第11話【再確認】




◆星の杜一中 生肉放置事件の時系列


■十月二日(月) 第一の事件発生


■十月五日(木) 第二の事件発生


■十月十三日(金) 第三の事件発生


■十月十七日(火) 丸山少年が夏目家に相談(助手として調査開始)


■十月二十日(金)第四の事件発生




※丸山少年はいずれも直接生肉を見ていない(本人談)


※事件が起きているのは中学校の教頭先生がいない日(日程の把握が可能な人間が犯人か?なんのため?)


※恐らく犯人は階段下の小窓を使用した(犯行時間の特定が難しい)


※学校に監視カメラの類は無し(隼斗が用務員に確認済み)




◆丸山父、朝川母の不倫疑惑について


■噂が立ち始めたのは十月初旬(現在は離婚の噂も)


■多くの商店街利用者、中学校の保護者が二人でいるところを目撃している


■朝川陽子は少なくとも噂の存在を知っている


■丸山父は中学時代、朝川雪子のことが好きだった時期があった(卯月氏の証言より)


■疑惑の二人は学生時代仲は良かったが交際はしていない(卯月氏の証言より)




※生肉放置事件と関係があるか現時点では不明


※丸山少年から直接的に話が出たことはない(あえて避けている?)







十月二十三日(月)


篤夫は気がつけばあっという間に月曜の朝だったように感じていた。学校での情報収集から隼斗の意味深な発言の裏付けに週末の殆どを使い、新しい聞き込みこそ殆ど無かったが今までの整理に思った以上に時間がかかってしまったのだ。


「じゃあ、隼斗くんが今日の夕方二人を連れてきてくれるってことで大丈夫かな」


「うん、月曜は部活が休みだから学校が終わったら二人と待ち合わせすることになってる


じいじ、連絡してくれたんだよね」


「もちろんじゃ、篤夫くんに先週お願いされていたからのう。二人とも問題ないそうじゃよ」


「わかった、んじゃ、いってきます」


隼斗は以前犯人が誰であると推測しているかを篤夫には教えてくれなかった。見送りを済ませた篤夫と壮助はリビングに戻ると朝食の続きを食べ始める。少し焦がしてしまったトーストの苦味が今日の篤夫にはちょうどよかった。正直なところ親同士が不倫をしているかもしれない二人を呼びつけて話を聞くなんて気が引けていたのだ。苦味が篤夫をシャキッとさせる。


「篤夫くんも様になったのう」


不意に壮助が呟く。「え」篤夫は思わず聞き返す。


「立派に探偵助手として働いてくれていてワシは本当に嬉しいんじゃ」


「そんな、まだまだですよ。僕の頭の中ではまだまだ事件の全体像が浮かんでこないんです。週末に隼斗くんと時系列から整理をし直したものの僕にはさっぱりです。彼は何か掴んだみたいですけどね。流石は名探偵のお孫さんですよ」


「ホッホッホ、ワシを買いかぶってくれなさんな。孫は天性の探偵気質なんじゃよ。洞察力、想像力、行動力どれもが間違いなく同年代の子供達に比べて飛躍的に秀でておる。だからのう――」壮助はそこで言葉を切る。そして一呼吸置くと「孤立しやすいんじゃ」と加えた。


「孫は昔からそうなんじゃ。周りにいる子供達だけでなく大人たちまでよく観察して、生活しておった。物静かそうな隼斗にじっと見られただけで何かを見透かされた様な気がして気味悪がる子も少なくなかった。そうしてあの子は学んだんじゃ。少しくらいツンケンした様な言動をしていった方が人が寄って来なくなって楽だということを。じゃから、篤夫くんにも当たる様な物言いをすることがあったじゃろ。もう、あれが染み付いた癖の様になってしまってなぁ。でも、隼斗もまだ中学一年生で、たった十二歳じゃ。まだまだ、甘えたいことだってあるじゃろう。チグハグに人懐っこくなってみたりするのもあの子なりのサインだと思えて仕方なくてのう。それにな、篤夫くん――」


篤夫は壮助の話を聞きながらこの家に祖父と二人きりで住まう少年のことを思った。篤夫からしたら背伸びしたように見える高飛車な態度すら自己防衛の一つだとしたらそれは居ても立っても居られないくらい胸が痛くなった。ただ、きっと隼斗はそう思われることすら嫌なのだろう。祖父と二人だけで暮らしているということで「自分は悪い意味で特別」「自分は可哀想な子」というレッテルはきっともうたくさんなんだ。


「おじいさん、昨日の夜の話ですけど、隼斗くんにはお話しされないんですか」


「あぁ、昨日の夜のは一方的に話してしまって済まんかった。重荷になってはおらんか」


「(大丈夫です、と篤夫)いずれにしても、あの子が一人で立たなければいけない時に話そうとは思っておるんじゃ。老いぼれはあの子とずっと一緒にいてやることはできぬからのう」


