17. 憂鬱な日曜日
落ち着かない土曜日を過ごし、日曜日の朝を迎えた。
起きて1階に下りると、お父さんは今日もリビングでノートパソコンを開いていた。
……本当にいる。
朝はいつも私が起きるより早く出社していて、日曜日だろうと、こうして家にいることはとても珍しい。
さすがに、休みなしで働いているわけはないと思うので、休みの日も家を空ける癖がついているだけでは、と思うんだけど。
「おはよう」と声をかけると、ようやく私に気づいたお父さんが顔を上げ、「ああ、もうそんな時間か。おはよう」と返した。
なんだろう、いつもより声に張りがなく、顔色は冴えない。
「もしかして体調が悪い? 大丈夫?」
「そうかな。ちょっと寝不足かな」
お父さんはメガネを外すと、眠そうに目を擦った。
「ずっと仕事してたの?」
「ああ、ちょっと溜まっててな」
「若くないんだから、ちゃんと寝なきゃダメだよ」
そう言うと、お父さんが笑った。
「……笑うような話なんてしてないんだけど」
「そうだな、ごめん。茜に心配されてるって思うと嬉しくなってしまった」
「し、心配なんてしてないし。そんな顔じゃ出かけられないんじゃないかと思っただけよ」
嬉しいなんて言われて、どんな反応を返したらいいのかわからない。戸惑いの方が大きくて、可愛げのないことを言ってしまう。
「いや、大丈夫。コーヒーでも飲んで目を覚ますよ」
立ち上がってコーヒーを入れにいく背中を見ながら、私はなんとも言えないモヤモヤとした気持ちに胸を覆われていた。
そこまでして出かけたい理由があるのだろうか。体調がすぐれないのなら、予定を変更して家にいればいいのに。
いつも忙しく働いているなら、休みの日はゆっくりと休むべきだ。
そう思うのに、言い出せなかった。
私たちはお父さんの運転する車で、家から1時間ほどのところにある大きなショッピングモールへやって来た。
私にはお父さんの意図がわからない。買い物に私を付き合わせる必要はあるのか。
車を降りて、お父さんのあとを無言でついて行く。相変わらず、話題がない。
お父さんは真っ先にレディースの服屋さんに入った。
思わず眉が寄ってしまう。
「ねぇ、こんなところに何の用なの」
「そりゃもちろん、服を買いに」
お父さんが女性ものの服を買うと言えば、答えはひとつしかない。わかりきったことではあるけど、それでも確認したい。
「誰の」
「茜の」
お父さんは何を当たり前のことを……という顔で私を見下ろす。
いやいやいや。普通、お父さんと娘で服屋さんになんて行かないのでは。
行くの?
行くものなの?
「なんで服なんて……」
普通の父親と娘のあり方がわからないけど、お店でだって、父娘らしき歳の離れた男女はあまり見かけない。
父親と服なんて買いに行かないだろうと思う私が間違いではないはず。
それとも、お母さんのいない家庭ではこれが普通なのか?
「ほら、これなんてどうだ」
お父さんは、近くにあったアラン模様の黒いニットワンピースを手に取って、私の体に当てた。
それは偶然なのか、私の好みのもので、可愛いと思う。思うんだけど……。
「こっちの方がいいか?」
次にお父さんが手に取ったのは、花柄の華やかなスカートだ。
冬は暗い色を選んで沈みがちなので、こういう差し色の綺麗なものを一つくらい持っていると、ちょうどいい。
これが全く好みじゃないとか、趣味が悪すぎるような服であれば断りやすいのに、そうじゃないから困る。
それでも、お父さんが選んだものと思うと、素直に受け取ることができなかった。
「いい、いらない」
「それじゃ、これは?」
私は首を横に振る。
何を見せても喜ばない私に、お父さんは困った顔をした。
「何か欲しいものはないのか」
「別に……」
今まで、お父さんからもらうお小遣いで服を買っていた。そう考えると、自分一人で買いに来ることと、こうしてお父さんと一緒に来て買ってもらうことは何も変わらない。
それなのに、なぜか私の心は
お父さんは何の目的で、買い物をしようと思ったのだろう。
私はバイトを始めたので、お小遣いはもう必要ないし、服は買おうと思えば自分のバイト代から買える。
こうやって買ってもらう必要はなくなったのだ。
それなのに、どうして。
「このお店の服は気に入らないか」
お父さんは少し悲しそうな顔をすると、服を元の場所に戻して、店を出た。「ありがとうございました」という店員の声が背中にかかる。
店にいる間、近寄ってこず遠巻きに見ていた店員には、私たちはどういう親子に映ったのだろう。
「次は雑貨屋さんなんてどうだ」
お父さんは雰囲気の良さそうな雑貨屋さんを指差す。
店頭を見た感じでは、ナチュラルでオシャレなインテリア雑貨などが多く、女性客で賑わっている。
「何でも買ってあげるから、遠慮しなくていいぞ」
「いや、今はいいよ」
「一つくらい気になるものはないのか?」
「なんでそんなに買いたがるの」
私は足を止めて、お父さんを見上げた。お父さんは迷ったそぶりを見せたあと、口を開いた。
「もうすぐ24日だろ」
その言葉が引き金となった。
お父さんを睨みつけてしまう。
「だったら何なの。今までずっと一人にしておいて、今更、親子づら?」
鼻で笑うように言い捨てると、お父さんが凍りついたような顔をした。
罪悪感よりも言葉が先に出てしまう。
「茜……」
「お祝いとか、そういうのだったら、なおさらいらないから。余計なことしないで」
私はお父さんを置いて、当てもなく歩き出す。
冷静になれば、お父さんの車で来たのだから一人では帰れないとわかっただろうに、今はただ、お父さんの顔を見たくなかった。
後ろから追いかけるように「あか――」と私を呼ぶ声が聞こえても、答えるつもりはなく足を緩めなかった。
その後に続いたのは私の名前の続きではなく、ドサッという大きな音だった。
まるで、何かが倒れたような、そんな音。
足が止まる。
今の音は何?
私は不審に思って振り返った。
そこにはさっきまでいたはずのお父さんの姿がなく……いや、いた。
地面に倒れ伏していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます