第7話 中途半端な犯行

「クソ…!」


 苛立ちが収まらないのか、蒼也はベッドの横にあるゴミ箱を蹴り飛ばす。


「あのクソガキ…!余計な事言ってんじゃねぇよ…!」


 もしが露見してしまえば、破滅だ。


 同じ穴の貉とは言ったが、あいつの事だ。


 自白するかもしれない。


「しかし…なら何で今更殺そうと思ったんだ…?」


 自分達を殺す機会なんて、今まで沢山あったはずだ。


「殺されてたまるか…!」


 バスケットのサンドイッチを二つ掴み、一気に頬張った。




「では、一つ一つ整理していきましょう」


 愛花は拓真に貰った紙に、昨晩の事を書き込んでいく。


「まず、犯行時刻は十時から十一時の間」


 上の真ん中の辺りに、そう大きく書く。


「米倉さんがロッジを出たのは、八時十分頃」


 そして、その左にそう書いた。


 どうやら、左から右へとタイムテーブル式に書く様だ。


「はい」


「アリバイが無いのは松原さん、墨田さん、伊藤さんの三人」


「本人達も認めている。間違いは無いな」


「最初に出たのは松原さん。時間は十時過ぎ」


「で、戻って来たのは十時半手前と…」


「三十分には少し足りないですが、アリバイ成立とは言い難いですかね」


「ですね。次にロッジを出たのは、墨田さん。時間は十時二十分頃」


「船に忘れ物を取りに行ってたっつってたな」


「戻って来たのは十一時。勿論、アリバイ不成立」


「最後は伊藤さん。戻って来た松原さんと入れ替りで出たので、時間は十時半頃ですね」


「次に顔を見せたのは、今朝。ロッジの前で僕達と鉢合わせになったと…」


 とりあえずここでペンを置く。


「うーん…」


 ここまでを紙に纏めたものの、情報自体は特に増えてはいない。


 そこら辺は、現場に行っている泰造達二人に任せるとしよう。


「犯人はこの三人の内の誰かで間違いないのか…?」


「だとしたら…松原さんの線は薄いかもですね」


「「は!?」」


 愛花なりの推理があっての発言だろう。


 しかし、結論だけを聞いても、付いていけない。


「な…何故ですか…!?」


「最初にロッジを出たからですよ」


「最初?」


「考えてみて下さいよ。もし松原さんが犯人だとして、その後墨田さんも伊藤さんもロッジを出なかったら、どうするつもりだったんですか?」


「あ…」


「成程な…」


 二人がロッジを出たのは偶然に過ぎない。


 もし二人が出なかったら、アリバイが無いのは日向だけになってしまう。


「もし自分が犯人だと思わせない様にするなら、誰か一人でもアリバイが無いのを確認してからがいいじゃないですか」


「じゃあ…残る二人のどちらかが犯人だと…?」


「んー…それも何だか府に落ちないんですよねぇ…」


「府に落ちない?」


「どういう意味だ?」


「二人が犯人…と言うより、が…ですかね」


「「時間?」」


「米倉さんがいつも寝る時間、知ってますよね?」


「あ?あーと…」


「十時でしたよね」


「米倉さんが殺されたのは、十時から十一時の間。場合によってはまだ眠りが浅く、起きてしまうかもしれない時間に、殺人を犯すと思いますか?」


 またもや納得。


「犯すなら真夜中…特に皆さんが寝静まるのを待ってからにすればいいでしょう?」


 確かに、それならば全員にアリバイが無くなるので、犯人とっては更に都合が良くなる筈。


「この時間に決行した理由は何なんでしょう…?」


 考えを纏めるつもりが、逆に分からなくなってしまう。


 とは言え、こんな事は初めてでは無い。


 推理が行き詰まるのなんて、逆に当たり前と言っても過言ではない。


「よ、お待たせ」


「ただいま」


 ナイスタイミングで泰造達が帰って来る。


 ちょうど新しい情報が欲しいと思っていたところだ。


「何か分かりましたか?」


「特に何も…ごめんなさい…」


「ありゃりゃ…」


「あえて言うなら…こいつが見つかった」


 泰造がビニール袋から取り出したのは、無地の白いハンカチ。


 しかし、見せたいのはハンカチではなく、その中にある物。


 ハンカチは指紋が付かないようにしているだけだった。


「これは…」


「薬を個包装している…PTPシートだ」


 シートは二列分、つまり薬四つ分だ。


 内二つは既に破れて中身は無く、二つは未使用のままだった。


「で、シートに書かれてる名前を調べたら、こいつは睡眠薬だと分かった」


「睡眠薬…って事は、米倉さんがこれを使っているなら、ちょっとやそっとじゃ起きないんじゃないですか?」


「?何の事?」


「実は…」


 直人は先程纏めていた考えを二人に教える。


「成程…そう聞くと、確かに妙ね…」


「しかし、問題はそれだけじゃないだろ」


「「「え?」」」


「…」


 疑問苻を浮かべないところを見ると、どうやら愛花だけは泰造の言いたい事を理解している様だ。


「もう一つあるだろ?皆の目を誤魔化して、やらなきゃならねぇ事が」


「…あっ!」


 凄い勢いで希美が挙手をする。


「ほい、希美ちゃん」


「合い鍵ですね!?」


「「あっ!」」


「ザッツライト!」


「そうです…夜なんだから、十中八九コテージには鍵が掛かっていた筈なんです」


「合い鍵の場所は俺らには分からんが…それを盗るにしても、皆の目を盗まなきゃならんだろ?」


 じっと全員が奥の部屋を見る。


 そこは、先程拓真が合い鍵を取りに行った場所だ。


