第5話 白銀の天使(1)
近づくほどに火の勢いは増し、更にその騒ぎはハッキリと耳に届くようになっていた。
靖国通り沿いに広がった炎はあちこちに飛び火し、街を飲み込もうとしている。木造の建築物は全くと言っていいほどないのだが、いかんせん建物と建物の間は密集している。放り捨てられた車のガソリンに引火し、時折爆発まで起こっている具合だ。そして何よりもその火に彩られるようにして歌舞伎町に拠点を構えているグループと神兵たちの戦いが勃発している。
異形の姿に体を変えているもの、辺りの炎を操るようにして扱う者——。
人数にして十数人といった所だが、ここら辺一帯のチームが集まっていることを考えれば多い方だろう。
悪魔と契約し、悪魔憑きになる奴は多い。だけど、それも長く続かない。
「シンジ!!」
「アヒャヒャヒャヒャッ」
ひとり、火だるまになりながら神兵に突撃し、その頭に飛び込む形で爆散した。
恐らく、悪魔に「全てを喰われ」「乗っ取られた」んだろう。
悪魔は肉体を持たない。——契約によって人間の体を蝕み、奪い、最終的に「好きなように使って」「捨てる」。
死という概念のない「悪魔」という存在の俺の嫌いな理由だった。身を削ってまで生きる為に悪魔と契約したというのに終わるときは一瞬だ。使い捨ての、それこそゲームの「キャラクター」みたいに適当に使われて死ぬ。
そのことをみーこに抗議したこともあったが、「久しぶりの肉体じゃて、嬉しいんだろう」と鼻で嗤われた。低級の悪魔の頭が足りてないともいっていたが、そんな奴らに使い捨てにされることにもムカつく。……ムカついたところで、その悪魔の力に頼らなければどうにもならないことには変わりないんだけど。
「——して、陽景と灯李の居場所はわかるのか?」
「……あかり? 誰だそれ」
「あのちびっこい方だよ。主がイビキをかいておる間に色々聞いた。名前以外はあやつも知らんようだったがな」
「ふーん……」
やっぱ妹じゃないんだ……。なんとなくわかってはいたことが判明してとにかく先を急ぐ。
あの戦闘に巻き込まれているとは思えないし、身を隠すなら——……。
「……ここかな……?」
靖国通り沿いから新宿中心部に広がる通称・新宿ダンジョン、その入口で足を止め、ペンライトを取り出す。
地下通路への入り口はあちこちにあって、逃げ込むとしたら恐らくここだろう。昼間にその存在を知ってはいるようだったから可能性は高い。ライトに照らされた階段の先はあかり一つなく、壁には亀裂が入って今にも崩れ落ちそうだった。このまま上で争いが長引けば朝には本当に潰れてしまうかもしれない。
「力を貸そうか?」
みーこが嬉しそうに尋ねてくるがそれは断る。
「いざとなったらでいい」
今しがた爆散した奴を見たからというわけじゃなけど、下に住み着いてるのは犬猫、ネズミもいそうだな……。なるべく慎重に足を降ろして行き、耳をすませる。階数にして地下2階、地上の騒ぎが聞こえなくなるくらいまで降りたあたりで広い通路へと辿り着く。東西南北、あちこちのビルに繋がるようにして作られた「新宿ダンジョン」。頭の中にはおおよその地図しか入ってないけど、とりあえず二人を探すことのが先決だった。
「おーい、双葉ー、灯李ー?」
暗がりの向こう側に犬どもの住処があるとも限らないのであくまでも声は控えめに。
もっと荒らされているかと思ったが、地下通路は立ち並ぶ店の商品が散乱しているぐらいでそこまで酷い状態ではなかった。ただ、店の中に隠れているとしたら探すのはちょっと面倒だ。
……いや、地下に潜ったんならそのまま抜けることを考えるか……?
靖国通り沿いを一旦離れ、大きく迂回することにはなるがJR新宿駅の地下を潜る形で西口側へと抜けられる。そのことを双葉がどれだけ知っているかはわからないけど、探すとすればそっちだ。
足の向きを変え、浮かび上がる影の中に動くものがないか慎重に探りながら歩く。
所々、やはり天井が落ちていて通れなくなっている箇所は店の中を抜け、反対側の通路へと迂回する。くねくねと、快適とは言えない息苦しさの中を歩き続け、ようやく新宿駅近くを通る地下通路へ出た瞬間——、
「うっ……」
異臭がした。
というよりも、腐臭か……?
