第7話 暁の狂戦士(1)
人間、極度の緊張状態から抜け出すと放心し、色んなことが割とどうでもよくなるらしい。
「ぁ~……」
天使との戦闘に割って入ってきたレジスタンスのリーダー・紅羽真矢に助けられた俺は無事元東京医科大学病院の待合室で盛大に寛ぎ果てていた。
「なんつーか……凄かったよなぁ……ありえねーっていうか……マジもう勘弁して欲しい……」
誰に話すわけでもなく、ぶつくさと独り言をこぼし、包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を見つめる。
痛み止めのおかげで随分と軽くはなった。槍で貫かれた時は治らないかと思ったけど元に戻してみれば傷口もそこそこ塞がって、ちょっとズキズキする程度だ。頭の傷も縫うほどではなかったようで止血したらなんとか止まってくれている。そして、例の少女・灯李は自称名医の元へ。
解決したのだ、無事に。なんとかここまで辿り着けた。
距離にしてみればそれほどあるわけじゃない。新宿駅を挟んで斜めに、直線距離では2kも離れてい無いだろう。
だが随分と遠回りをし、面倒ごとに巻き込まれた。日頃の行いか、それとも神の思し召しか……。珍しく人と関わった挙げ句、こんなことになるようであればやはり一人で自由に暮らしている方が随分と楽だ。
「なんや、お前。こんなところにおったんか」
「んぁ……」
ソファーの背の向こう側。
通路を横切ってきたらしい紅羽が顔を覗かせていた。
「みんな上におるで? 何しとん」
「騒がしいのは嫌いなんだよ。知ってんだろ」
「変わらんなぁー……?」
紅羽とは同じ新宿を拠点にするもの同士、多少の面識はあり、何度かレジスタンスにも誘われていた。その都度断ってはいるが。
「女の子かぼーて戦っとるん見えた時は心底驚いたけど。……なんや、相変わらずか」
俺をつつき、隣に座らせろと顎で指示してくる。体がだるいのはあるが一応ここは此奴の根城でもあるわけだし、敬意を払って起きあがってやることにする。さっきの礼もあるしな。
「そういうお前も変わんねーな。なんだよあの慌てっぷり、まだ『女は悪魔だー』とか言ってんのか?」
「しゃーっないやん!! 怖いもんは怖いんやかい!!」
この関西弁を喋る脳筋バカは極度の女性嫌いでもあった。正しくは「女性恐怖症」らしいのだが、高校を卒業するまでの間、祖母以外の女性と関わった頃がなかったらしく、大学デビュー、初の上京後の飲み会で散々な目にあったとかで激しく女性に対し「恐怖感」を抱いていた。
自他共に認める驚異のアニオタであり、防衛大学校を卒業後は幹部候補生としてバリバリ国を守る予定だったらしいのだが——、世間がこんなことになってしまって以来、自分の正義感に基づいて行動し、レジスタンスを結成に至る……らしい。
やけに馴れ馴れしい態度や、悪魔との契約による「代償」のおかげで何処まで本当かはわからない。だが、その戦闘能力は確かなもので、実際、「あの天使」から俺たちを救い出してくれた。
「……とりあえず一時的に退けることはできたけど……、また襲ってきよーるで、あいつ」
「守りは完璧なんだろ? じゃなきゃ、とっくに崩されてる」
ここは天使がいる都庁からは本当に目と鼻の先に位置する。それなのに組織が維持できているということはそれなりにやりあえているんだろう。
「あくまで守りに徹すればこそやな。……けど、あの天使が現れてからは結構ギリギリや。上級の悪魔と契約しとる俺でも倒し切れんかった、——むしろ、向こうが退いてくれたから助けられたようなもんや。……わかるやろ」
「……あぁ」
悪魔にも階級がある。有象無象の下級から知識を持ち、名前を持つ上級まで。紅き閃光、返り血の
「けど、どうにかしないと本気で俺ら狩られるな……計画はあるのか?」
