番外編

ex. 一日遅れのメリークリスマス! 1

 クリスマスのバイトを終えて、くたくたで帰宅した翌日。


「うう……寒い」


 私は寒さで目が覚めた。

 布団にくるまっているというのに、全然温かくない。まだ寝たいと思うのに、こんなに寒くては寝てられない。仕方なく、私は起き上がる。


「なんでこんなに寒いの?」


 起きてもまだ、布団に入ったまま辺りを見回す。

 あ、暖房が消えている。最近は寒いから寝ている間も付けたままにしていたのだけど、12時間たつと一度消えるようになっているので、たぶんそのせいだ。

 起きたときはついたままのことが多いのに、私、何時間寝ていたんだろう。

 布団から抜け出て暖房のスイッチを入れ、部屋の時計を確認した。11時だ。


「えっ」


 11時!? 思わず時計を二度見するけども、時間は変わらない。

 昨日寝たのは夜の11時頃だった気がするので、12時間も寝たことになる。いくらバイトで疲れていたからと言っても、これは寝すぎだ。自分で自分に呆れる。


「そりゃ暖房も消えるよねえ」


 とつぶやきながら、私はカーテンを開けた。その途端、見えた景色に驚き、固まる。


「嘘……寒いはずだ」


 辺りが真っ白だ。さすがに道路は車が通るからか、アスファルトが覗いているけど、道の端や庭、近所のお宅の屋根に雪が積もっている。

 昨日は降ってなかったので、寝ている間に雪が降ったんだろうか。


「ホワイトクリスマスだ」


 世間では昨日がクリスマスだったので、本当は違うのだけど、我が家では今日、一日遅れのクリスマスパーティーを行うことになったのだ。

 私がクリスマスはバイトで忙しくしているので、お父さんと崇さんが一日遅れで計画を立ててくれたのだ。雪なんて降っても大変なだけなのに、そんな日に初雪が降るなんてついているような気分になる。

 私は寒さもふっとびワクワクしてきた。

 雪遊びがしたい。


 雪を眺めているとうずうずしてきて我慢できず、ダウンコートを肩にかけて1階に下りた。

 1階は静まり返っていた。もう昼前なので、お父さんはとっくに会社だろう。私は冬休みだけど、お父さんの休みはもう少し先だ。

 リビングのガラス窓を開け、サンダルを履いて庭に出た。

 幸いというか、残念というか、足が雪に埋もれるほどは積もってないけど、きゅきゅっと雪が鳴り、自分の足跡がつく。それが楽しくて、一人だというのに「わあ~」と歓声を上げながら歩き回る。


 一通り歩き回り満足したら、今度は雪を集め、手でぎゅっぎゅっと押し固める。

 雪うさぎにしようか、雪だるまにしようかと考え、まずは簡単そうなうさぎからだ。雪を楕円にして、庭の木から取ってきた葉っぱ2つで耳にする。ちょうど赤い実のなった木があったので、その実を目にした。


「できた……!」


 我ながら可愛くできた。雪うさぎを眺めてニヤニヤする。

 次は雪だるまかな。

 雪うさぎを庭の隅に置いて、今度は雪を丸く固めていく。

 胴体に当たる下の球を作り、頭に取り掛かったところで、「茜ちゃん?」「茜、何やってるんだ」と声をかけられた。

 顔を上げると、門扉の向こうから今井さんと崇さんがこちらを覗いている。


「二人してどうしたんですか?」

「どうしたって私はいつもの仕事だけどね。茜ちゃん、2週間ぶりね」

「はい、お久しぶりです」


 私は門扉に駆け寄って、今井さんに頭を下げた。


「で、オレはクリスマスパーティーの準備に来たんだが……おまえな、そんな薄着で風邪ひくぞ」

「えっ」


 そう言われてみて、自分の格好を改めて確認する。

 パジャマの上にダウンコート1枚羽織っただけだ。サンダルを履く足は裸足。

 自覚した途端に寒くなってきた。雪を触っていた手はかじかんでいる。


「あーあ、こんなに冷えて……早く家の中に戻れ」


 崇さんが私の頬を触って、言う。


「すみません、そうします」


 私は門扉を開けて二人を招き入れると、一足先に家へ戻る。

 リビングの暖房も付けずに庭へ飛び出してしまったので、家の中もちっとも暖かくない。

 私に続いてリビングへ入ってきた二人に振り返った。


「私、着替えてきますね」

「それよりも、茜ちゃん。そのままじゃ風邪をひいちゃうわ。お風呂を入れてくるから入っちゃいなさい」

「えっ、でも……」


 心配そうな顔で私を見る今井さんはありがたいけど、今井さんも崇さんもいるのに、お風呂!? というのが正直な気持ちだ。私が戸惑ってるうちに、今井さんは私の返事も待たずにお風呂場へと消えてしまう。