臭いの原因はすぐ判明して人の肉だった。正しくは喰い散らかされた人の残骸だった。
ライトの先で浮かび上がったそれには虫がたかっていて酷い有様だ。獣臭さも充満し、ここが奴らの住処であることは明白だった。
みーこを肩に乗せ、慎重に様子を探りながら足を進める。
いつ、何処から襲われても良いようにライトを左手に持ち替え、右手にナイフを握った。呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ます。
必ず奴らは何処かに潜んでいる——。
掴みきれない痕跡を探るようにゆっくりと物陰を移動し、パチパチという炎が燃える音を聞いた。
ほのかに通路の向こう側が明るくなって影が伸びていた。
——誰かいる——、息を潜め、向こうを伺うと僅かばかりに呻き声が聞こえた。
人じゃない、獣だ。喉を押し潰されるような苦しげな鳴き声にそいつが「焼かれている」のだと気付いた。
出来れば出くわしたくない。
話して言葉の通じる相手ならいいが、「悪魔に乗っ取られた人間」という可能性は大いにある。でなければまともな神経をした奴がこんな地下通路を通るはずがないのだ。ましてや真夜中に。
「ッ……」
反対側の階段を使えば迂回して抜けられそうだったが身を隠すような場所はなかった。
通路を横切る他なく、その姿を見られたら一気に臨戦体制に入るしかない。
ドクンドクンと脈打つ心臓を落ち着かせ、ゆっくりと腰を落として前へと進む。地上の騒ぎはここまで響いてきていない。下手に石でも蹴とばせはそれは奴の耳にも届くだろう。
そっと、そーっと足を運び、ようやく反対側の壁まで手が届きそうだって時に頭の中をよぎったのは、昼間神兵に見つかった時の事だった。出し抜いた、そう思った瞬間、後ろを取られる——。その経験からか反射的に俺は後ろを振り返り——、「へっくしゅ!」その挙動が鼻先をついたらしく、みーこのくしゃみを誘発させた。
「うォォおおお!?」
一瞬にして全身の毛がさかだった。
慌てて跳び込んだ後ろで炎の塊が壁を抉った。
「クッソッ!!!」
着地と同時に地面を蹴り、一気に方向転換。そのまま地面スレスレを走り抜けるようにして一気にそいつとの距離を詰める。
「みーこ!!」
炎を投げてきた時点でこいつは悪魔か悪魔憑き決定だ。人間相手じゃない以上、こちらもその力を使わないことには勝負にすらならない——。
鼻先三寸。
振り上げようとした右腕は肘を曲げたあたりで固定され、その振り下ろされようとしていた腕を掴んだ左手は、異形の形へと変化していた。
そして驚きのあまり大きく見開かれた瞳——、その中に映る俺も相当驚いた顔をしていた。
顔と顔がぶつかりそうな程に接近し、お互いに動きが止まってそのままおでこをぶつけて転がった。
せめてもの抵抗だと左腕で「彼女を」抱きしめて俺は仰向けに頭を打った。
「ででででで……」
「な……なんで……? どうしてっ……」
「そりゃこっちのセリフだろぅ……」
ズキズキ痛む後頭部や腰にしかめつつ、見上げた先に彼女がいた。
双葉陽景が。あたりに炎を浮かび上がらせつつ、こちらを見下ろしている。
視線を巡らせてみれば少し離れたところに灯李とかいう女の子も横になっていた。
「なんでぇぃ……お前も悪魔憑きだったんじゃんか……」
危うく黒焦げにされかけてとりあえずお手上げの降参ポーズだ。助けにきてほんと損した……。
「なに考えてるの……?」
「なにって……なにも言わずに出ていって、その上騒ぎが起きてるの気付いたら放って置け無いだろ。……そんな力あんなら来なくてもよかったって後悔し始めてるとこだけど……」
隣で炭と化した犬もどきを哀れに思う。よくみればあちこちに焼死体は転がっていて、相当の悪魔を憑かせているらしい、当人は傷ひとつなく、余裕さえ見える。
隠してた——……んだろうけど……それはお互い様か。
俺だって普通は自分から進んで「悪魔憑きです」とは名乗らない。神兵や魔獣に対抗できる力は重宝されるが故に災いも呼び込む。消耗するだけ使われて、使い捨てられるのが関の山だ。人にも悪魔にも。それは悪魔憑きとなったものの運命(さだめ)なのかもしれない。