「すいこーちゅー、……今んトコ、全敗や」
「そっか……、お前とタイマンだったら?」
「あちらさんの方が上。束になって掛ってようやく五分、ドンドン戦力削られて戦略的撤退って奴やな」
「やられてる時点でタダの敗走だろ」
「せやなっ、ていうか自分、やっぱオモロいなぁ? ウチにこーへんか?」
「やめろ、バカがうつる」
「酷いなー、……せやけど、やっぱ玲衣くんも男なんやなぁ? 女の子には敵わんてか?」
「ぁ?」
「あの子らのこと守っとったんやろ? よう近づけへんから話は聞いとらんけど、あーいう子がタイプやったとは知らんかった」
グイグイと肘でイジられる。相変わらず女は苦手だとか言いながら色恋沙汰には目がないというかなんというか……。
「なりゆきだ。見捨てられなくてこーなった」
左手を掲げてのお手上げ、だ。
「つか話が逸れてるよ。……どうするつもりなんだ」
このまま天使を野放しにするわけにはいかない。倒せなくとも新宿から追い出す程度のことはしないと明日は我が身だ。殺られるか、逃げ出すか。二つに一つだろう。少なくとも俺は「あの居心地の良いねぐらを」捨てたいとは思ってない。
「
「過激派じゃねーか。あちこちで神兵狩りまくってるっていう」
「そいつらとコンタクト取ってみた」
「はァ!? 新宿を戦場にする気かよ」
「もうなっとるッ」
「……?」
「……お前は独りで暮らしとるから知らんとるやろーけど、ここ数日は酷いもんや……。……これ以上被害が出るんいうなら——、……街が消える前に人が消えるわ」
「赤羽……」
「……悪い。……流石に俺もちょいと疲れとるみたいや」
悪い奴じゃない。ただ、バカみたいに一直線で、お人好しだって事は俺も知ってる。その赤羽が言うのだ、事実なのだろう。実際、昼間の神兵の動きといい、あの天使といい、異常といえば異常だった。それを「自分に関係ない」で片付けようとしていた俺の方がどうかしてるのだ。仮に、関わることで自分が危険になろうとも。
「…………」
ふと頭の中が急激に冷えた気がした。そんな考えに至ったことが間違いだったように。双葉を守り、このレジスタンスの拠点にきて空気に流されそうになってる自分がいやしないか……?
頭の中はやけに冷静だ。十束剣とこいつらが天使とやりあおうが俺には何の関係もない。あの天使を放っておくのはどうかと思うが、それに自分から進んで関わる必要は——、
「ああっもうっ!! みーこ!!」
ぐちゃぐちゃと考え始めた頭を振ると猫の姿でみーこが跳び出してくる。
「おやおやっ、ヌシ様よ? なにかな?」
「ヒトの頭ん中掻き回すのヤメろ。性格悪いぞオマエ……」
「耳元で囁くのが悪魔の仕事じゃよ?」
どうやら人の思考回路に割って入ってきていたバカがいたらしい。当然だ、俺が「自分にも関係ある」だなんておかしな話なのだ。少なくとも俺は食量に困ってはいてもこの周辺の神兵事情に悩まされてはいない。どこ吹く風で聞き流せばよかったんだ。それをこのバカ(悪魔)は——。
俺の視線など物ともせずみーこは赤羽を見上げて微笑み、それに対し赤羽は若干身動ぎする。場合によっては今すぐ逃げ出さんと言わんばかりだ。
「よかった……猫の姿でホンマよかったわ……、もう一個の姿やったら俺死んでたで……」
「相変わらず可愛らしいのうお前は?」
「そなかわええやなんて〜、照れるで〜」
「じゃろぅ〜?」
「なに二人でほのぼのしてんだよ」
赤羽といると調子が狂う。というか、戦いの時とギャップありすぎなんだよ、こいつは。
事実、あの天使を相手にしてもそこそこ互角に渡り合っていた。赤い甲冑を纏い、力でこそ押し負けていたが、あの天使の速度に付いていっていた。認めたくないがそれは事実で俺たちがなんとか逃げることが出来たのもそのおかげだ。
「上級悪魔か……」