「中井さんに訊いてみるか」


「ですね…中井さん!」


 またもや良いタイミングで拓真に出会す。


「ん?」


「コテージの合い鍵って、あの部屋にあるんですよね?」


「ああ。あそこは物置きみたいなものでね、普段使わない物はあそこにあるよ」


「見せてもらっても?」


「いいよ」


 あっさりと許可を貰い、部屋に入る。


 昼間なのに中は薄暗く、北側にある小さな窓から光が入る程度だった。


「おや?鍵は?」


 泰造がぐるっと部屋中を見回すが、それらしい物は見つからない。


「一応貴重品って事で…っと」


 拓真が手を掛けたのは、膝位の高さにある壁板の一部。


 そこに力を加えたかと思うと、板が外れて壁の中から鍵が出てきた。


「こうやって隠しているのさ」


「ふむ…この隠し場所を知っているのは?」


「んー…ウチの会社の関係者なら、誰でも知ってると思うが…」


「そうですか…ありがとございます」


「きゃっ…」


 と、キッチンの方から女性の悲鳴。


「どうした!?」


 泰造が駆け付ける。


 悲鳴の主は英里だった。


「すみません…コーヒーを溢してしまいまして…」


 エプロンには確かにコーヒーの染みが。


「あー…これすぐに洗わないと落ちないですよ」


「参りましたね…代えのエプロンはコテージにあるのに…」


「ちょうど今シーツを洗ってるところなので、一緒にやっちゃいますよ」


「じゃあ…頼んでもいいかしら?」


「了解です」


 素早くエプロンを外し、日向に手渡す。


「では、一度コテージに戻らさせてもらいます」


「一人で大丈夫かい?なんなら僕も…」


「いえ、お構い無く」


 スカートをひるがえし、ロッジを出て行く。


「ま、英里さんなら大丈夫か」


「ですね。あの人、合気道三段ですし」


「へー、凄いですね」


((((どんなメイドだよ…))))


 愛花以外の四人全員が心の底から思った。


「さて、愛花嬢ちゃん」


「はい…中井さん、もう一つお願いが」


「何なりと」


「このロッジ内で構いませんので、部屋を一つ貸していただけませんか?」


「部屋を?」


「はい。このメンバーだけで少しお話をしたいので」


「それじゃ、そこの書庫を使うといい」


 拓真が指を差したのは、先程の部屋の手前にある扉。


「本棚で多少狭いかもしれないが、奥には読む為のスペースがあるし、調べものをするにも問題無いと思うよ」


「ありがとうございます」


 愛花を先頭に、五人は案内された書庫へと入って行く。


 それを拓真はじっと見つめていた。


「…」


 書庫は細長い部屋で、両側全体が本棚になっていた。


「あ!」


 と、愛花が一冊の本を手に取る。


「この小説、面白そうです!」


「後にして下さい」


 後ろから愛花の頭を超えるように直人の腕が伸び、本を奪う。


「ああん!」


「事件解決が先です」


「うぅ~…」


 直人の正論に反論出来ず、愛花は渋々と奥の読書スペースへと進む。


「ったく…ん?」


 元の場所に本を戻す。


 その時、本のタイトルが目に入った。


『晴れ後曇り、時々雨。所により雷。もしかしたら雪。もしくは隕石』


(どれ!?最後に隕石!?そしてどんな内容!?)


 不覚にも興味が湧いてしまった。


「では…単刀直入に犯人を言いましょう」


「いやいや、読む前ネタバレされても…え?」


 興味が完全に本から反れる。


「犯人…分かったんですか!?」


「はい。あ、いえ…正確には『犯人の線が濃い人』…ですね」


「確定してねぇって事か?」


「証拠が無いんですよ…」


 証拠。


 犯人を追い詰める、最終武器。


「ま、証拠を見つける前に、皆に一度聞いてもらおうと思ってな」


「萬屋さんも目星を付けてるんですか?」


「あたぼうよ。何?ひょっとして希美ちゃん、分かんねぇの?」


「くっ…」


 悔しいが、ここはぐっと堪えるしかない。


「ズバリ犯人は…墨田零士さんです」


「「「墨田さん?」」」


「アリバイが無く、尚且つ鍵の在り処を知っている。この二つの条件が揃ってるのは、墨田零士と松原日向の二人」


「で、先程の推理を当てると、線が濃くなるのは墨田さんの方なんです」


「でも…」


 直人の言いたい事を読んだかの様に、泰造が答えた。


 恐らく、皆が思っていただろう。


「ああ…あまりにも雑過ぎる…」


「結局、十時から十一時の間に殺した理由も不明ですからね…」


 うーん、と皆が腕を組んで頭を抱える。


「…私達ももう一度、あのコテージに行きましょうか」


「あのねーちゃんのコテージにか?」


「はい。直人君と浅葱ちゃんにも見てもらって、何か糸口を見つけたいんです」


 確かに、二人はあのコテージに入っていない。


「賛成。んじゃ、その間俺達は皆に話を訊いてこよう」


「はい」


 と、何かの音が聞こえた。


 くぅ、と少し気が抜けた様な音。


「「「「「…」」」」」


 四人が一斉に愛花を見る。


 愛花は腹を抑え、顔を赤くしていた。


「お…お腹が…」


 そう言えば、朝食を食べていない。


 あんな事があったので、すっかり忘れていた。


「少し食べてから行きましょうか」


「「「賛成」」」


 全員、思い出したかの様に腹が減ってきてしまった。

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