30. クリスマスケーキ
「あ、でも、そっか……そうだよね」
驚いた声を出してすぐ、私は気づく。言われてみれば、そうだ。
クリスマスパーティーに参加するなら、みんなとどこかでお昼を食べて、そのままパーティーの可能性が十分にある。
少し離れたところに住んでいる子もいるし、家に帰ってからもう一度学校の近辺で集まるのは手間だからだ。
私は不参加だからいいとして、不参加の私と一緒に帰っていること自体がおかしかったのだ。
佐藤さんたちから助けだすために、真衣に「帰ろう」と声をかけた。だけど、真衣がクリスマスパーティーに参加するなら、教室を出てすぐに別れて、真衣はパーティーに参加する別の友だちのところへ向かっても良かったのだ。
「ちょっと用事ができちゃって」
「用事って、なんの?」
尋ねながら、大園さんの最後の反応の理由に思い当たる。私が一緒に帰ろうと誘ったから、私との用事で断ったと、佐藤さんや大園さんは誤解したのかもしれない。
道理で私が睨まれていたわけだ。大園さんの中では『私のせい』ということになっているのだろう。
でも、私は帰宅して昼ご飯を食べたら、夜までバイトだ。真衣との約束なんてなく、私は関係ない。
真衣が喧嘩してまで優先させるなら、とても大事な用事なんだろう。でも、それが何なのか、ちっとも想像がつかない。
真衣は唇に人差し指をあて「ふふ、内緒」と笑う。
親友の私にも言えないことなんだ、と少し寂しさを感じてしまう。
気分はスッキリしないけど、あまり詮索するのもどうかと思って、それ以上は訊かなかった。
真衣とは家の前で別れて、帰宅後、お昼を取り出すために冷蔵庫を開け確認した。
「やっぱり少ない」
朝に気付いた料理の数だ。タッパーを取り出し数えてみたけど、明日には食べきってしまう数しかない。
どういうことだろう。
崇さんがこんな初歩的なミスをするなんて思えない。家政夫の仕事を始めたばかりならともかく、慣れてきた今頃にだなんて、不自然に思える。私の考えすぎだろうか。
今井さんはまだ休暇中なので相談できないし、やはりここは崇さんに連絡を取るべきか。
ただ、終業式の間に校長先生の話をろくに聞かず、ご飯が足りない場合はどうするのか考えてはいた。その結果、崇さんに連絡を取るのも躊躇ってしまう。
崇さんは契約を終えたのだ。
昨日、崇さんが帰る前に作り置きの料理が足りているのか、きちんと確認していれば、仕事の時間内に対応してもらえたのだ。
崇さんの不手際というよりは、私の確認不足が悪かったとも言える。
温めた昼食を食べながらも考え、仕方ないと結論づけた。
簡単なものなら私も作れるようになったんだから、足りない分は自分で作ればいい。
バイトが忙しくて作る余裕がなければ、コンビニかスーパーでお弁当を買えばいい。1日かそこらのことだ。きっとどうにかなる。
崇さんに教わったことが、まさかこんなに早く役立つとは思わなかったけれど。
食器を洗うと、出かける準備をして、バイト先へ向かった。
☆
クリスマスイブのバイトはとにかく忙しかった。
我が家ではクリスマスケーキなんて買わないから、クリスマスのケーキ屋さんというものを知らなかったんだけど、想像以上だ。
日頃から人気のあるケーキ屋さんなので、ここらのお店の中では特に混んでいたのかもしれない。
臨時バイトの女性が3人も入っていたので、辛うじて手が足りないということはなかったけれど、ひっきりなしにお客さんがいらっしゃるので、常に動いていた。
予約のクリスマスケーキのお客さんだけならば、ケーキを手渡し、お金を受け取るだけなので多少はスムーズだろう。
けれど、うちの店は予約外のホールケーキやカットケーキも置いている。
意外とカットケーキを買っていくお客さんも多くて、少し注文がややこしくなる。間違えないように気をつかいながらで、閉店する頃には肉体的な疲れと気疲れでぐったりしていた。
それでも、何とか今日の営業を終えた。
「足がパンパンだよ……」
「私も」
臨時バイトの人たちがこそこそ言っているのを聞いて、内心でものすごく同意していた。
今夜は足に湿布を貼って寝た方がいいかもしれない。何もしないと、確実に足の痛みや疲れを明日に持ち越す。
節々が痛む体で何とか片付けを終えると、私は「お疲れさまでした」と早々に帰ることにした。
早く家に帰って、ぐっすり眠りたい。疲れすぎてお腹も空いていないので、ご飯も食べずにベッドへ直行したい。
「あ、桂木」
「はい?」
裏口に向かおうとした私は足を止めた。店長を振り返ると、何やらこそこそ手招きをされる。
こそこそと言っても、店長は体が大きいので、全然隠せていないのだけども。
店長の元へ寄ると、他のバイトさんたちは私たちに挨拶をして先に帰っていった。私も「お疲れさまです」と皆さんに頭を下げると、店長に向き直った。
「なんですか。店長」
「ん、これ」
店長が私に箱を差し出す。それはケーキの箱だ。
「え」
考えるよりも先に、受け取ってしまう。
「なんですか、これ」
「みんなで食べてくれ」
「みんなでって言われましても……」
一体、誰と?
お父さんは、未だに甘いものが好きかさえ知らないままだ。例え好きだったとしても、昨日の今日で一緒に食べる気分にはなれなかった。
真衣と食べたいけど、クリスマスパーティーを断るくらいの大事な用事があるのだ。帰宅が遅くなる可能性もあるかもしれない。
それに、鈴木家もクリスマスケーキを用意しているはずだ。
崇さんは……無理だ。会いたいけど、仕事は終わったのに個人的に呼び出すことなんて、私にはできない。
結局、ケーキを一緒に食べる相手なんて思いつかなかった。
だいたい、私はクリスマスなんてしたくないのだ。クリスマスケーキなんて不要だ。
「店長、困ります」
私はケーキの箱を突き返そうとした。店長は受け取ってくれない。
「桂木が持って帰らなきゃ、傷んでしまうだけだ。食べられないなら捨ててもいい」
「ずるいです……」
さすがに、店長が作ってくれたものを捨てられるわけがなかった。
美味しいからというのもあるけど、店長が心をこめて作っている姿をバイトの合間に見ているのだ。
これはクリスマスケーキじゃなくて、ただのケーキだ。そう暗示をかけて、一人でやけ食いでもするか。
私はお礼を言って、店をあとにした。
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