第10話 十束剣(1)
改めて歩いてみると新宿ダンジョンとはよくもまぁ、張り巡らされてるもんだと思うワケで。
「よくもまぁ、こんなもん作ろうと思ったよ」
張り巡らされた地下通路は何処へだって繋がっているような気がした。
崩れそうになっている天井部分を慎重に避け、神兵や犬もどきに出くわすこともなく俺たちは地下の暗闇の中を突き進み、ようやく都庁の真下へとたどり着いていた。
天使のいるであろうビルの地下フロアへ繋がる入り口はシャッターが降ろされ、天井が崩れて通れなくなっていたので少し逸れすぐそばの出口であり最端でもある新宿中央公園へと出る。見上げれば途中まで繋がった二つのビルが空高く伸びており、第一庁舎から道を挟んでそびえ立つ第二庁舎と合わせて得体の知れない空気が漂っていた。そして何よりも、その二つの建造物よりも手前に転がった「神兵たち」に思わず俺と赤羽は言葉を失う。
「あの女の仕業か……? たった一人で、」
目の前の光景が信じられないのか赤羽はまじまじと神兵たちの亡骸を見つめる。
どれもこれも激しく損傷し、大きな風穴を開けられいる。旧医科大学病院で見せたように炎を操る力があるのか、あちこちで火種がくすぶっていた。
「……なんにせよ、俺らの手間が省けていいじゃねーか」
本来ならこいつらも俺たちが相手しなきゃならなかったのだ。それを思えば神殺しの力サマサマと言わざる得ない。
「まっ! 俺一人でも楽ショーやったけどな!」
「なんで張り合ってんだよ……」
こいつの女に対するコンプレックスはよく分からん。
「つか双葉のやつ何処行ったんだ……巻き込まれてやしないだろうな……」
これだけ派手に戦闘があったのだとすれば一緒に吹き飛ばされててもおかしくない。悪魔憑きの癖してほんと抜けてるっていうか、意識足りなさすぎてムカつく。
「……ンだよ」
「なんや玲衣きゅんも男の子なんやなーって嬉しいなってなぁ〜……ッダァ!?」
ぷーくすくすと肩で笑うバカにはもう一回蹴りをお見舞いして良い加減前に進むことにした。何から何まで頭に来る男だ。
あの女の人がここまで攻め込んでるならもう天使も狩られてるかもしれない。……ってのは流石に楽観視し過ぎかも知れない。しかし、これほどの数の神兵を一人で倒したとなればその力は紛れもなく本物なのだろう。少しは可能性も有るかか——?
そう思ったことが引き金だったのだろう。
突然第一庁舎ビルの脇腹を掠めるようにして何かが爆発し、公園近くのビルへと突き刺さった。
それが爆発ではなく「燃えた何かが飛んできた」のだと気がついたのはビルにぶつかっても尚、勢いを殺しきれず道にまで転がり堕ちて来るその姿を見てからだった。
「十束の……?」
あちこち黒焦げてはいるが息はあった。ゲホゲホと咽せながら起き上がろうとし、体に力が入らないのかそのまま仰向けで倒れる。
「おい! しっかりしろ!!」
抱え起すと酷い傷は負っていないのが分かった。俺の左腕と同じように悪魔化によって多少のダメージは軽減されているのだろう。燃えていたのは天使によるものではなく彼女自身の操る炎のようで彼女自身に害はない。なら、その対峙していたであろう天使は——?
「ッ————?!」
吐息が感じられるような距離で見つめられている。そんな感触に全身の毛が逆立ち、振り返ればビルの影からゆったりとその姿が現れた。
全身に緊張が走る。一秒が嫌という程長く感じられ、自分の心臓の音がバクバクと耳の奥まで響いて来た。
白銀の天使。俺の腕を貫いた彼奴で間違いなかった。
「……っ……、」
すぐに攻撃されるかと思ったがそいつはそのまま姿を消し、思わずホッと息を吐く。そんな自分に驚き、一瞬でも「あいつに」怯えていたのだという事実が悔しくなった。ズキズキと刺された直後の痛みが左手に蘇って来るかのようでグッと拳を握りしめ、押し殺す。
飲まれてたまるか——ちくしょっ……。
唾を飲み込み、視線を十束の人に戻す。
「……ど……どうや……その人の怪我……? ひどいんか……?」
天使に対して以上に怯えて距離をとっている赤羽に「そんな酷くない」と告げ、放っておくのも心苦しいが公園のベンチに彼女を移動させる。体の方はかすり傷ばかりだ。出血も酷くない。手当ては必要かもしれないが緊急を要する程ではないらしく、動けないのも悪魔の力を行使しすぎたことへの反動のようだ。抱えてみれば思ったよりも軽く、普通の女の子にしか思えなかった。
目の前に積み上げられた神兵を片付けたのは彼女なのだろう、しかしこうして見れば双葉と同じ、ただの女の子でしかない。
「……」
それがわかった途端、そんな奴がこんなボロボロになるまで戦っていることに無性に怒りが込み上げてくる。理由はわからない。ただ感情的なものだった。何が天使だ、何が神兵だ——、天だ神だの何様のつもりだってんだッ……。
強者が弱者をいたぶることに対する絶対的嫌悪感。それが怒りの原因だったのかもしれない。煮え返りそうになる気持ちをなんとかおさえ、知らずうちに震えていた右手を固め、奥歯を噛みしめた。
こんなふざけた世界になって面倒で、馬鹿げてるとはずっと思ってた。けど、仕方ないと何処かで諦めてた。抗ったところで何も変わらないと、悪魔と契約したからって何かを変えられるわけでもないのだと、現実から目を背けていた——。
だが、それでも、俺の目の前にその現実が引きずり出されて来るのだと言うのなら——、
「俺は、自分の世界だけでも守ってやる……」
冷静じゃないのはわかってる。腹ぞこから煮え繰り返って脳みそが溶けそうになってることも自負してる。みーこが嗤っている声も、赤羽が「一度落ち着け」と止めてくれているのも。
わかってる。わかってるけど抑えきれないのはいつものことだ。
悪魔化して犬のように吠えることも多々ある。
こうして厄介ごとにわかっていて首をつっこむのももしかしたら自制が効かないからなのかもしれない。でも止まれない。これだけは止まりたくない——。……俺は、あの天使をぶっ殺してやるッ……。
姿の見えなくなった天使へ叩きつけるように、満月を背にそびえ立つ二つのビルを睨みあげた。
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