第4話 都心の神兵(3)

 日が暮れ始め、ビルの影は徐々に伸びつつある。


 しぶとく葉を茂らせ、こんな惨状になりつつも生き続けている木々を見上げながらあくびを一つ。……あれからみーこは眠ったのか知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのか、一切表に出てこようとしなかった。


「……こんな所があるなんて知らなかった……」

「こうなる前から案外穴場だったんだよ、新宿御苑。百円とはいえ入場料かかるし、変な奴ら入ってこない。……あとなんか……落ち着く」

「わかるかも……」


 管理室にあったソファーを引きずってきてベットがわりにし、俺はそこに転がっていた。本来のベットは怪我人に譲ってしまって使用中だ。

 神兵を巻いた後、隠れていた双葉と少女を見つけ、ここにやって来た。


 巨大な都心部にも関わらず大きく開かれた緑の大地、元々は都心のオアシスとも呼ばれ親しまれてきた場所に俺の根城だ。

 大きなガラスに囲まれ、馴染みのない植物が根を張り巡らせている。

 電気もガスも止まった現在、熱も逃げることなく、自然と適度な気温で保たれる「植物園」は隠れ家にするには丁度良い場所だった。

 外は一面芝生だし、仮に野獣どもがやってきたとしても見渡すことができる。第一、食糧に乏しい園内には滅多なことがない限り奴らも入ってくることはなかった。よって、体を休ませるには丁度良い。


「っはー……」


 ぐでーんと疲労感たっぷりの体を伸ばすと押し出されるようにして疲れが口からこぼれた。

 一日にそう何度もあんな戦闘を繰り返すもんじゃない。

 元々喧嘩とも無縁の世界に生きてたんだ。それなのに急に「命のやり取り」だなんて言われても体はついてこない。

 心は、早々に適応しようとしているから人の生存能力というものは逞しいというかなんというか……。


「それで? これからどうするの」


 本来俺がベットとして使っているパイプベットに寝ている少女の汗をぬぐいながら、双葉が言う。


「仕方がなかったのは認めるけど、病院から遠ざかってる」

「んなこと言ったってあの神兵どもの監視をくぐり抜けんのは無理だよ。こんなことになったら奴ら血眼になって俺らのこと探してるだろうし、少なくとも夜になるまでは出歩けない」

「けど——、」

「無理なもんは無理。あいつらの動き見ただろ? その子抱えてちゃ絶対逃げきれねーよ」

「……」

「誰か犠牲になるぐらいなら少しでも確率の高い線を探ろーぜ」「……わかった」

「分かってくれてうれしーよ」


 待てない、今すぐ出発しましょう。とか言いださないか心配だったけど案外冷静らしい。しばらく考える素振りをみせ、渋々ではあるけれど頷いてくれた。しゃんと黙って座っててくれるぶんにはそれなりに可愛いのなー、なんて場違いなことも思いつつ天井を見上げる。あの神兵どもの「馬鹿げた強さ」を目の当たりにしてもう一度出くわしたいと思う奴なんて早々いないだろう。あいつらはまさしく——……化け物で、……死神だ。


 どっかのレジスタンスのように「戦い、勝ち、奪い返す」だなんて到底思えない。「悪魔」という常識ではオカルトとされてきた力を手に入れてもなお、人間はあいつらに太刀打ち出来ずにいる。最初から次元が違いすぎるんだ。立ち向かおうが逃げ隠れようが、結果は同じ。奴らに見つかるのが先か、それとも野獣どもに喰い殺されるか二つに一つだろう。


「…………」


 熱がひどいのか苦しそうに埋めく少女を見るに、病気で、というのも少なくはないのかもしれない。

 今の世界、生きることの方が死ぬよりも随分と難しい。

 死にたいと言って死ねない奴らがはびこっていた時期とは大違いだ。


「つっても……理不尽なのはかわりない……か、」


 どの時代も、自分の力ではどうしようもない暴力によって無理やり決定権を奪われていく。

 今の俺たちも、過去の社会というものが存在できていた時代も。自分の意思を貫こうとすればそれなりの力が必要となり、それすら持たないものは従順に、流されるように流されていくしかなかった。

