2. 見知らぬ少年

「それでは、25日にお待ちしております」


 クリスマスケーキの予約を取ると、店の出入り口で頭を下げ、お客さまを見送った。

 バイト先のケーキ屋『favoriファヴォリ』は、住んでいる最寄駅の前にある。

 わりと大きな駅で人通りが多いことと、大きな体格で怖そうな顔をしたパティシエ森下もりしたさんの作るケーキがその人相からは考えられないほど美味しいこともあって、この街で人気のあるケーキ屋さんだ。


 店長でもある森下さんはフランスで修行をしたらしく、果物をのせて焼きこんだタルトは、カスタードや生クリームを詰めて生の果物を飾ったものに比べたら見栄えは劣るけど、味は絶品だ。

 私も大好きで、ホール1台で1500円とお手頃価格なのもあり、ときどき買っている。

 うちはお父さんと私の二人暮らしで、お母さんは私が4歳の頃に亡くなっている。

 お父さんは仕事で家にほとんどいないので、一人でホールケーキを食べるわけだ。当然、食べきれずに余るので、そのときは冷凍して、何日かに分けて食べていた。

 そんな食べ方をしていると森下さんに知られたら、「味が落ちるだろう!」と怒られそうだけど、私にとって数少ない幸せのひとときだ。


 ショーケースの向こうに戻ると、店長の奥さん、葉子ようこさんが事務所から売り場に出てきた。

 葉子さんは肩までの黒髪をひっつめてまとめ、ナチュラルな薄化粧で身だしなみを整えた綺麗な女性だ。

 失礼ながら、店長と葉子さんではまるで美女と野獣である。


「桂木さん、12月後半のシフトができたの。あとで確認してくれる? あと、その、24日にも働いてもらってごめんなさいね」

「気にしないでください。そういう約束ですし、どうせ祝う予定もないので」

「でも、高校生だったら、友達や家族と過ごす歳でしょう」


 私は笑顔を深めた。何か答えなくてはと思うのだけど、言葉が見つからないので、とりあえず笑っておく。

 ちょうどそのとき、店長がキッチンから顔を出し、私たちに呼びかけた。


「おい」


 いつもより硬く感じる声にドキッとする。

 売り場とキッチンの境は腰から上がガラスとなっているので、こちらの様子はキッチンからも見える。手を動かさずに話ばかりの私たちが気になったのかもしれない。


「もう店じまいの時間だぞ」

「すみません、片付けます」


 時計を確認すると、閉店時間の夕方6時半をわずかに過ぎていた。

 CLOSEDの看板を店の外に出すと、ショーケースの中の余ったケーキをキッチンの業務用冷蔵庫へしまっていく。

 焼きこみタルトが美味しいお店とは言っても、生ケーキの類もたくさん置いている。

 日持ちのしないものは冷蔵庫に移さず、勿体ないけど廃棄だ。

 店長は持ち帰り用の箱を取ってくると、廃棄のケーキを6個、箱に詰めた。


「こっちはよかったら持って帰れ」

「ありがとうございます」


 箱を受け取りながら、頭を下げた。

 厳しいところだと廃棄物の持ち帰りは厳禁だろう。ここは個人経営だからか、わりとルーズだ。

 閉店前に売り切れることも多くて毎回ではないけれど、週に3日のペースで働きだして一か月ほどで、今回が3回目。

 試食を兼ねているとのことで、私も遠慮せず受け取っているのだ。


 いつもなら嬉しいことなのに、今日はケーキの対処方法に頭を悩ませた。

 一人で食べるには数が多すぎる。

 帰宅するかわからないお父さんをアテにはできないし、そもそも、あの人が甘いものを好むのかどうかも知らない。

 焼きこみタルトなら、果物に火が通っているので、冷凍してもそれほど味は落ちないけど、生の果物は水っぽくなって美味しくない。できれば冷凍せずに食べきりたい。


 前回、前々回は、お隣の鈴木家へお裾分けをしに行ったけど、今日は真衣に会うのが気まずい。

 真衣からの24日の誘いを断るようになったのはいつからだろう。

 真衣は毎年のように24日に遊ぼうと誘ってくれるけど、私は騒ぐような気分になれなかった。楽しければ楽しいほど、自分は一人なんだと思い知らされる。それが嫌で、何かと理由をつけて断っている。

 さすがに、人のいい真衣だって気を悪くして怒っているかもしれない。


 あ、でも、と思い出す。

 今までケーキを鈴木家に持って行ったときは、真衣には会わなかった。学校の帰りに友だちとどこかで遊んでいるとかで、まだ帰宅していなかったんだ。

 バイト先からのもらい物だと真衣のお母さんには伝え、ケーキを渡した。真衣には直接言えなかったので、ケーキが私のバイト先からのものだと伝わっていなかったのね、とようやく合点がいった。

 それなら、今日も会わない……かも?


 30分ほどの閉店作業を終え、店長夫妻に声をかけて店を出た。

 もう辺りは真っ暗だ。

 セーラー服の上に着たコートの前を合わせると、住宅街へ足を向けた。


 街頭は少なく、家々から漏れる明かりを頼りに歩く。

 暗い道はこの時期だけ、電飾で明るさを増している。クリスマスの飾りつけだ。

 だけど、私は赤、青、黄、緑などの電飾で彩られた楽しそうな家を見たくはなくて、目をそらし、速足になってしまう。

 クリスマスだとか、サンタさんだとか、そういうものは私に関係ない。


 そうしてたどり着いた一軒家である我が家に明かりが灯っていることに気づき、残り5メートルというところで立ち止まった。

 室内ではなく玄関前の人感センサーのライトだ。門扉の前に誰かが座り込んでいて、それにライトは反応していた。


 誰?


 少年だろうか。ライトの明かりにぼんやりと照らされた髪の毛はどうやら金色。

 明かり一つという頼りなさでは顔までわからない。金髪の知り合いなんていないので、恐らくは知らない人だ。

 少年の横にはバイクが止められている。

 目を凝らして見ると、少年は空を眺めながらタバコをふかせているようだった。それはかっこよく思えるくらい様になっているけど……ヤンキー?

 金髪とタバコで、その言葉が思い浮かんだ。


 彼が何歳か、どんな人かもわからないので、それが正しいのかもわからない。だけど、クラスの男子とそう変わらない背格好だ。

 タバコを吸っていい年齢ではない気がする。

 中には教師に隠れて吸っている人もいるらしいけど、私も真衣もそんなタイプではない。通っている高校はどちらかというと進学率の高いところで、ヤンキーなんていない。それどころか、この地域一帯が治安のいいところで、小中高とそういう人はいなかった。

 今までの人生でまともに接したことのないタイプの人間が、どうしてよりによって、我が家の前にいるのだ。


 関わりたくない。

 それが率直な感想だ。

 足を後ろに引こうとして、ジャリッと音が鳴った。整えられたアスファルトの道路だというのに、小石か何かを踏んでしまったようだ。小さな音で、この距離で聞こえるはずがない。それなのに、少年は顔をこちらに向けた。

 睨みつけるような瞳と目があった。

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