「上級悪魔の様じゃな?」
ひょいっと俺の頭に乗っかってきたみーこが双葉のひたいに触れる。肉球がぷにぷにしていた。
「……ふむ、出てこんか」
「みーこちゃんみたいに出てくる方が珍しいんだよ」
「それもそうだな。ヘマをして真名でも掴まれたりしたらえらいこっちゃだからの?」
「いい加減降りろよお前ら……」
いつまで人の上で会話してやがる。
しっしっ、と肥大化した左腕ではらって、一回分無駄にしたなーっと呆れる。あれだけ慎重に使おうと思った矢先にこれじゃ、先が思いやられる。普段使いには不便な腕を元に戻すか悩んだ挙げ句、どうせならしばらくこのままで良いかと放置する。少なくとも今夜は必要になるだろう。
「……で。道わかんのか?」
ペンライトを拾い、双葉の出している火の玉のおかげで幾分か明るい視界を確認して尋ねる。頭の中の地図と重ね合わせて、ここから先のルートとを考える。改札の中を抜けるか、外回りに歩いてみるか——……、
「……容体、悪そうだな」
「熱がまた上がってて……黙って出ていくつもりはなかったんだけど……」
申し訳ないと思っているらしくその表情は暗い。別に俺自身怒ってる訳でもないのでそこは軽く流して手伝う。腕がでかくなったぶん、背負うなら俺の方がいいだろう。しかし、
「やめてっ……!!」
「っ……? ぁー……?」
腕を伸ばした所で盛大に拒絶されてしまった。
「……ごめんなさい……、……貴方が心配して来てくれたって言うの……やっぱり信じられないから……」
「おや」
少なからずショックを受けている俺に比べみーこは楽しそうに笑った。
「嫌われたもんじゃの?」
「違うのっ……! そうじゃなくて……」
「……?」
言葉を探しながら少女を背負うと双葉は腰を上げた。彼女に従うようにして周囲の炎は揺らめき、パチパチと音を立てている。
足を踏み出すか言葉を切り出すか悩んだ挙げ句、黙り込んでしまった双葉に俺が先に口を開いた。
「まぁ……仕方ないんじゃね……?」
「え……?」
別に仲良くしようとか思ってるわけじゃない。これといって何か縁があるわけでもなければ助ける理由もない。ただ、俺が「見捨てるとイラつく」から付き纏ってるだけで彼女からすれば不気味以外の何物でもないだろう。なら、近づくなと言われても仕方がない。
「悪魔憑きってわかってさ、そういう反応結構されて来たし……」
みーこは呆れて頭の上で寝そべり、ペシペシと尻尾で頬を叩いてくる。
腕を差し伸べた相手に振り払われたのは初めてじゃない。大丈夫、わかってる。悪魔憑きとはそういう存在だ。
特に俺なんかは火や水を操るようなタイプとは違って「体が変形するタイプ」。契約の紋章も左目から腕にかけて伸びて気持ち悪いし怖いしで、子供に泣かれることだってしょっちゅうだ。
「まぁ、信じてくれないのは構わないからそこまで案内してやるよ。歌舞伎町側で騒ぎが起きてんなら都庁側は手薄になってるだろーし……」
傷ついていないといえば嘘にはなるが気にしたって始まらない。夜が開ける前に寝ぐらには戻りたいし、先を急ぐことにした。
少女を双葉に任せ、俺は先に行こうとするが後をついて来る気配がなく、仕方なく足を止める。
振り返れば少女を背負おうとしたまま双葉は黙り込んでいた。
「あのなぁ……」
力になると自分から言いだしておいてなんだがこうも足を引っ張られると面倒にも程がある。苛立ちを隠せないでいると「もうッ……!」双葉の方が半ばやけくそ気味に立ち上がって俺を追い抜いていった。
「……だって……仕方ないじゃないっ……」
先に歩き出した俺を追い抜くようにしてややヤケクソ気味に双葉が切り出した。
「助けてやるっていう人ほどロクな奴じゃなくて……!! 前払いだっていって食量だけかっさらっていくような人たちもいたのに、はいそうですかって貴女の事信じられるわけないじゃない!!」
口調を強め、ドシドシと怒りを歩みにぶつけるようにして双葉は進んでいく。
心なしか明かりがわりに灯している炎もやや強めになった気がしないでもない……?
