9. 思いがけない誤解
放課後になり、私たちは約束通り、バーガーショップで向かいあっていた。と言っても何かを食べるわけではなく、飲み物を買っただけだ。
私はホットココア、真衣はホットミルクティーである。
二人きりで話をするときは、たいてい誰もいない我が家で済ませるので、こうして外に呼び出されること自体珍しい。
崇さんの来る日なので、家で内緒話はしづらいし、ちょうど良かったけれど。
席についてしばらく待っていたけど、一向に話が始まらない。しびれを切らして私から切り出した。
「で、何の話?」
「うん、あのね……」
真衣は俯いて、歯切れが悪い。
日頃、人の目を見て話す真衣にしてはこれまた珍しい。
時間がかかりそうだな……と私はホットココアを飲んだ。
ココアが半分まで減った頃、真衣はようやく口を開いた。
「あのね、一昨日見たの」
「何を」
「金髪の男子が茜の家から出てくるところ」
その言葉を聞いた瞬間、ココアが気管に入ってしまい私は激しくむせた。
「大丈夫?」
「あ、あ……んまり、大丈夫じゃない」
咳の合間になんとか返答する。真衣が私の横に立って、背中を叩いてくれる。
何度も何度も咳をして、ようやく落ち着いてきた。
「ごめん、真衣。ありがとう」
「ううん、いいけど」
真衣は話しながら席に戻る。
「でも、そんなに動揺するってことはやっぱり……」
やっぱり何なのか、私は真衣を見つめた。
真衣は真剣な顔で、身を乗り出すようにした。
「あの人と付き合いだしたの?」
「は」
「金髪の人。彼氏?」
「か、彼氏っ?」
「茜がクリスマスパーティー断ったのって、実は彼氏ができたからなの?」
「えええっ」
思いがけない内容にびっくりしてしまう。
「茜がどんな人と付き合っても、茜の自由だってことはわかってる。でも、私、心配で。なんかヤンキーっぽいし。だけど、あの人がお弁当を作ってくれてるなら、悪い人じゃないのかなって思ったりもして、モヤモヤして」
「えっと、真衣」
「結局のところ、内緒にされていたのが悲しいのかなって思う。茜、そういうことは自分から言うタイプじゃないってわかってたつもりけど、いざそうなると、私のことを仲のいい友達って思ってくれてないのかなって」
「待って待って待って」
まくし立てる真衣を私は必死になって止めた。何度も首を横に振る。
真衣は一息ついてから私を見た。
「何、茜」
「大事なことだからしっかり聞いて。崇さんは彼氏じゃないから。あ、崇さんというのは真衣が見た金髪の人。2週間だけ、今井さんの代わりに来てくれる家政夫さんなの」
「は?」
真衣が目を見開いて固まった。
私はもう一度繰り返す。
「あの人は家政夫さん」
「家政……夫?」
「うん」
私が頷いたことを確認すると、真衣は脱力して机にうつ伏せになった。
「なんだ……私一人で先走って勘違いして、恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい」
「真衣が私のことを、とても大切に思ってくれているのはわかった。ありがとう」
「えーでも、金髪のあの人が家政夫さん? あんな身なりの人がそんな仕事できるの。いや、偏見だってことはわかってるし、お弁当を見る限りじゃエキスパートっぽいのもわかるんだけど」
「まあ、私も似たようなことを思ったし、気持ちはわかるよ。でも、どうなんだろ。ヤンキーなのかわかんない」
「どういうこと?」
「まだ会ったばかりだし、ヤンキーですか、なんて聞けないじゃん。でも、20歳で金髪っていうとヤンキーとは限らないよね。私たちと違って何色に染めるのも自由なんだし、単なるオシャレで金髪にする人もいるでしょ」
「え、20歳?」
真衣は身を起こす。
「20歳ってあの金髪の人が!」
私は頷く。
