8. お弁当と真衣
翌朝、前日に作ってもらった朝ご飯を取り出そうと、冷蔵庫を開けて気付いた。
「なんだろ、お弁当……?」
冷蔵庫の手前にあったタッパーの正面にメモが貼り付けられ、弁当の文字が見えた。取り出して読んでみると、『13日のお昼。弁当箱が見つからずタッパーで悪い』と書かれている。昨日のメモと同じ崇さんの字だ。少し角ばっているけど、男性にしては綺麗で印象に残っている。
13日は今日。
つまり、今日のお昼のお弁当ということだ。
お昼は学食で済ましているので作ってもらっていない。引継ぎ漏れだろうか。
仕事内容は把握しているだろうと思い込んで、細かいことは話していなかった。きちんと伝えておくべきだったようだ。
タッパーの蓋を開けて、中を見る。
おにぎりが3つ、タッパーの端に並べられ、その横には彩としてグリーンレタスが敷かれ、レタスの上には焼き魚、唐揚げ、昨夜も食べたきんぴらごぼう、プチトマト、れんこんの炒め物、ちくわの磯部揚げがのっている。
品数が多く凝っていて、日常のお弁当というよりは、運動会など特別なときのお弁当みたいだ。
今井さんには、運動会や遠足のときだけお弁当を作ってもらっていた。普段のご飯と同じ味のはずなのに、いつもより美味しい気がして好きだ。
それを思い出して、なんだか心がムズムズする。
余計な手間をかけさせて申し訳ない気持ちになると同時に、嬉しくて、どんな顔をしたらいいんだろう。ここに誰もいなくて良かった。
だけど、お弁当はいらないことを崇さんに伝えるべきだろう。余計な仕事を増やして、何も言わずに黙っていることは気が引けてできない。
私はスマホを取り出し、時間を見る。
7時5分か。
崇さんは冬休み中と言っていたし、我が家の仕事も朝が早いものではない。まだ寝ているかもしれない。非常識な時間だろうか。
LINEならすぐに読むとは限らないから、忘れないうちに送っちゃっても構わないかな。
悩んだ末、お礼の文章と一緒に、学食を食べているのでお弁当はいらないこと、明日はバイトがないのでお手数ですが料理教室をお願いしますということも書いて、崇さんへ送信した。
既読にはならない。既読になる方が起こしたかと気になってしまうので、ホッとする。
スマホをスカートのポケットにしまい、朝ご飯と書かれたタッパーを冷蔵庫から取り出した。温めて食べると、準備して学校だ。
昼休みになり、真衣がいつものように「学食に行こう」と私の席まで誘いにやってきた。
「それが今日はお弁当なの」
タッパーを入れた紙袋を鞄から取り出し、机に置いた。
「お弁当なんて珍しいね」
真衣が睨みつけるように私の紙袋を見る。その視線の意味がわからず、内心、首をひねった。
「真衣もお弁当だよね。ここで食べる?」
「そうだね、そうしよっか」
前の席の人は他の場所でご飯を食べているようで、空いていた席に真衣は横向きに座り、私の机にお弁当を広げた。
私もお弁当を広げると、真衣は私のお弁当をじっと見る。
「茜のお弁当、すごく凝ってるのね」
「うん。でも、ほら、真衣のお母さんもいつも凝ってるじゃない」
そのとき、机に置いたスマホにLINEの通知が届き、ちらっと見えた内容に頬が緩む。
――お弁当、初めて作ったから頑張った。
「なんか気合い入れて作ってくれたみたい」
「今のLINE、そのお弁当を作った人から?」
「え、なんでわかるの」
「だって笑うから」
「うん?」
笑うと、どうして家政夫さんと繋がるんだ。意味がわからない。
「返事、先にしちゃっていいよ」
「え、でも」
「いいから」
真衣の声には怒ったような響きがあり、疑問が深まった。だけど、どう問いかけたらいいのかわからなくて、とりあえず言われた通りにする。
私はスマホを取ると、内容をサッと確認した。
――お弁当、初めて作ったから頑張った。楽しかったから、どうせ2週間だけだし、良かったら作るよ。
甘えていいのだろうか。
返信に迷った。
甘えるにしても、2日分用意してもらうのはどうなんだろう。
冬とはいえ、家から昼まで常温で持ち歩くものなので、特に2日目のお弁当を傷まないようにするのは大変じゃないのかな。
現に、明日の分のお弁当は朝に確認したら、注意点が多く書かれたメモ書きがあった。
おかずごとにタッパーで小分けに冷蔵庫へ入れてあるので、朝に温めずに弁当箱に盛り付けること、ご飯は冷凍のものを電子レンジで温めてから詰めておかずの入れ物と分けること、ご飯が冷めてから蓋をすること、などだ。
ややこしくて、それを守ることは煩わしい気がした。なので、
――2日目のお弁当は大変そうなので、翌日分だけお願いします。
と書いて送信した。
これで、よし。
「ごめん。ありがとう」
スマホを机に置くと、お弁当に取りかかる。
真衣は相変わらず私のお弁当を見ている。
「それ、美味しそうね」
「美味しいよ。食べる?」
私は口にしたばかりの唐揚げをもう一つ箸で取り上げて、差し出した。
「いや、いい」
「そう?」
「うん。それより、茜ってなんか隠してることない?」
真衣は箸を一旦置くと、真剣な目で私を見た。私は眉を寄せながら真衣を見返すも、何も思い当たらずに当惑してしまう。
「隠してることなんてないと思うよ」
「本当に?」
「うん。てか、変だよ、真衣。なんなの」
「いや、それならいいの」
真衣は話を打ち切ると、ご飯の続きに取りかかりながら、ドラマの話やクラスメイトのうわさ話など、たわいもない話をした。
翌日も、昨日と同じように教室でお弁当を広げると、真衣の様子はやはりおかしくなった。
「……今日もお弁当なんだね」
真衣の声が低い。
怒っているのか、と不安になりながらも返事をする。
「うん。毎日じゃないけど、ときどき作ってもらうことになったんだ」
「それって誰が作ってるの。今井さんじゃないよね」
「誰って……」
「いや、待って。茜に、内緒にしたいなんて言われたらショックで耐えられない。心の準備をちょうだい」
真衣は片手を前に出してストップをかける。
内緒って何。わからず聞き返す。
「真衣?」
「茜、今日はバイトあるの?」
真衣はまたもや真剣な目でじっと見つめてくる。
……えっと、今って一体何の話をしているのだ。
そんな目をするような話題をしている覚えがない。
「今日は休みだけど」
「よかった。話があるから、放課後に駅前のバーガーショップでね」
「う、うん」
何がなんだかわからないまま、私は遅くなることを崇さんに連絡しておいた。
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