「だって男の人だよ!? バカなの!?」
「は……? 何が……」
思わず聞き返えす。何がどう繫がってそうなるんだ。
俺の質問が癇に障ったのか、それとも自分で地雷を踏んだのか更にカッと熱くなった双葉は俺を見据えて怒鳴り散らした。
「バカだって言ったのよッ、このバカ!」
「ェー……、」
迫力がないにも程がある。これじゃ負け犬の遠吠えだ。
「自分は特別だとか、俺が守ってやるとかその癖さっさと死んで、悪魔に乗っ取られて死ぬんでしょ……!? ほんとバカみたい!」
——随分な言われようじゃのぅー?
「みーこは黙ってろ……!!」
いつのまにか姿を消していたみーこを叱りつつ、俺も黙って後をついていく。このぶんだと周囲の警戒も怠っていそうで——、「ッ?! あぶなッ」「邪魔!」
物陰から飛び出して来た野犬、もといハイウルフを灰(の)ウルフ(とは言っても元犬だけど)に変えつつ双葉陽景はずんずんと前に進んでいく。
……ヤベェ……、なんだこいつ、もしかして相当やばい……?
ヒステリックな女ほど面倒な奴はいないとパニック映画で学んだつもりだったが、実際に目の当たりにしてみれば手に負えないにも程がある。
次から次へと溢れ出てくる罵詈雑言を耳にしつつ、しかし彼女のいう事にも一理あるとは思っていた。
悪魔の力を過信し溺れていくものも数少なくない、そしてその力を振り回し、好き勝手に振る舞うものも。他者とは違うということは悪いことばかりじゃない、力に限ってはそれすらも武器になる。
だからこそ悪魔憑きは忌み嫌われ、それでも、良いように扱われている。
「どうせ貴女もいざとなったら手のひらを返すし、尻尾巻いて逃げるに決まってます!! それか突然襲いかかってくるに決まってるんですよ! この狼!!」
「狼なのはどうだろうか……」
便利なのは認めつつ、若干どころかかなり難しかない自分の左腕を見つめる。
確かに狼のそれには似ているがそんな一部分だけを指して言われても困るような困らないような……?
頭の中でみーこがいひいひ酸欠になりそうな勢いで笑っているのが心底むかつく。都合の良い時だけ逃げんなよこの悪魔。そしてそんな俺の心情は無視して双葉は捲し立てていた。
「とにかく! 信用ならないのは仕方ないでしょ?!」
「……だからそう言ってんじゃん……」
それは俺も賛成だし仕方ない。そういう世界になっちまったんだから受け入れるしかないだろ……。
それなのに双葉陽景は自分で言っておいて「気にくわない」という顔をしていた。子供のようにムキになって、顔を真っ赤にしてまで怒って——。
「ぁー……」
もしかして……、
「……否定して欲しいのか、お前」
「ッ……!!」
なんとなく言った言葉に双葉の足は止まった。
「そんなことないって言って欲しかったりする……?」
まさかとは思ったが図星だったらしい。口を横にめいいっぱい閉ざして眉を寄せ振り向いた。泣き出しそうな、それでいてまだ怒り足りなそうな顔に思わず吹き出す。
「なっ……!」
笑われたことが心外だったらしく、双葉陽影は背筋を伸ばして目を丸くする。そんな姿さえも間が抜けてて俺の頰も緩みっぱなしだ。
なんだよ、めんどくセー奴だなぁ。そう思いつつも悪い気はしない。いや、名前しか知らないような子供を背負って危険をおかしてるんだ。悪い奴ではないんだろう。けど、ただ無愛想で、不器用だってことがよーくわかった。
「俺は見捨てねーよ、多分な」
本当にいざとなったらどうなるかわかんないけどさ。
けど、自分の命欲しさに他人を差し出すような真似は俺はしたくないと思う。……否、そうまでして、生き延びたいなんて思わない。
「任せろお姫様、俺がお前の騎士(ナイト)になってやらーっ?」
「ばっ……バカにしてますか!?」
「これでバカにしてなきゃ相当なバカだよ俺もー」
「はぁいッ……!?」
なんだかうだうだ悩んでたのがバカらしく思えて来た。
助けたいなら助けりゃいい。見殺しにしてウジウジ引きずるよりかは随分良い。世間がどうとか、周囲はこうとか関係ない。結局どんな風に世界が変わろうとも俺は俺で、無理やり変える必要なんてないんだろう。
恐らくそれは、お前の身を滅ぼすことになるがな。
人の考えを勝手に読んだみーこが呟く。わかってる。それでも今はこれで良いって思える道を選ぶんだよ、俺は。
「バカものめ」
