深刻な夜

古い傷を負っている言葉が頭をよぎる

誰の言葉だったか

誰が言ったかはさして重要ではないのに、思いだしたい


どこかで屹立していく、古めかしさ


幼なじみのケリーには、一頭の従順な犬がいた

つやつや光る石炭のような毛色だった

ケリーは犬を大切にしていたので、朝と夕の散歩を欠かさなかった


ああ、そのとき屹立した


わたしの犬を想像してみる

同じく黒がいいだろうか。それとも真っ白い、あるいは斑、茶色もいい。立派な鼻面で牙は鋭く、毛は短い方が手入れが楽だし、でも尻尾はふさふさしているほうがいい


そそり立つ


古めかしいカラスの鳴声が響き渡り

わたしは落下した

真っ暗だ。何も見えない


吹き上げる風を感じながら、落ちる 降下する 沈んでいく

抉れた傷を持つ言葉が、眼球の裏に蘇った

その姿はケリーの犬だった。黒くて長い舌を垂らしながら犬が言う

「なにも知らないけど、知っている人がいる。誰かわかるかね」


わからない──と、わたしは返した


返事が犬に届いたか確かめることはできない

わたしは深刻な夜に降り立った

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