなことにも気づけなかった。

 なんて未熟なんだろう。やってしまってから気づくなんて、本当にバカだ。


 私は変わりたい。そう思うのに、どうすればいいかわからなくて、動けない私はどうしようもない人間なのか。

 どうしたらいいんだろう。

 その時、頭をそっと撫でられた。


「悪りぃ」


 崇さんの声だ。

 鼻水垂らした顔をあげると「なんて顔をしてるんだ」と崇さんが笑う。

 崇さんは私の横で中腰になって、私を覗きこんだ。


「止めようと必死でつい殴っちまった」


 すまんと頭を下げる崇さんに、私は首を横に振った。


「止めてもらえて、よかった。でないと、あれ以上、ひどいことを言って、いたかもしれない」


 泣いているせいでうまく喋れなくて、途切れ途切れに返す。


「あああ、痛むだろ。頭は振るな」


 崇さんは私の頭に手をあて、動きを止めさせると、じっと頬を見る。

 ひどい顔を見られるのが恥ずかしくて、少し俯きながら鼻水を必死にすすった。


「手加減はしたつもりなんだが、赤くなってしまったな。とりあえず、コレで冷やして。ちょっと待ってろ」


 崇さんがハンカチで包んだ保冷剤を私に渡して、リビングへ戻ろうとした。


「ティッシュなら持って来たわよ」


 今度は真衣の声が後ろからかかり、「はい」とティッシュの箱を差し出された。


「ありが、とう」


 受け取ると、遠慮なく鼻をかみ、目も拭いた。まだ涙は止まっていないけど、さっきよりは落ち着いてきている。

 保冷材は頬に当てるとひんやりして気持ちいい。


「親父さんを追いかけて、と言いたいところだが、先に茜に見てもらいたいものがあるんだ」

「え?」

「たぶん見てもらった方が親父さんの気持ちが伝わると思う」


 崇さんは上を指差した。2階だ。2階に何があるのか。

 お父さんを傷つけたことはわかっているけど、正直なところ、お父さんが私をどう思っているのか、よくわからないままだ。

 私は腰を上げた。


「崇さん、教えてください」


 片手で保冷材を押さえ、もう片手でティッシュの箱を持ちながら、崇さんについて真衣と一緒に階段を上り、お父さんの部屋の前に着いた。


「ここ?」

「ああ」


 崇さんは扉を開ける。


「って、勝手に入っていいの?」


 お父さんはあまり家にいないので、鍵がかかっていないならいつでも入れたのかもしれない。だけど、私は入ったことがなかった。

 勝手に人の部屋を漁るなんていけない気がして、扉を閉めたままにしていた。部屋の中がどうなっているのかもよく知らない。


「いいか悪いかで言ったら、そりゃ勝手に部屋に入られるのは不愉快かもしれないけど」

「じゃあ、ダメじゃない!」

「でも、オレは掃除で定期的に入ってるから、見られて困るものがあるわけじゃないだろう。気になるなら親父さんには秘密で」

「え、えええっ……」


 それでいいのか。

 今から暴くものが、お父さんの部屋から持ち出されずに保管されているなら、もしかして私には見せたくないものなのでは?

 そんな考えが頭によぎる。


「茜」


 肩を叩かれ、真衣を見る。


「崇さんが見てもらいたいって言うものがここにあるわけだし、とりあえず見てみようよ」

「うん……」


 迷いながらも崇さんのあとに続いた。真衣も入ってくる。

 崇さんが明かりを点け、部屋の様子がわかる。

 お父さんは几帳面な人かと思っていたけど、部屋は意外と乱雑だった。スーツやYシャツが何着か出しっぱなしで、壁に掛けられている。コートもある。普段着は折りたたんで部屋の隅に置かれていた。


 崇さんはクローゼットのそばに立つと「扉を開けてみな」と親指でクローゼットを指し示した。

 クローゼットがあるのに、どうしてスーツを外に出したままなんだろう。そうは見えないけど、横着な性格なの?


 疑問はすぐに解けた。

 クローゼットの中は、赤、黄、ピンクなどのたくさんの包みで埋め尽くされていた。

 どれもラッピングされているようで、プレゼントの品……なのだろか。

 一体、何個あるのだろう。

 包みの上に鞄くらいなら置けるかもしれないけど、服を置く場所はなく、なんだか異様な光景だった。

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