33. 12年分の想い
「何、これ……」
一つを取り出し、手に取ってみる。すると、プレゼントらしき山が私に向かって倒れてきた。
「え、きゃあ!」
何個か受け止め、崩れるのを止めようとしたが、見事に崩れてしまった。
周りを確認すると、クローゼットの中に少し残し、残りはクローゼットの前や少し離れた場所まで散乱している。
私は手に持っている包みを見た。それはピンクの花模様の包装紙に、赤い花の形をしたリボンが付いている。
もうひとつは、緑色の無地の包装紙に赤いリボンだ。
クローゼットの中の包みも一つ取ると、それは薄茶に変色しているけど、元は白かったのだろう包装紙だった。赤いインクでピエロの絵が描かれ、ピンクのリボンが巻かれている。
他の落ちている包みも、カラフルな包装紙にリボンや花などが付いていて、プレゼントで間違いないとわかった。
「茜。これって、もしかして……」
私の横に座り込んで包みを眺めた真衣が呟く。その続きは私にも想像できた。
「グラグラで危ないなぁとは思ってたけど、崩れちまったか」
崇さんが離れた位置に転がった包みを拾い上げ、私に渡す。
「オレも親父さんに確認したわけじゃないし、たぶんだけど、ラッピングの可愛さを見てると想像が付くんだ。茜、数えてみなよ」
「う、うん……」
一つ一つ並べながら数えていく。
数えるにつれ、予測が確信に変わっていく。
全部で24個あった。
私はプレゼントの前でへたり込んだ。
お母さんが亡くなったのは4歳のときと聞いている。
その次の年、5歳、6歳と指折り数え、去年の16歳で12個。かける2をして24個。
今年の分は、一つがリビングに、もう一つはどこか別の場所?
「オレの想像通りか?」
覗き込む崇さんを、私は呆然と見上げた。
「合ってると思う……。お母さんが亡くなってからの、誕生日とクリスマスのプレゼント」
24個。1年に2個ずつで、12年分。
一般的にプレゼントというと、誕生日とクリスマスだ。それに、包みの半分ほどはクリスマスカラーだった。
お祝いがほぼ同じ日であれば、まとめて一つで済ます人もいるのに、お父さんはわざわざ2個ずつ用意してくれていた。
崇さんもしゃがみ込んで、包みを眺めた。
「親父さんって本当に不器用だよな」
「ああ、確かにね」
真衣は苦笑するように同意した。
「不器用……?」
そういえば、前にも崇さんはお父さんのことを不器用と言っていた。私はお父さんのことをそんな風に感じたことがない。
でも、私はお父さんがどんな人なのか知らないのだ。不器用であるかどうかなんて、知らない。
崇さんは私の目を見て、笑った。
「過労で倒れるくらいだし、仕事が忙しかったのも本当なんだろう。でも、帰れず渡しそびれて。茜と向き合う時間もなかったから、どうすればいいのか、わからなくなったんじゃないか」
「それ……私みたい……」
止まっていた涙が再びポロッとこぼれる。
私も混乱してしまうのか、すぐに何をどうしたらいいのかわからなくなる。まさかこんなところに、親子の共通点があるなんて思わなかった。
「茜とおじさんって、そういうところそっくりだよね。このプレゼントも、渡せないうちに、もっと渡せなくなっちゃったんじゃないかな。それでも、捨てることはできなくて、大事にしていた。それがきっと茜への気持ちなんだよ。ずっと茜が大事で、忘れたことなんてなかったはず」
「真衣……」
隣にいる真衣を確認しようと思うのに、視界がぼやける。
オーナメントが初めてのプレゼントじゃなかった。さっきのプレゼントも初めての誕生日プレゼントじゃなかった。昨日帰れなかったから、私の機嫌を取るために慌てて買ったわけでもなかった。
考えなくてもわかることだ。パーティーの準備なんて、半日かそこらでできることじゃない。きっと前から、この日にやろうと打ち合わせていたはず。
それなのに、私はそんなことも見えなくなっていた。
真衣が私の背中を優しく叩く。その手から励ましの気持ちが伝わり、心が震えた。
二人から勇気を分けてもらっている。
「私、お父さんを探しに行く」
それは自然と出た答えだった。
まだ私にだって変わるチャンスはある。できることはある。このまま何もせずに今日を終えることはできない。
目元を拭って、立ち上がった。崇さんも立ち上がり、時計を見た。
「8時か。親父さんも、こんな時間に電車で遠くまで移動はしないと思うし、この辺りにいそうだよな。女の子一人じゃ危ないし、オレも一緒に探すよ」
「うーん、じゃあ私はここで待って連絡係かな? おじさんが帰ってきたら、携帯で電話するよ」
当たり前のように提案する二人に、私はまたもや泣きそうになった。さっきから涙腺が崩壊してばかりだ。