 そういう意味では今も昔も何も変わっていないのかも知れない。人の生き死には自分の意志で変えられるもんじゃない——。

 何処か悲観めいた考えが浮かび、鬱陶しくなって振り払った。

 みーこのちょっかいじゃない。自然と浮かんだ俺の考えだ。そう思うと余計に欝陶しい。

 何が楽しくて考え方まで暗くならにゃならんのだ。


「あのさ……」

「ンだよ」


 全身気だるいってのにまだ双葉は何か話足りないようだ。

 疲れの度合いからすれば少女を背負っていたこいつの方が相当キテそうなのに、子を守る母は強いって奴か? 気を張り詰めている分、疲れを感じないのかもしれない。そういう奴からどんどん消えてくんだけどな——、このご時世までよく生き延びてこれたもんだ。


「いつも……こうしてるの?」

「ぁ?」


 質問の意図が分かりかねますが。眠いのもあって盛大に不機嫌な感じになった。喧嘩腰にはなったがそこまでムカついてない。

 ただし訂正する気にもなれず、むっすーと眺めるに終わる。双葉は双葉で視線すら合わせようとせず、なんだか落ち着かないようだった。

 そりゃそうか、他人の家ってどーにも居心地悪いもんなーと俺は俺で取り合う気も起きない。余計なことに気を使って疲れたくもない。


「あのさ……こんな事になって……その……、……大変なのになんでなの?」

「待て待て待て。主語が抜け落ちすぎてて全くわからねーよ。日本語で話せ。あーゆーオーケィ?」

「…………」


 上の空で返したのが癪に障ったのか今度は双葉がむすっと顔を膨らませる。いやいや、可愛くねーから。


「人助けって馬鹿みたいだと思うから。それに危ないし……」

「ぁー……そういう……」

「……なんで助けてくれるのかなって」

「……知らねーよ。お前だってその子運んでんじゃん。気まぐれだよきっと」

「私はっ——、」

「なに」

「……なんなんだろ……」

「ハァ……?」


 ボディガードの上に人生相談にまで乗る義理なんて余計ねーぞ。

 黙り込んでしまった双葉を放っておくのも居心地が悪く。みーこが面白がって笑っているのを意識の端に押しやりつつも俺なりに気を回す。なんでこんなことしなきゃなんねーんだ。


「世界がこんな風になっちまう前から人間って割と自分勝手だと思うぞ? 自分勝手に好きなことして、自分勝手に悩んで。だからそいつを助けるのもお前の勝手で好きでやってんだから悩んだところで仕方ねーんじゃねーの? 自分って、自分でもめんどくせェって思うほど言うこと聞かねーし、もはや他人みたいなもんだよ」

「……?」

「俺は俺の勝手でお前らを守ってやるし、お前はお前の勝手でその子を守ってる。……それでいいじゃねーか。見捨てて後悔したまま生きるぐらいなら、俺は拾って死んだ方がマシだ」

「私はっ……、……っ……」

「……ぁー……?」


 何か言いかけてそのまま固まってしまった双葉に眉をひそめる。何かトラウマでも引っ掛けたらしい。飲み込めないほどの過去にでも蝕まれているようで小刻みに指先が震えていた。


「人間、いつ死んだって大して変わんねーよ。だから好きに生きたらいいだけじゃねーか」

「強い人には分かんないんだよっ……」

「そりゃ分かんねーよ。弱いやつの気持ちなんて」


 深入りするつもりなんて微塵もなく、余計なことで気持ちが揺さぶられるのもメンドクサイ。けれどこいつが自分で自分のトラウマの尻尾を踏んづけたように俺も俺で変な物を引っ掛けたらしい。


「俺にはガタガタ隅で震えてる奴の気持ちなんて微塵もわかんねー」


 ざらざらと胸の奥で擦れる、気持ち悪い感覚。頭の後ろの方がじわっと熱くなるような嫌な感じ。


「れーい」


 それに反応したのかぽんっとみーこが現れ、肩の上に跳び乗った。その目は冷ややかで対象的な俺の熱を急劇に冷やしてくれる。


「……わりぃ」


 みーこにではなく双葉に。俺の落ち度だと認めて毛布にくるまりながらも謝罪する。

 八つ当たりみたいなもんだった。……多分。

 認めたくはないけどどうにもざわついて仕方がなかった。


「……私の方こそ……ごめん……」


 双葉の萎れたような声を耳にし、それ以上話す気にはなれなかった。みーこが余計なことを言わないうちに寝返りを打ち、空気を遮る。

 せまいソファーの上では収まりも悪いが、それでも体が落ち着く場所を探した。安息の地ってやつがなくなったこの時代、気休めにしかならないとしても自分で居場所は作るしかない。そうでもしないとすぐ踏み場を失って落ちていく——、そんな良く分からないことを考えつつ微睡みの中に沈んでいくのを感じる。


