第8話 暁の狂戦士(2)

「元気そうでよかった」

「の割にあっさりしてんのな」


 微塵も心配していたという感じがしない。

 それをこいつに求めるのが間違ってるのかも知れないけど。


「……感謝してる……、……ありがと」


 隣に立って窓の外を眺める双葉。

 こいつもこいつでようやく目的地に着けてホッとしているのかもしれない。その表情は少なくとも地下通路を歩いていた時よりかは柔らかかった。


「お前に感謝されると気持ち悪いな」


 全然感謝の気持ちが伝わってこないしこれぐらいの皮肉許されるだろ。


「あの子、傷はなんとかなりそうだって……、ただ感染症とか色々あるし、しばらくは安静にって……」

「あっそ」


 まだ食べかけだったバーを押し込み、その場を後にする。見捨てる事ができずに渋々付き添っただけだ。ここから先は俺には関係ないだろう。


「……ん……?」


 俺の方は話を終えたつもりだったが双葉はまだ何か言いた気に後ろを付いて来ていた。

 しばらくの間は気付かないふりをして無視していたが流石に階数を一つ二つと降りたあたりで我慢できなくなり、足を止める。


「あのなぁ……なんだよ? 黙って付いてこられちゃ欝陶しいんだけど」


 付かず離れずの距離を保たれるのは居心地が悪すぎる。ほとんど睨む形になったが双葉は視線をそらすばかりで答えようともしなかった。


「無愛想なのは勝手だけど言いたいことあるなら言えって。なんなんだよ」

「…………」


 ここまで言われて何も言わないって、ほんとめんどくさいな……。


「ハァ……っとに……、」


 しばらく粘ったが返事はなく。仕方なく階段を再び降り始めた時、ようやく双葉は口を開いた。


「やっぱり変だよね、君って」


 真意の読み取れない発言に「はぁ?」聞き返えす。見上げ、説明を求めるが何も返ってこない。


「喧嘩売りに来たなら回れ右だ。ンなもんなんの腹の足しにもなんねーよ」

「そうじゃなくってさ」

「じゃなんだよ」

「ありがとっ……助けてくれて……。それだけっ」

「……はぁ……?」


 そのまま逃げるように戻っていってしまった双葉にかける言葉もない。


 つかなんだそりゃ。それいうだけにこんだけ焦らしたのか? どんだけプライドたけーんだよ。


 このまま寝ぐらに戻ろう。何はともあれ、これで本当におしまいだ。やることやったし、約束の「御礼」とやらも頂いた。左手に風穴を開けられた代償としちゃあまりにも釣り合わないが善意の押付けの結果としちゃぁ、仕方がないだろう。


 せめて歌舞伎町側の神兵どもは引き上げてくれてりゃ楽に戻れるんだけどなー。


 そう思って出口のある玄関ホールに向かうと月明かりに影が浮かび上がった。

 その影が一瞬天使に見え、自然と警戒心から構える。しかしそいつは宙に浮いているわけでもなく、普通に足音もついて来ていた。ただの人だ。何処ぞの宗教団体よろしく一丁前に白いフードを深く被り現れたそいつは、「…………」とてつもなく不気味だった。


 そのまま通り過ぎてくれりゃいいのに俺の目の前で足を止めるとジッとこちらを見つめてくる。

 明らかに不審者過ぎる風貌に眉をひそめ——、しばらくして思い当たる節にぶつかった。


「ぁー……もしかして十束剣とつかのつるぎの人? 悪いけど、俺はここのもんじゃないから——、」


 相手からすればレジスタンスの拠点について出くわす最初のメンバーだ。案内を期待しても仕方あるまい。

 誤解を解くべく手短に説明したのだが、


「守衣……玲衣……?」

「……、ぁ……?」


 突然名前を言い当てられ流石に首を傾げた。なんの反応もないことにそいつは顔を晒すことにしたのか、フードを脱ぐと出てきたのは女の顔だった。長い髪を流し、鋭い光が目には宿っている。歳はそう俺と変わらないようにも思えるけど、恐ろしく美人だ。一度見たら早々忘れることもない。女優かタレントでもやれそうなオーラを漂わせてはいるけど……、……誰だ……?


 全く身に覚えがない。もともと女優とかアイドルには興味がないし何処かで見かけた程度なら仕方ないが、そもそも俺の名前を知っているということはそういう類のものでもないのだろう。


「何処かで会ったことあります……?」


 一応下手に出てみる。が、流れるのは沈黙だ。


 ……なんなんだこの人。


 いくら顔が整っているからと言ってもただじっと見つめられていては気味が悪い。気不味さに耐えきれずに俺の方が視線を逸らすとスッと隣を風が吹き抜け、


「いえ、人違いでした」


 あっさりと発言を撤回して俺を置き去りにしていく。


「名前を言い当てといて人違いもクソもねーだろ」

「…………」


 反射的に噛み付いてしまったがそれに対してはなんのリアクションもない。玄関ホールを抜け、ロビーのあたりでどうするべきか足を止めていた。これ以上、俺に構う気は無いらしい。というか、何かあったのか……? そんな毛嫌いされるような事が……?