ひょいっと飛び出して来たみーこは肩に乗ると心底呆れた様子で首を頬に擦り付けて来た。
「私の入る器を粗末に扱うでないぞ?」
「へいへい」
時折、こいつが本気で俺のことを心配しているのか、それとも契約上のものなのか分からなくなる。ある程度信頼しているつもりではいるけど、それでも悪魔だ。最終的に俺を乗っ取ることが目的で、助言はそれまでに「俺が死んだら困る」からだと思って来たけど——、
「……お前も実はいい奴だったりするわけ」
例外は、あり得るんだろうか。
「何を今さら言っとるんじゃ? 私は天使のようなみーこじゃよ?」
澄ました顔で告げるみーこ。どう答えられたところで真相は闇の中——、か……。つか天使って。
「笑えねー」
少なくとも俺が見た天使はそんな優しそうなもんじゃなかったからな。
「どうして……そんなふうに笑えるの……?」
「ん?」
「私だってこの子を見捨てようって何度思ったかわかんないのにっ……なんでっ……」
此奴自身、それほどの覚悟があって灯李を守ろうとしているワケでもないらしい。つまるところ俺と同じなんだろう。ズルズルと、見捨てることが出来なくて迷いながらもそれを突き通すしかいられずにいる。
「お前と違ってつえーからじゃねーの?」
少なくともお前よりかは。
悪魔憑きになる以前のことはあまり思い出せない。世界がこんな風になってからが大変すぎてただ必死だったからだ。だけど、この力を得る以前から俺は「出来ないから」と諦めることだけはしなかったと思う。諦めるぐらいなら死んだ方がマシだと思っているから。
「バッカじゃないの……」
「バカでけっこーだよ」
どうせバカじゃなきゃまともでいられない。
そういう世界だった、ここは。
そうこうしている内にぼんやりと、道の先が明るくなって来ている。新宿西口前は巨大なロータリーとなっていて、地下と地上の二段構造だ。地上のオフィスビルを繋ぐようにして地下の歩道は広がっている。駅構内から広場を抜け、真っすぐ都庁方面に向かった先に新宿中央公園があり、その手前で曲がれば東京医科大学病院まで通じているハズだ。
……改めて通ってみると迷路そのものだな……。
ただ、問題があるとすれば「地下通路」は都庁の目の前で「地上へと変わる」。天井が消え、地上へと引きずり出されるのだ。そうなれば上空には「あの天使」がいる。見つかるかどうかのリスクを取るよりかは多少遠回りしてでも地下鉄まで降りるか……?
あーだこーだと考えているうちに双葉の足が止まっていることに気がつく。振り向けば少女を下ろして汗を拭いてやっていた。
「悪いのか……?」
尋ねておいてなんだが症状は明らかだった。
呼吸のリズムが短く、髪が張り付くほどに異常な汗をかいている。一刻も処置が必要に見える。
「こうなりゃ一か八か地上に出て、最短距離行くしかねーかな……」
真っすぐ進んで、真横に曲がるよりもその間の道を斜めに突っ切る方が早いに決まっている。地上はビル群だし、奴らの目に止まらない可能性も高かった。しかし、最悪の場合「レジスタンスを囲んでいるであろう」神兵たちと出くわす可能性もある。
どれだけの人員を歌舞伎町側が吸い寄せてるか——、それにかかっていた。
「……悩んでる場合じゃねーか、これは」
「ぁ、ちょっと!」
言って双葉の抗議を無視して少女を抱きかかえる。緊急事態だ、俺が抱えた方が足は速い。
「今だけでも良いから信じろ、手遅れになったんじゃ元も子もない」
とはいえ、信じてもらえないだろーけど……。分っていて告げ、
「っ……わかった……」
双葉も渋々了承した。とにかく最善を尽くすしかない。やると決めたらやるしかねーんだ、腹くくれッ……。
自分に言い聞かせ、進むべく方向を変える。近場の地上へと通じる階段を見つけ進んで足をかけると同時に汗が頬を伝った。気付かれないようにライトは消す。双葉にもそれを指示し、神経を研ぎ澄ます。何かいる——。
神兵か、ハイウルフか。とにかく何者かがこちらを伺っているような気がした。
暗闇の中、うっすらと月明かりが浮かび上がらせる地上へと恐る恐る足を踏み出し、見上げた夜空は透き通るほど美しく——、
「ッ……?!」
体の自由を奪われた。
白銀の天使が、こちらをジッと見据えていた——。
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