神兵と悪魔が同等の存在だとすれば、天使と渡り合えるのは「それ相応の存在」ということになる。また逆に、「他の奴らとは比べ物にならない力を持った悪魔憑き」の存在は「それに等しい力を持った存在」を暗に示していたとも言えるのだろう。そう考えれば天使の存在自体も別に受け止める事ができる。倒せない相手でもないとも。しかし、それを「俺が出来るか」と言えば……、
「……」
放り出された左腕に自然と目がいった。持てる力の全てを出し切っても倒しきれなかったのだ。ならここは大人しく赤羽のグループと「十束剣」の共同戦線を見守らせてもらうとするかな……? これ以上怪我したくないし。
「相変わらず日和見主義じゃの」
勝手に心を読んだみーこが呆れソファーに飛び乗る。赤羽はいつの間にか上の階へ戻ったようだ。広く薄暗いロビーの中で俺とみーこの声がただ響き渡る。
「命のやり取りなんて柄じゃないかんな」
「勝機があるうちに掴んでおくというのも手じゃぞ?」
「めんどくせェ」
「呆れた奴だわい」
好きに言ってろ。なんと言われたところで意思は変わらない。第一「神殺し」の異名を持つ奴らに任せておけば問題ないだろう。神兵を殺し周り、あの「東京タワー」を消失させた事で十束剣は有名だ。噂だと「天使」を狩った事もあるとかなんとか……。流石に冗談だと思っていたけど、アレと遭遇してしまった今ではただの噂だったワケでもないらしい。ただ、本当に倒せたのかは疑問が残るが……。
「第一、本当にどうにかなんのかよ、アレ。……束になっても抑えきれるとは思えんぞ」
「それはお主の限界じゃよ。その気になれば神にすら手が届くのが人間ではないのかや?」
「ンなやつ数千年に一人生まれるかどうかの次元だっつーの」
それ程までに、あの天使の力は異常だった。出来ることならもう二度とやり会いたくない。しかしここ新宿に身を寄せていれば再び出くわすこともあるだろうし、自分でどうしようもないのであれば他人に任せるしか……。
「他人かぁ……」
いまいち信用できないんだよな。他のやつの力って……。
生まれ育った環境が悪すぎた。
そういう自覚はある。他人といえば自分を虐げるだけの存在で、どんなに身近な人間であっても所詮最後は良いように使われるのがオチだった。それが俺の行動原理に繫がっているのかもしれないが、自分の親がクソだとどうにも人間不信になりがちらしい。
「……腹が減ったな」
情けなく鳴り響いた腹の音に渋々腰を上げる。過去の話は気も重くする。
嫌な思い出だけうまく消えてくれれば良いのにといつも思うが、そう上手くいかないのが人生だ。楽しかった記憶からどんどん消えていく。元より、そんな思い出なかったのかもしれないけど。
エレベーターは動いていないので赤羽に倣い、階段で上の階へと向かった。食糧庫の物を食っていいとは言われてないが、ダメとも言われていないので少しぐらい良いだろうと自分ルールを制定し、適当に倉庫に辺りをつけるとしらみつぶしに何かないか探し、結局いつも通りおなじみのスティック状の栄養補助食品を何本か頂いて廊下突き当たりに設けられた休憩所へ腰を下ろした。ガラス越しに見える都庁には青白い月明かりが差しており、天使の姿は見えなかったが「そこにいる」のは明らかだった。
怖いとは思っていない。だけど——、
「……うんにゃ」
もう関係ないか。これ以上、あいつに関わるのは辞めだ。ただ黙ってパッケージを向き、口に頬張る。いつも通りに使うとズキズキと痛む左手がどうにも鬱陶しかった。
「なんだ、ここにいたんだ」
「ぁ?」
声に振り返ると双葉が立っていた。俺は別室で処置を受けていたからここにやってきて以来だった。
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