23. 勇気がない
木曜日。明日のご飯を作ることにしたけれど、そのことをお父さんに言いそびれたまま、私は学校にいた。
明日は23日、天皇誕生日だ。
過労で倒れたばかりなのだから、祝日は仕事へ行かずに家にいるだろう。言わなくても大丈夫だとは思う。
とはいえ、万が一ということがある。言っておくに越したことはない。
そうは思うけど、今までまともに会話をしたことがない関係だから、話を切り出すことにものすごく緊張する。で、話しそびれるんだ。
お父さんにどう切りだせばいいのか、お昼のときに真衣に相談したい。
ところが、4限目の終わるチャイムが鳴ってすぐに立ち上がった真衣は、佐藤さんと大園さんに捕まってしまった。
私は鞄からお弁当を取り出して待っていたが、10分たっても話は終わらないようだ。
どうしよう。
ため息が漏れる。
真衣とは毎日一緒にお昼を食べる約束をしているのだから、真衣の元へ行って「ご飯にしよう」と声をかければいい。
それなのに、他の人と楽しそうに笑っている真衣を見ると、このままでいいのではないかと思えてくる。
真衣だって、幼なじみのよしみで親しい振りをしてるだけで、私のことなんて本当は友だちと思っていないかもしれない。
バカな考えだ。
真衣はそんな子じゃないと冷静に考えている自分もいるのに、どうしてだか感情の制御ができなくて、ネガティブな思いに捉われる。
そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
こんな醜い私に友だちがいないのは当然だ。
私は一人で席を立つと、真衣に何も告げずに教室を出た。
どこに行こうかと考えて、中庭に行くことにした。
お弁当は持ってきている。植物でも眺めながら食べたら、ささくれ立った心が癒されるかもしれない。
中庭へは、1階にある渡り廊下から出られる。
廊下と言っても、花壇など一部を除き、中庭や屋外の多くはコンクリートの床となっていて、廊下と外の区別はほとんどない。校舎と校舎を繋ぐ部分にだけ簡易の屋根がかけられていて、一応その下が渡り廊下ということになっている。
屋根の下から道をそれると、近くにある中庭へ通じているのだ。
私は渡り廊下に出る扉を開けた瞬間、後悔した。
「さ、寒い……」
一人だと言うのに、思わず声が出る。目の前が息で白く染まる。
コートを持たずに出た外は寒すぎだった。
雪はまだ一度も降っていないけど、空を見上げると、いつ降り出してもおかしくない曇り空だ。
空一面が灰色の雲に覆われていて、切れ間はない。
とりあえず足を踏み出してみたけど、寒くて寒くて堪らない。
どうしよう、戻ろうかな。
立ち止まって、辺りを見回す。誰もいない。
当然だ。
誰がこんな寒い中、外で食べるんだ。
でも、今更、教室には戻れない。
真衣はきっと佐藤さんたちとご飯を食べているだろう。私が一人で消えたことを怒っているかもしれない。
真衣のそばで、一人でお弁当を広げる勇気はない。佐藤さんたちとは親しくないので、私も一緒に食べるなんてことはもっと無理だ。
学食を利用しないのに、混んでる食堂で一人でお弁当を広げることも私にはできない。
他に食べる場所も思いつかない。
どんなに寒くても、外で食べるしかない。
決めて、私は再び歩き出した。
もう少し歩くと、花壇の前にベンチがいくつかある。そこで食べよう。
そう思ったとき、後ろから走ってくるような足音が響いた。
肩を掴まれる。
突然のことに驚き、声が出ない。
「やっと見つけた」
それは真衣の声だった。
振り向くと、膝に手を当てた真衣が荒げた息を整えていた。
「真衣、なんでここに……」
「なんでって、一緒にお昼食べようって約束している友だちが黙って出ていったら、心配になって探すでしょ!」
真衣は体を起こすと、私の顔の前に怒った顔を突き出した。
その反応は想定していなかった。
「心配……してくれたんだ」
「当たり前じゃない。それとも、茜は私のこと、友だちって思ってないの? 親友って思ってるのは私だけ?」
私は慌てて首を横に振った。
自信を持って親友と公言できない私だけど、そう思っているのが私だけじゃないとわかって嬉しい。
「ちょっと、怒ってるのに何を笑ってるのよ」
そう言われて初めて、自分が笑っていることに気づいた。
緩んだ頬に手をあてる。
「親友って思ってるのが私だけじゃないってわかって、嬉しくて」
いつもならこんなことを素直に言えない。
でも、私は変わりたいんだ。
素直になれない自分はもう嫌だと思っていて、真衣にもお父さんにももっと素直になりたい。
真衣は呆気に取られたような顔をした後、笑った。
「それならいいのよ。それより、ここは寒すぎ! もっと暖かいところで食べようよ」
「う、うん。でも、どこで?」
真衣は少し考え、笑った。
「私、いいところを知ってる。こっち」
私の手を引いて歩く。
やがてベンチが見えてくる。
中庭だ。
中庭に面した教室の一つに、中庭側にドアのある教室がある。
真衣はそのドアをノックもなしで開けた。普通の教室は中庭側にドアなんてないので、ここは何の教室だろう。
「せんせー、ここでお昼を食べさせてー」
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