「茜、暖房つけたから」

「あ、ありがとうござ……」


 言い切る前に、くしゅっとクシャミが漏れる。


「あーあ、ほら。今井さんが戻ってくるまでここで体温めておけって」

「はい、そうします」


 外にいるときは久しぶりの雪でテンションが上がって麻痺したみたいになっていたけど、今頃、ぶるぶると寒気がしてくる。

 暖房の前に座り込んだ。手を伸ばし、ぎりぎりまで近づく。そうこうしていると、今井さんが戻ってきた。


「茜ちゃん、10分くらいで溜まると思うから」

「今井さん、ありがとうございます」

「火のすぐそばに座り込んでるから顔が赤くなってるわよ。しんどくない? 風邪で赤いなんてことないわよね?」

「えーと、たぶん大丈夫だとは思うのですが……」


 今は寒いやら暑いやらよくわからないことになっている。でも、さすがに体を冷やした直後に風邪というのは反応が早すぎる。風邪をひくかどうかは、今の対処次第というところではないだろうか。


「そう? 私は料理してるから、何かあったら言うのよ。お風呂も適当なところで入ってね」

「わかりました。すみません、仕事以外のことで煩わせて」

「それは気にしなくていいんだけど」


 心配そうにちらちらと私を見ながらキッチンへ向かう今井さんをぼーと眺めていた。


「お風呂、そろそろいいんじゃないか」

「あ、そうですね」


 ぼーっとしすぎて、お風呂のことを忘れかけていた。崇さんに言われ、私はお風呂場へ向かった。

 脱衣所の扉を閉めて、ダウンコートとパジャマを脱ぐ。自分の家とはいえ、異性がいる中で裸になるって、なんだか落ち着かない。

 崇さんが私の裸に興味あるわけないのに、そわそわしてしまう。

 真っ裸になって、私は早速、湯船に浸かった。


「あー、気持ちいい」


 さっきまで冷えていた体が温まっていく。ジンジンしていた指先がほぐされ、熱すぎないお湯は体の芯まで温まる。

 気持ち良すぎて、このまま寝てしまいそうだ。浴槽の縁に頭を乗せ、目をつむる。

 それからどのくらいたったのか。寝てしまいそう、ではなく本当に寝てしまっていたことに、誰かに呼びかけられて気づいた。


「おい。おい、茜!」

「は、はいっ」


 顔を起こし、返事をする。


「あ、あれ……?」


 一瞬、自分が何をしているのかわからなかった。身じろぎすると、ちゃぽんと音が鳴る。ようやく、お風呂に入っていたんだと思い出した。


「茜、大丈夫か?」

「その声、崇さん!?」


 脱衣所で私に声をかけているのが崇だと気づき、私は慌てた。服とか下着とか、脱いだやつが出しっ放しじゃない?


「な、なんで崇さんが……」

「風呂、ちょっと長すぎだから。もう1時間近くたってる。今井さんはちょっと手を離せないって言うから、仕方なくオレが様子を見にきたんだ」

「そ、そうなんですね。すみません、眠ってたみたいです」


 お風呂の磨りガラスのドアの向こうに崇さんのシルエットがぼんやりと見える。向こうからだって中は見えないとわかっているのに、自分が裸だと意識すると緊張してきた。


「じゃ、オレは向こうに戻ってるから、もう上がれよ」

「はい、そうします」


 影が移動して見えなくなったことを確認すると、肩の力を抜いた。


「あー、びっくりした」


 胸がドキドキしている。私は立ち上がって、浴槽から出た。


「あ」


 目の前が真っ黒になる。体の平衡を保てず、足を滑らせた。腕や胸に強い衝撃を受ける。

 痛い……。自分が倒れたということはわかったけど、動くことができなかった。


「今の音はなんだ、茜!?」


 ドアの向こうから大きな声がかかる。あー、きっと怒られる。そう思ったのを最後に、意識を消失した。

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