22. 仲間はずれの星

 どうして星は頂点にただ一つあるだけなんだろう。特別扱いするのだろうか。

 家ではツリーを飾った記憶なんてないけど、鈴木家やお店で見かけたときに、星がまるで仲間外れのように見えて、私みたいだと思っていたのだ。

 真衣が隣にいても、ひとりぼっちに感じる私みたいだ、と。


「それが欲しいのか」


 崇さんは私の後ろから覗き込んだ。


「いえ――」

「買ってやるよ」

「えっ」


 どうしてそうなる?

 私は振り向いて、崇さんの顔を見た。

 崇さんはなぜか気まずそうな顔をしていて、私は眉を寄せた。


「崇さんに買ってもらう理由がありません」


 食事は崇さんが強引に連れてきたのだからと甘えてしまったけど、恋人でなければ友達でもないのに、ここまでしてもらうのは変だ。きっぱりと断る。


「クリスマスプレゼントってことで」

「いりません」


 オーナメントを元の位置に戻そうとした。すると、崇さんが私の手から取り上げる。


「あっ、ちょっと!」


 手を伸ばすけど、崇さんは私には届かない向こうにやる。


「いいから、いいから。気にすんなって」

「本当にいりませんから! ただ……ただ、私みたいだなって思っただけです!」

「は? 茜みたい?」


 崇さんは「意味がわからない」というようにきょとんとしていた。

 言ってから、こんな風に思うのは私だけかもしれない、と恥ずかしくなって、モゴモゴと小声で言った。


「だって、ツリーの星って上に一つあるだけですよね。他のオーナメントは同じのが何個もあったりするのに、まるで星だけ仲間外れにされてるみたいじゃないですか」


 崇さんは一拍おいたあと、ブッと笑いだす。

 これって笑われるようなことだっただろうか。

 思わず唇を尖らせてしまう。


「そんなに笑わなくても」

「悪い。でも、茜が可愛いこと言うから、つい」

「か、可愛い?」


 何を言い出すのだ、と動揺してしまう。異性から可愛いなんて言われたことがないので、顔が赤くなってないか心配になる。


「確かに、てっぺんの星はそれだけの特別な意味があるらしいけど……茜、これはなんだ」


 崇さんは近くにあった星のオーナメントを私に差し出す。さっきのものとは違う星だ。


「星?」


 それ以外の意味があるのか。

 手に取ってよく見ると、これには差す穴はなく、ぶらさげるための紐が輪っかになって付いている。


「え」

「まあ、確かに、星のオーナメントはてっぺんだけ飾ってるツリーもある。茜はそういうのばっか見てたのかもな。でも、ぶら下げるオーナメントに星がないわけじゃない。星ひとつで寂しいなら、これもいっぱい買っておくか」

「ええっ」


 私は首を横に振った。

 星がひとつじゃないことはわかった。でも、我が家ではクリスマスツリーなんて飾らないから、必要ないのだ。

 崇さんは私を見て、ニヤリと笑う。


「それにさ、ツリーと言えば、電飾をつけるだろ」

「う、うん」

「あの電飾ってのは、世を照らす光とかキリストを表しているらしいんだけどさ。元々はクリスマスツリーっていうのは、森で見た夜空の星を再現しようとしたものらしいぜ。ま、そういう話を聞いたことあるだけで、ホントかどうかはわからないが」

「夜空の星……」

「ああ。ということはだ、電飾は星の光を表しているって考えてもよさそうだ」


 予想外なことに、私は驚く。

 クリスマスツリーの星はひとつじゃなかった。私の思い込みだったのだ。


「で、そんなわけで」


 崇さんは星のオーナメントを何種類か混ぜて、全部で10個は抱えた。私は反応が遅れてしまう。

 崇さんは店主のおじさんに話しかけた。


「すみません、これをお願いします」

「崇さん!」


 制止は間に合わず、オーナメントは購入されてしまった。

 店主のおじさんは星のオーナメントをサンタやトナカイの模様の紙袋に入れた。

 それを受け取った崇さんは振り向き、私に差し出す。


「実はさ、親父さんに頼まれたんだ」

「お父さん?」

「日曜日に何も買ってやれなかったどころか、ろくに楽しむ前に倒れてしまって申し訳ないからって。何か欲しがるものがあれば買ってやってくれって言われて、お金を預かったんだよ。さっき食べたのも、これも、オレじゃなく親父さんからなんだ。だから、受け取ってくれないか」

「そう……なんだ」


 それ以上、何も言うことはできなかった。

 嬉しい?

 嫌?