「ちらっと見ただけだけど、高校生かと思った! 高校生だと思ったから、彼が何者か考えた時に、家政夫は選択肢に入らなかったのよ」
「あー……本人も童顔は気にしてるっぽい」
「いいこと聞いた。もし何かあったら童顔をいじってやろう」
真衣は意地悪そうに微笑むと、もう冷めているであろうミルクティーを一気に飲んだ。
「それにしても、こんなことなら一昨日に訊いておけば良かった」
「一昨日ってケーキを渡しに行ったとき? 何か言いたそうにしてたのって、このことだったんだ」
「そう。茜が自分から言い出したがらないことを詮索するのもなーと思って、訊くのを我慢したのよ」
「彼氏なんてできるかわからないけど、もしもできたらちゃんと報告するよ」
「絶対だよ! 私もちゃんと言うからね」
真衣は「指切り」と言って小指を差し出すので、笑いながら小指を絡めた。
「で、えーと、崇さんだっけ? 家のこと色々やってもらうのに、男の人でも大丈夫なの」
「大丈夫って何が?」
私は首を傾げた。
「家の中をあちこち見られるのに、変なやつだったり、ストーカーになるようなやつなら困るじゃない」
「ストーカーって考えすぎだよ。私モテないし」
「あのねぇ、モテるモテない関係なく、女は用心深いくらいでちょうどいいの」
私は目を瞬いた。
「そうなの?」
「そうなの。だいたい、茜のことをいいなあって見てる男子はいっぱいいる」
「いやいや、それはないよ。告白とかされたことないし」
「それは茜が話しかけてくるなってオーラ出すからだよ」
真衣は頬杖をついて、半眼になってこちらを見た。
「私、茜を紹介してくれって男子何人かに頼まれたことあるもん。クリスマスだって、茜を絶対に連れてきてくれってお願いされてるんだよ」
「ええっ」
思いがけない話に、戸惑いばかりで反応に困る。
「で、その家政夫さん。茜にしては、いきなり名前で呼んで親しくなってるけど、変なやつじゃないのね?」
「うーん、たぶん。一回会っただけだし、親しくってほどじゃないけど、あっちが名前で呼んでくるから、なんとなく私もね。お父さんと私、両方が桂木さんだとややこしいからって」
「おじさんは家にほとんどいないじゃん」
「うん、それも言ったんだけどね」
はあーと真衣はため息をついた。
「おじさんも仕事に一生懸命なのはいいけど、うちの家族が茜の親代わりになっていて、ちょっとどうかと思うよ」
まさにその通りで苦笑した。
「親子二人きりなんだから、茜のことをもっと気にかけたらいいのに。おかげで私、茜のお姉ちゃん気分で心配しちゃうのよ」
「お姉ちゃんって、同い年じゃない」
「でも、私は4月生まれだし、えーと、茜より8ヶ月もお姉さん!」
と真衣は指折り数えて、8と示した指を私に向けて突き出す。
「はいはい、お姉さんお姉さん」
「なんかバカにされてる気がするのは、なぜ!」
「気のせい、気のせい」
私も息をつく。
……誕生日ねぇ。
「とにかく、うちがお世話になってる、家政婦紹介所の所長さんの息子さんらしいよ。親の会社での仕事で変なことはしないんじゃない?」
「御曹司ってこと? 茜、付き合えば玉の輿よ」
私はぷっと吹き出した。
確かに、社長令息や御曹司と言えるけど、崇さんには似合わない肩書だ。
「小さな会社だし、そんな大騒ぎする相手じゃないよ」
「ふーん。とにかくさ、どんな人か見てみたい」
「えっ」
「今日はいるの?」
「いるけど……」
「じゃ、帰りに茜の家に寄って帰るね」
「……わかった」
真衣はこうと決めたら曲げないところがあるので、私は反論をする前に諦めた。
スマホを取り出すと、友達を連れて帰る旨を書いて、崇さんへ送った。
料理を教えるために待ってくれているのに、教わる時間がなくなったらごめんなさい。心の中で謝っておく。
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