 もしかしたら忘れてるのかもなー……? なんてダメ元で頭をヒネってみるがこれと言って思い出されるものはなかった。そもそも彼女の浮かべた表情は嫌悪というよりも困惑に近く、また戸惑いと言ってもおかしくはなかった。


 そうこうしているうちに上から赤羽が降りて来たらしく声が響いてくる。どうやら部下を連れているらしい。階段を降りきり、ホールに俺とその人の存在を確認するや否や、


「ひっ……あ、ひゃッ……!!?」

「あっ、赤羽さん……!!?」


 防火扉の後ろに隠れてしまった。


「……あのなぁ……」


 レジスタンスのリーダーがあんな感じなら、俺が人の顔を覚えていないぐらいどーでもいい気がした。つか、よくこれで成り立ってるなこのチーム……。


「おい、赤羽。その人例の十束の人っぽいぞー」


 これから帰る身として最低限の伝言を告げておくと「お、女の人が代表とは聞いとらんで……?!」物陰からものすごく怯えが声が響いてくる。


「私が先行してお話を伺いに参りました。十束剣のハクです」

「は……ハクさんか……、や、山里っ……あとは頼んだでっ……」

「あっ、赤羽さん!?」


 結局姿は見えず、物音だけで赤羽が逃げて行ったのが分かった。


「……噂通りなんですね」

「ええ……」


 残された山里さん(恐らく年上)に十束の人が同情する。なんというか大変だなこの人。


「暁の騎士団の山里です……。代表の赤羽に代わってご案内します、こちらへ」

「はい」


 案内され二階へと向かう十束の人。その横顔を見たところでやはり名前は思い出せない——か、「なにか……?」「ぁー……」あまりにも見つめるもんだからまた目が合ってしまった。

 今度はこれといった感情を見せず、ただ事務的に見つめ返され返答に困る。


「いや、なんでもない。まー、頑張って……?」

「はい」


 覚えてないならどうでも良い。天使と事を構えるっていうならさっさと退散する方が吉だろう。


「んじゃ、俺はこれで。お邪魔しましたー」


 戦利品(食量)を放り込んだリュックを担ぎ、今度こそ玄関へと向かう。

 今度こそおさらばだ。これ以上ここにいて面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。


「…………」


 しかしジッと見つめられているような感覚は背中に張り付いていて、その視線の持ち主があのハクとかいう女の人だということは分かっていた。そこまで俺を特別視しているくせにやはりそれ以上何も言ってくるつもりはないらしい。いつの間にか視線も外れ、階段を登っていく音が響き始めた。


 俺も何をこんなに気にしてんだろうなー……?


 自分の名前を知られていたからといってそこまで気にかけている自分にも違和感を覚えていた。幾ら美形だからといってもそこまで気になるもんか……?


「うーん……?」


 何か大切な事を、……大事な何かを見落としているような気がして足を止め——、


「————…………?」


 何か聞こえたような気がして玄関ホールで天井を見上げる。

 何処かで何かが割れたような、本当に小さな音だが何かが聞こえた。


「おい、みーこ」


 なんとなく嫌な予感がして臨戦体勢を取り——、


「っ……?!」


 爆発音が上の方から聞え、それと同時に建物自体が震えた。パラパラと天井の破片が落ちて来る。


「まさかっ——、」


 考えるより先に体が動いている。慌てて俺は階段を登り、途中で十束の人も追い抜くと彼女も後を付いて来た。いや、お互い同じ場所を目指していたらしい。向かった先は少女が処置を受けている5階。一気に階段を登り切り滑りこむとそこには火の海が広がっていた。


「あっつッ……」


 思わず腕で庇い、視界を確保すると双葉が炎の中心にいるのを見つける。彼奴が睨む先には、


「み、「イフリートォ!!」


 俺がみーこに呼びかけるよりも先に十束の奴が後ろから炎の中を駆け抜け、其奴の懐に飛び込んだ。


「残炎の葬いッ!」


 その動きには一切の迷いも感じられなかった。僅かな躊躇さえも。


「————、」


 神殺しの集団と呼ばれる組織に身を置く者として相応わしいその動きに思わず見とれ、彼女は壁を突き破って入って来たらしい「天使」に向かって腕を突き上げた。周囲の炎はそれに呼応するように襲いかかり、収縮するように、最初から彼女が生み出した物のようにそれらは襲い掛かり——、ッ……?!


「待て!!」


 その影に気がつき思わず跳び出す。ダメ元でボロボロの左腕を伸ばし——、しかし、間に合わなかった。

 天使に向かって牙を剥いた炎は「その腕に抱えられているあの少女」諸共覆い尽くし飲み込む。一切の容赦もなく、獰猛な獣の唸り声のようにも聞こえる音を上げてそれは舞い上がった。


「灯李ちゃん!!!」


 思わず叫ぶ双葉。愕然と俺の足も止まり、目の前の光景をただ見つめる。

 天使が、燃えていた。炎に包まれて——、「ゥおい!!」


 美しく、聖書の一節のようにも思える光景に飲み込まれそうになりながらも十束のその人に摑みかかると突然炎が弾けた。


 炎を振り払うかのように広げられた天使の翼は炎とともに光を漂わせていた。中にいた天使にも、少女にもこれといったダメージもなく、火傷一つ負っていない。幸か不幸かその状況にとりあえずは安堵し、しかし安心している場合じゃないと再び踏み出そうとした矢先には天使は自分の開けた穴から夜の空へ飛び立っていく。


 迷わず十束の悪魔憑きは炎を身にまとい、闇夜の中へと身を投げた。

 明かりのない都心の中を白銀の光とそれを追う炎がうっすらと浮かび上がり、ビルの狭間に消えて行った。残されたのはすっかり焼き焦がれ、大穴のあいたフロアだけだ。


「な……、」


 外から吹き込む風に今はもう使われていない患者のカルテが巻き上げられ、炎の中で燃えていく。騒ぎを聞きつけてやって来たレジスタンスの面々は慌てて消火器を手に火を消し始め、俺はその光景を呆然として見ていた。

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