 ちりちりと嫌な記憶が思い出されそうになるのを振り払い、できる限り無心で、余計なことなど考えず、ただ眠りに落ちていく。

 そうすることでしかこのクソみたいな世界で生き抜くのは難しいように思えたから。

 そんなぼんやりとした、曖昧な眠りの中に双葉の声が響く。


「けど……、……やっぱりおかしいよ」

「んぅ……」


 煩わしい声を振り払い睡魔に身を任せて毛布を手繰り寄せる。するとそのまますんなり深みに落ちていった。


「ごめんね」


 うるせーよ。微睡みながらそんなふうに言い返したのは覚えてる。

 いつの事だったか、今となってはもう思い出せないけど。昔にも、同じようなことを言われたような気がしたから。

 どうして見捨ててくれないの? どうして、置いてってくれないの。泣き叫ぶ声が誰のものだったかは覚えてない。けど、確かに言われたんだ。俺は「どうかしてる」と。


 暗闇の中、立ち尽くす俺の右手は赤く染まり、落ちた雫に目をやれば足元には血だまりが広がっていた。

 呆然と浮かび上がってきた光景を眺め、それが元々の自分の家だった事にようやく気付く。クソみたいな、クズの掃き溜めに相応わしい狭い和室。紅く染まって行く世界。


 ——どうかしてる……か……? 誰かにとっての間違いが俺にとっての正解だってことは多々あるだろう。それだけの話だ。誤ちの裏が過ちだとは限らない。何が正しいとか正しくないとか、そんなの所詮誰がどうしたいかってだけの裏表で——、


「ん……」


 目がさめると、温かな夕日の熱が頬を焦がしていた。

 日暮れどきの、心地良い、俺の好きな時間だった。

 確かに、どうかしてるのかもな。こんな状況になってまで、まだ、他人の事を気にかけてるなんて——……。


 心底馬鹿なんじゃないかとも思う。どうせ別れてしまえば明日の命すらわからない相手だ。病院に送り届けたところで無事に助かる見込みも、レジスタンスが受け入れてくれるかどうかも分からない。なのに神兵どもと一戦構えて——、馬鹿だなぁ……。そう分かっているのに見捨てられない。

 それが性分だからと割り切ってしまえれば楽なんだろうが、死と隣り合わせの道を歩む事になるというのであれば話は別だ。


 できればそんな人生はゴメンこうむりたい。さっさとおさらばしたい。

 だが、そう思うたびに体は別の方向へと飛び込んでいて、もう引き返せなくなっている。


 疼く、右手の感触。そこにはみーことの契約の証は何もない。なのに夢の中で俺の手は赤く染まり、横たわる獣の前に立ち尽くしていた。

 ドクンドクンと溢れ出す鼓動、広がっていく赤い池。そんな光景に俺は何も感じず、ただ、ぼんやりとそれを見下ろしていた。そこで死んでいる「それが」いったいなんなのか、全く理解できずにいるようで——、と、うとうとと、眠りの淵でふらついていたらしのだがそのまま眠りの中に落ちた。やがて日差しが消え、辺りを闇が飲み込み始めた頃——、


「んぁッ!?」


 一瞬の無重力に続き、重力の腕に絡みとられた瞬間目が覚めた。眼前に迫っていた床で盛大に顔をぶつけ、呻く。


「つっ……だァー……?」


 日頃寝なれない場所で寝るとすぐこれだ。

 そういや最初のころはパイプベットからも落ちてた。元々は畳に布団派だったし……。


「あれ……?」


 薄明かりの中、周囲に人影はない。なくていいのだが頭が混乱する。夢を見ていたらしくてその光景と現実がごっちゃで何がなんだかわからずにいたが徐々にピントがあっていく。