「でも、沈黙以外にだってしてあげられることもきっと、ありますよ」


「そうかもしれませんな」と壮助は呟くと乾いた咳をした。


その日、昼食にリビングで壮助と食事をとった以外は篤夫は自室で来たる夕方の面談に向けて意見をまとめて、質問を考えることに費やした。が、その合間合間で壮助の言葉が脳裏をよぎり何度も思考が中断された。窓の外は少し早い木枯らしが吹き荒れていた。







玄関を入ってすぐの相談席には制服姿の朝川陽子と丸山真弘が並んで座り、向かい側には篤夫と隼斗が並んで座る。隼斗はもちろんのこと、二人にも学校からそのまま足を運んでもらった。壮助は四人に熱々の紅茶を出した後はは少し離れたカウンターで静かにその動向を伺っていた。


「私まで呼ばれた意味がよくわからないんだけど、夏目くん。そろそろ説明してもらってもいいかしら」


口火を切ったのは陽子だった。どうやら、彼女は呼ばれた理由を隼斗に教えてもらえていないようだった。篤夫はさしずめ家についたら教えるからとでも言っていたのだろうと推測した。


「先輩ごめんんさい。別に秘密にする必要もなかったんですけど、この間先輩に聞かせてもらったお話で少し気になることがあったから聞きたくて」


「それなら学校で聞けばいいじゃない。この前みたいに」


いよいよ、陽子が不信感をあらわにしてきたところで篤夫が助け舟を出す。


「朝川さん、今日は来てくれありがとう。実はね丸山くんと一緒に読んで欲しいって頼んだのは僕の方なんだよ。(「え」と陽子は驚いた表情になる)もともと丸山くんのことは事件の調査報告をするために呼び出したかったんだけど、それなら一緒にと思ってね。ごめんね、忙しいところ」


「と、まぁ、こう言うことなんです、先輩」


隼斗が肩をわざとらしく竦めたところで陽子はようやく納得したようだった。


「わかったわ。でも、おじさんも言ってくれたように私はできれば早く帰りたいの。だから、手短にお願い」


依頼人の後ろに設けられた大きな窓からは雪が降って来そうな曇天が広がっていた。


「では、早速本題に入らせてもらうね。今日お話ししたいのは大きく二つ。一つ目はここまでの生肉事件の調査結果の報告。二つ目は、この事件を調査している中でちょっと気になることがあって。それを二人に聞かせてもらおうと思う。隼斗くんそれでよかったよね」


隼斗はコクンと頷く。その後、ここまでの時系列を週末まとめたノートにしたがって四人で改めて確認をする。そして、ここからは篤夫が隼斗にバトンを渡す。


「で、犯人ってわかったのかい」


丸山少年は何よりもそれが一番気になるようだった。身を乗り出すその姿からもその気持ちは滲み出ているようだった。


「先輩、ちょっと急かさないでくださいよ。でも、ごめんなさい。結論からいうとまだ犯人の特定には至ってないんです」


「そんなぁ」


篤夫はその時の丸山少年の反応が非常に興味深かった。残念そうな表情のなかに不思議な安堵のようなものを感じたような気がしたから。一方的、陽子はの方は表情が全く変わらない。わざとだとしたら相当のポーカーフェイスである。


「でも、だいぶ絞り込みは進んでいます。恐らくあと一歩で犯人が絞り込めると思うんです」


「それって、つまり犯人の候補がある程度は挙がっているという解釈でいいのかしら」


「はい、そういうことになります」


隼斗は陽子の的確な差し込みにも動揺することなく対応していく。隼斗は間違いなく陽子を警戒しているということが篤夫には伝わって来ていた。


「でも、その、いわゆる犯人候補を私たちに、というか丸に教えることはできないって感じなのね」


「先輩も痛いところを突きます。でも、その答えはイエスです。調査上、情報漏洩のリスクは最小限に絞らないといけないのでたとえ依頼人であっても全てが終わるまではお話ができません。でも、これは別に法律で決まっているわけではなくて俺個人の取り決めみたいなもんなんでわかってもらえると嬉しいです」


「まぁ、それが探偵業ってものよね」と言うと陽子は中指カップの持ち手に入れる独特な持ち方をして紅茶を一口すする。丸山少年も何度か頷く。


「わかってくれてありがとうございます。ただ、その中でも一つ気になることがあって、犯行が、いやこれは刑事事件になっていないかr正確には犯行とは呼べないんですけど便宜的に犯行と呼びますね。で、この犯行が起きる日がどうやら教頭先生が不在の日とぴったり重なっていることがわかったんです。一回目の犯行を除いて」