 自分の心なのに、まるで自分のものではないみたいだ。自分の気持ちが分からない。

 ちょっと前なら、こんなことをされたら迷惑に感じていたはずだ。

 でも、そう感じることはできなくて、それを素直に認めることもできなくて、心のうちに複雑な気持ちが渦巻いている。


 私は手を伸ばすか迷った。

 受け取りたいのか、受け取りたくないのか、そんなこともわからない。

 だけど、今の私には、散々放ったらかしにして父親づらしないで、と拒絶することもできず、包みを受け取るしかなかった。

 手を伸ばし、しっかりと受け取る。


「ありがとう……ございます」


 お礼は誰への言葉なのか。

 覚えている限りでは、お父さんからのプレゼントは初めてだ。

 自分の気持ちがわからないと思いながらも、頬が緩み、自然と笑顔になる。

 口や心でどう言おうと、体は正直だった。


        ☆


 雑貨コーナーを一通り見て回り、最後にホットチョコレートを購入した。

 ホットワインで温めた体は、マーケットを回っているうちに冷えてしまったので、帰る前に飲み物でもう一度体を温めることにしたのだ。

 諸々の代金はお父さんだとしても、ここまで連れてきてくれた崇さんだ。そのお礼に、ホットチョコレートは私のお金だ。


 前にチョコレートが好きって言っていたので、崇さんも飲みたいはずと思っていたら、やっぱり喜んでくれた。

 ホットワインでもらった雪だるまのマグカップに入れてもらい、私は両手でカップを持った。

 熱が手にじんわりと伝わる。

 一口飲むと、とても濃厚で美味しいチョコレートだ。


「あー、うまい」

「ココアもいいんですけど、ホットチョコレートの方が好きです」

「オレも」


 私たちは飲みながらツリーを目指した。


 ツリーを公園に入ってすぐに見たときも、屋台を回りながらも、綺麗だと思っていたが、近くで見上げると迫力がすごい。

 木はなくて、骨組みのようなものでできているんだろうけど、隙間がないほどイルミネーションの明かりが輝いている。

 周りには、ツリーの写真を撮る人や記念撮影をする人が何組もいる。

 すぐそばでカシャッと音が鳴り、音の方を見ると、崇さんがスマホで撮影をしていた。


「今、何を撮りました?」

「もちろんツリーだよ」


 崇さんは嘘くさい笑顔を向けた。嘘です、と言っているようなものだ。隠し撮りをされた気がする。


「どうしてこっちにカメラを向けているんですか」


 じろっと睨むようにして言うと、崇さんはすぐに謝った。


「ごめん。親父さんが見たいんじゃないかと思ってな」

「もー、それなら撮るって言えばいいのに!」

「言ったら記念撮影させてくれるのか?」

「させませんけどね」

「なんだよ、それ」


 ははは、と崇さんが笑う。

 それを横目に見ながら、ツリーに目を戻した。

 クリスマスは好きじゃない。

 その気持ちは変わりない。

 記念撮影だってしたいとは思わない。

 でも、綺麗なものは綺麗なんだ。

 私は記憶に焼き付けるようにツリーを眺めた。


 残り少なくなったホットチョコレートがぬるくなった頃、崇さんは「帰るか」と言った。


「そうですね、明日も学校だし」

「遅くなったら親父さんも心配するしな」


 まただ。

 心配。

 あれほど否定したかった言葉なのに、もう否定することもできず、返答に困った。

 どうしようか、と考えた末、話をそらすことにした。大事な話があったんだ。

 歩き出しながら「それより、崇さん」と呼びかけた。


「ん。なんだ?」

「明後日、金曜日の晩ご飯は全部私に作らせてもらえませんか」

「全部?」


 私は頷きながら言った。


「お父さんのご飯を作らせてほしいって話は、お父さんが元気を取り戻した今も有効なのかわかりませんが、お父さんにご飯を作りたいんです。少ない回数だったけど、崇さんに教わった成果をお父さんに見てほしい」

「そっか、いいんじゃないか」

「本当ですか!」


「ああ、きっと親父さんも喜ぶ」

「美味しく作れる保証はないので、喜ぶかは怪しいですけど」

「娘の作ったご飯なら、どんなにまずくても、焦げても美味しいんじゃないか?」

「そんなものですか」


「たぶん。まあ、そこまでひどい失敗をさせる気はないけど。で、何か作りたいものはあるのか?」

「特には。でも、難しいものは無理です。簡単なもので。教わった卵焼きと味噌汁に、あと何品か作れたらと思うんです」

「わかった。献立は考えておく。金曜日は23日だから祝日だけど、バイトは?」

「お休みです。23日も忙しいはずですけど、お店の人が気をつかってくれて。クリスマスだけの臨時雇いのバイトが3人いるので、その人たちに入ってもらうから、私はお休みで大丈夫だって」


「それならいつもよりちょっと早く、昼過ぎには伺うから」

「はい、待ってます。ありがとうございます」


 金曜日の予定を決めて、私たちは崇さんの運転するバイクで自宅へ戻った。

 自宅では、崇さんの用意した晩ご飯を一人で食べたというお父さんが、笑顔で出迎えてくれた。

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