「夢か……ああ……夢だよな……?」


 わからない。わからないが妙に胸の奥がざわついていて、手に浮いていた汗をズボンで拭う。背中にもべったり汗をかいていた。


 なんの夢見てたんだ……? 俺……。


「あの子娘どもなら出て言ったぞ」

「みーこ……」


 優雅に歩き、近づいてきたみーこは久しぶりに「人間の姿」だった。


「久しぶりだな、その姿」

「たまにはな。どうじゃ? かわゆいか?」

「ハイハイ、かわいーかわいー」


 長い黒髪を結い上げた浴衣姿の少女。それがみーこの今の姿だった。

 それが本来の姿というわけでもなく、ただ「日本という地に合わせていた」のだと言っていた。

 その姿に特に意味はない。趣味だ。本人の気まぐれだ。何を参考にしたのかはさっぱりだが、そのアレンジに関してはセンスを多少なりに疑う。


「あの陽景とかいう娘にな? 主にありがとうと伝えて欲しいと言われぞ、ここからは一人でも大丈夫だからとも」

「……そっか」


 ぼーっと毛布の端を持って空を見上げると満月だった。

 人の経済が消えた夜は不気味なほど静かだ。

 微かに木々のざわめきが聞こえてくるぐらいで夜は神兵たちも動いてはいない。


 んーっと、ボキボキに固まった肩をほぐし、床に置きっぱなしになっていたリュックから栄養補助食品のなんとかバーを取り出すともぐもぐ齧り付く。考えてみれば昼飯を食べる余裕もなかったし、今日一日があっという間に終わってしまった。

 あれもこれも、あの変な双葉陽景とかいう女のせいだ。


「一言ぐらい文句言ってやりゃよかったな……」


 知らずうちに出て行かれたのではどうしようもない。否、言ったところで無視されるか意味のわからない事が返ってくるのが関の山かも知れないけど……。


「…………」


 急に静かになったようで妙に自分の寝ぐらだというのに落ち着かなった。

 もじもじと体を動かしてみて、座っていられなくなり立ち上がる。

 みーこが何だか嬉しそうなのが腹が立った。


「双葉陽景か……」


 もう2度と会うことはないだろうが無事辿り着けると良いな……。

 柄にもない事を思いながら都庁方面を見上げていると、丸い月に重なるようにして何かがいた。遠く、小さくてよく見えないが、空に浮かぶそれは——、


「——天使……?」


 ゾクリ、と全身の毛が逆立つ。関わってはいけないもの。触れてはいけない領域。それを嫌という程に突きつけられ、「っ……はっ……?」しばらくの間、息をするのも忘れていた。それにアレに似たものを、俺は見たことがある——……?


 ガリガリと記憶の中を掻きむしられるようなノイズに思わず顔をしかめる。いや、記憶にはない。俺は少なくとも彼奴は知らない——。

 思い当たる節がないわけでもない。しかし、「かつて東京タワーに堕ちた天使」に関して俺は何の知識も持っていなかった。


「……あれが天使か……」


 改めて目を凝らし、双眼鏡を手にとって見つめる。恐らく周囲の建物の大きさからして然程サイズは俺たちと違わない。神兵どもに比べれば随分と小さい。しかし、その存在感は異常で、周囲の空間が僅かに発光しているようにも見える。もしかすると月の光が反射しているだけかもしれないけど、あの天使の周囲だけが「この世界から切り離されているような」不思議な感覚だった。


 そして何よりも、その背中に生えているのは紛れもない「翼」で。それはよく壁画や絵画に描かれた「天使」の姿そのものだ。


「本当に住み着いてるとはな……」


 最近都庁に天使が住み着いてるらしい。

 その噂には半信半疑だったし、実際今日まで見たことがなかった。

 災害から半年以上、あの戦争とも呼ぶには一方的な虐殺から数ヶ月。都市伝説レベルの話だったものを前に、俺たちの身に起きていることが「神の仕業なのではないか」という可能性の一つが現実味を増していく。神兵なんて大層な名前をつけてはいるけど、宇宙人の兵器なんじゃないかとか、これは地球存亡をかけた戦いなんだとか、何処かで自分たちの常識の中に収めようとしていた。


 しかし「あの存在」はそんな考えを嘲笑うかのように「違う」と思わせるには十分だった。

 天を目指したバベルの民は神の雷によって粉々に吹き飛ばされた。

 堕ちた神に導かれた巨人族は神々との戦争に敗れ、滅んだ。

 神話は作り話なんかじゃなかったのかもしれない。こうして、俺たちに起きている出来事は「新しい神話の一節」なのかもしれない。


 だとしたら、俺は……、


「何をごちゃごちゃ考えとる」

「っ……?」

「鳩も豆鉄砲も食わぬといった顔をしとるぞい? なにやら無駄なことを考えとるようだから助言してやるが、確かに『アレは』天使じゃ。貴様らが『天使』と呼ぶ存在で『我ら』を地上に縛った愚か者たちの一端だよ。……だが、我らとて貴様らが『悪魔』と勝手に呼んでおるだけで、実のところ『なんなのか』理解しておるのか? おらぬじゃろう。故に、彼奴らも貴様らが勝手に『天使』と認識しておるだけだ。——私が言っている意味、わかるかや?」