「不在って出張でどこかへ行っている日ってことかい」と言う真弘の質問に篤夫が「そうだよ」と返答をした隙に隼斗は一口紅茶をすすりまた話し出す。


「だから僕らは犯人は教頭先生のスケジュールに詳しい人間または、知ることのできる人間が犯人だと推測しています」


「そんなことを知ることができる人なんて学校の中にたくさんいるじゃない。そんなんじゃ、絞り込んだとは言えないわ」


「でも、犯人は突発的な教頭先生の出張でも外さずに犯行を行なっているんですよ。前日の夕方に決まった出張ですよ」


「そうなったら、犯人は先生じゃないか。間違いないよ」


丸山少年は上ずった声で悲痛の声を上げる。


「まだそこが分からないところなんです。だから、あと一歩なんですけど何かのピースが足りなくて。だから、今日話す中でその足りないピースが見つかるんじゃないかと思って」


「それで、これは犯人をあぶり出す罠になるかと思ったんだけどね」篤夫がまた急に話し出したもんで、陽子と真弘はビクッとする。


「実は明日の二十四日に予定されてたの教頭先生の出張が無くなりそうって話なんだ。これは教頭先生の奥さんがお話しされてたそうなんだけど。もしかすると、犯人はそれをどこからの情報筋で察して犯行を見送るかもしれない。そうすれば、そんな情報を知り得る可能性があるのはごく限られた人間だよね。そうすれば僕らは一気に犯人を絞り込めると思うんだ」


「先輩、今回の助手は優秀な人なんです。こんなの俺には思いつかなかった。悔しいけど単純明快だ」


「あなたたちが張り合っても仕方ないでしょ」


陽子は呆れたような声を上げるものの、ついに犯人にがわかりそうと言うことでなのか、表情に少し明るさが戻った。


「すみません」と隼斗が頭をかく。


「と言うわけで明日の犯人の出方で俺たち調査完了に向けての方針を最終決定しようと思っています。まずはこれが一つ目の話題です。で、もう一つがこれがちょっとデリケートな話題で―――」


「夏目くんもしかして、あなた」陽子は何かを察したように少し腰を浮かせる。


「はい、恐らく先輩が思っているものであっています。今回の生肉事件と並行してある噂が穂長商店街ふくめ、この辺りで話題になっています。丸山先輩もさすがに知っていますよね」


話を振られた真弘はビクッとして隼斗を見据えた。


「うん、知ってるよ。お父さんの話でしょ」


消え入りそうな声に篤夫は胸が痛くなる。


「でも、それとこれとは全く関係ない話じゃない」陽子が真弘を庇うように声を上げる。


「隼斗くんはそうは考えていないみたいんなんだ」


篤夫の言葉に陽子と真弘は驚いた表情を見せる。


「時期を同じくして起きたこの二つの話題は俺は関連があると思っています。問題はどちらが先だったかと言うことです。噂話は神出鬼没で、それこそいつからなんて言うのは煙と同じで出所にいた人しか知らない」


「だから私たちを呼んだってことなのね」そこで言葉を切ったと思った陽子は「煙の出所」ねと吐き捨てるように言った。


「二人には話したくない話だと思うんだけど、教えて欲しいんだ。最初の事件があった十月の二日。その日よりも前に例の噂はあったかい。それとも、君たちが実際に見聞きしたことでも構わない。お父さんや(篤夫は真弘を見る)お母さん(陽子を見る)に変わった様子はあったかい?」


「はぁ、くだらない。丸、こんなこと答えても犯人なんて分かりっこないわ。ほら、もう帰るわよ」


陽子は帰るための身支度を始めてしまった。しかし、真弘は動かない。そして、何か小さい声で呟いた。


「え」篤夫は聞き返す。


「父さんたちの噂の先だよ。九月の末からあの噂はあった。その頃母さんが体調を崩したんだ。事件より噂の方が先だよ、間違いない。くっそ、もう少しで結婚記念日だってのになんでこんなタイミングで」丸山少年は顔はいつの間にか真っ赤になっていた。彼の中で渦巻く感情は怒りなのか羞恥なのか悲しみなのかそれともその全てなのか篤夫にはわからなかったが、温和そうに見える彼にも限界が近いことを篤夫は悟る。


「わかった、ありがとう。助かったよ、真弘くん」


隼斗は沈黙をしたまま何かを考えている様子だった。その後、だるまのように真っ赤になったまま押し黙ってしまった真弘を陽子が引きずるようにして二人は帰っていった。


何かを閃いたと言って一人で部屋に戻ってしまった隼斗は置いておいて篤夫は玄関で二人を見送った。扉が閉まったあと、振り向くとそこには壮助が立っていて篤夫は目が合った。「よくやった」と言わんばかりの深い頷きがあればそれ以上の言葉はいらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る