「ああ、ほら。泣いてたって進まないから」
いつの間にか放り出していたティッシュの箱を崇さんが拾い、私に差し出す。何枚か引き出すと、私は再び鼻をかんで、頭を下げた。
「二人とも、ありがとう。よろしくお願いします」
☆
崇さんと一緒に、家を飛び出した。
「どっちだろう」
左右を向いて、私は勘で左に走った。
走りながら辺りを見回すが、それらしい姿がない。時々、帰宅する人とすれ違うくらいだ。
崇さんは走りながらも、お父さんに電話をかけている。だけど、何度コールしても出ないようだ。
もしかしたら携帯を持たずに家を出たのかもしれない。
私は今更ながらに、お父さんの電話番号を知らないことを後悔していた。知らないから、自分で電話をかけることができない。
お父さんに用事なんてないし、必要ないと思っていた。お父さんは私の携帯の契約をしていて、私の番号を知っているのだから、何かあればそれで事足りるだろうと思っていた。
向き合おうとしていなかったのはお父さんじゃない。私だ。
そんな事実に気づいた。
「どこに行ったの」
こっちで合っているのか。見当違いな場所を探しているのかもしれない。
お父さんが普段、会社以外ではどういうところに行くのか知らない。こういうとき、お父さんがどこに行くのか想像できない。
お父さんにはお父さんの想いがあるとか、プライベートがあるとか、そういうことを今まで一切想像したこともなかった。お父さんはお父さんという認識だけ。
ずっと走っていて、息が切れて胸が苦しい。
もしかしたら、もっと遠くに行ったのかもしれない。
それでも、私は諦めたくなかった。走ることをやめると、諦めることになりそうで怖くて、私は走り続けた。
崇さんもそれに付き合ってくれる。
静かな住宅街に私たちの息づかいと足音が響いていた。
どのくらい走ったのか。私はふと、景色に見覚えがあると気づいた。
あまり馴染みのない場所まで来たはずなのに、街並みに微かに覚えがある。
たぶん全てを知っているのではない。おぼろげな記憶から変わっているところもある。
それでも、既視感があった。
一体、いつ――。
考えたところで、お母さんとお父さんの笑顔が脳裏に浮かんだ。今より若いころの二人と私がどこかの公園で遊んでいる。
お母さんとの思い出なんて残ってないと思っていたのに、記憶の奥底に眠っていたことに驚く。
「崇さん。この近くに小さな公園があるはずなんです。幼い頃、お母さんやお父さんと遊びに来た公園だと思います」
走りながら崇さんを見ると、崇さんはハッとした。
「公園ならベンチがある」
「あっ、そっか。もしかしたら、そこにお父さんが……」
そんな偶然があるわけない。それでも、私たちはおぼろげな記憶を頼りに公園へ足を向けた。
やがて、暗がりの中で、ゾウさんの形をした滑り台やシーソーが見えてきた。
あそこだ。
お父さんは?
遊具から視線を外し、公園の隅々を確認した。
「いた……!」
お父さんらしき人影が公園の隅にあるベンチに座っていた。ぼーっと空を眺めているように見える。
スピードを上げて公園の入り口まで走ると、一旦立ち止まり、息を整えた。
「崇さん、私、行ってきます。崇さんはここで待っててくれますか」
「ああ、二人でしっかり話してこい」
崇さんは力強くうなずく。私は彼にお礼を言った。
そして、お父さんを見る。
公園には明かりがなく暗いけど、ここまで来ると、お父さんで間違いないことは確認できた。
探したいと思ってここまで来た。でも、何を伝えたいのか明確な形にはなっていない。
それでも、私は公園に足を踏み入れた。ジャリッと砂を踏む音が響き、お父さんがこちらを向く。
「茜……」
目が合った。暗くて明確には見えないけど、確かに目が合った。
だけど、お父さんはすぐに目をそらし立ち上がる。
「行かないで!」
お父さんの元へ走り寄り、腕を掴んだ。
今度こそ、絶対に離さない。手に力をこめる。
「お父さん、ごめん……なさい」
頭で考えるより早く、言葉が出ていた。
「茜?」
お父さんの声は穏やかで、しかし、少し混乱している響きがあった。
「私、お父さんのことを何もわかってなかった」
お父さんの目を見つめる。お父さんの目は戸惑うように左右に揺れている。
「お父さんは私のために働いて、私のためにプレゼントを用意して。私のことを考えてくれていたのに、私はそれに気づいてなかった。自分一人が不幸だと思い込んで、自分勝手で我が儘で、小さな子供みたいに癇癪を起こしていたの」
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