「……もしかするとお前はただの黒猫かもしれない」

「魔法にかけられたお姫様プリンセスかもしれぬのゥ?」

「……」

「ふふ?」

「ウインク飛ばすな気持ち悪い」

「なんじゃと!? 人が気にかけてやったというのに何だその言い草は!」

「ハイハイハイ」


 確かに、言われてみればそうなのだ。

 天使だとか悪魔とか、そもそも神兵にしてもそうだ。どこかで「神の存在」を勝手に信じ込んでしまっている俺たちが「勝手につけた名前」なのだ。所詮アレが何であれ、俺たちに害成すものであることには代わりない。

 となれば、やることはこれまでと何も変わらない。


「結局、欝陶しい奴が増えただけなんだよな」

「ま、そういうことじゃな?」


 相変わらず楽しげに笑うみーこを見ていると体の力が抜けていくようだった。


「そもそも、妾と契約しておいて弱気になるなど言語道断。もっと自信を持てばよかろうに、仮にも『天に仇成す力』なのじゃぞ?」

「お前が勝手に言ってるだけだし、神兵相手に苦戦するようじゃあなぁ……」

「私は悪くないぞ。主が全部悪い」

「おいおいおい……」


 見つめた先。天使はじっと歌舞伎町方面を睨んでいるらしい。


 昼間の衝突を知って……? それとも双葉たちの動きを掴んでか……? ——いや、待て待て、なんであの二人のことを天使がそこまで気にかけんだよ。基本神兵が人間如きに興味を持ったという話は聞いたことがないし、見たことがない。奴らは「人が多く潜伏している場所」に現れ、殲滅する。そこになんらかの感情や私情はないはずだ。


 なら、彼奴は何を見て——……?


 わからない。これといって表立った動きはないはずだ。仮に注視すべきだとするならレジスタンスの陣取ってる医科大学じゃないのか……?

 それともあそこに「何かいる」……?


 と、結局考えた所でわかんないんだよなーと首をかしげた矢先、何処からともなく爆発音が響いてきた。

 ビリビリと植物園のガラスが震る。慌てて外に出ると歌舞伎町のあたりが妙に明るくなっていた。どうやら今の爆発は神兵によるものらしい。ビルの合間から巨大な甲冑が蠢く姿がチラリと見えた。


「おいおい——、嘘だろ……?」


 嫌な予感がした。


 これまでも神兵と悪魔憑きの衝突がなかったわけでもない。これ以上好き勝手させるわけには行かないと、チームを組み、討伐しようともした。

 しかし、それらは全て失敗に終わっている。たまに追い払うことはできたとしても次から次へと現れる奴らはキリがない。もしかすると、向こうも同じことを思っているのかもしれないが、とにかくジリ貧ではあるものの均衡は保たれていた。


 けど、こんな夜中に騒ぎが起きるのは初めてだった。


「野次馬根性ってわけじゃないけどさ……、なにが起きてるかぐらい、把握しねーと危ないだろ……」


 言って御苑の出口へと向かう。

 夜風に乗ってごうごうと火の燃え盛る音が聞こえてくるようだった。


「なんじゃ、結局行くのか」

「目が覚めちまったもん仕方ないからな……」


 知らない間にやけ死んでくれてりゃそれはそれで仕方ないと諦めもついたけど、こんな時間に目が覚めて、もしかすると今この時に襲われてると思えば寝ていられる訳がない。まだ寝足りない感じはするけど仕方なかった。重い体でダラダラと現場に向かう。それで間に合わなければそれまでだ。無理をする必要はない——。


 まだ何処かで言い訳を考えながらどうしてそこまで肩入れするのかを不思議に思っていた。

 普段ならもう見捨ててる所だ。特に身の入りもなく、これと言って何かを期待できるわけでもない。なのに何故? 何を俺は気にしてる……?


「惚れたんじゃろ」

「それだけはねーよ」


 残念ながら、好みのタイプとは全くの真逆だったしな、アイツ。

 なんとなく浮かんだのは横顔で、愛想のカケラも無いようなツマラナイ表情だった。


「ったく……」


 なのに助けに行こうというのだから、遂に俺も救えなくなってきたなーと思う。

 紅く染まった夜空は夕日みたいな癖に、全然、暖かくもなんともなかった。当たり前だけど。

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